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抜いて燃えて挟んで潰れて…叩く

貴族様が来てから3日後の夕方、リーサは荷纏めを終えて最後に裏庭の家庭菜園の手入れをしていた


自分で育てた花を1本1本丁寧に抜くその後ろ姿はあと数時間で嫁ぎ先に行く花嫁とは思えないほど物悲しい



「女はいつまでもピーピー泣いて喧しいな」


「私はもう泣いてませんよ?」



リーサも大人だ

しかもしっかりとしたお姉さん


…ん?


食い意地の張ったつまみ食い娘を果たして「しっかり者のお姉さん」として判定していいか少し疑問に思うが、ここは最後に花を持たせとくか…(俺の中だけのことだけど)



…ともかく

3日も経てばお姉さんは悲しくてももう泣かないって事だ


満面とはいかないまでも社交的な笑顔なら余裕で作れる




作れるだけ…だけどな



「いや…他の奴らが、って意味だ」


「それだけ愛されてたって事ですかね、素直に喜ぶべきでしょうか?」


「いいんじゃね?」


女衆に限らず昨晩の送別会は殆んど全員泣いていた


あのロイですら背中で泣いてたし、何を隠そう俺も若干目頭を熱くさせた



しかしトロントだけは唯一何の情も見せはしなかった


リーサを泣かせてしまったのがショックだったのか

この3日間喜怒哀楽のどの感情にも属さない案山子かかし状態


送別会でも1滴も酒を呑まなかったあたり、相当重症だ



「それ持ってくのか?」


一通り花を摘み終えたリーサがその花を細い糸で結んで束にする


小さくて白いだけの花は束にしたところであまり見栄えは良くない



「このまま燃やしちゃおうかと思ってます」


「せっかく育てたのにもったいねー」


「やっぱり花束にしても味気なかったですし、それに…これを持っていく訳にもいかないんで」


「……それもそうだな」



俺は生花でもよく燃えるような、とびきり高熱な火球ファイアーボールでリーサが育てたマーガレットを燃やした


そして燃える花束を最後の花弁が塵芥になるまで見届けるとリーサの隣にゆっくりと腰を下ろす



「…なぁ」


「なんですか…?」


跡形も無くなって、上がる残煙すら名残惜しそうに見詰めるリーサの横顔は…やはりどこか悲しそうだ



「今からでも遅くねえ…俺があのキツネ野郎をぶっ飛ばしてきてやる」


そんな事をしても今更意味無いのは解っている


それでも俺は何か言わずにはいられなかった


「お前を泣かせるような奴は例え貴族様だろうが神様だろうが俺が……っ」



俺の言葉を人差し指で遮るリーサは無理矢理に笑う


「じゃあ…私の代わりにあの鈍感な人を1発殴っておいてください」


「……それは」


「冗談です…」



リーサは立ち上がると手で服の埃を払って一番星を見上げた


その星が昇ったということは

そろそろ出発の支度をしなくてはいけない





「…私はもうあの人の近くに居るのが辛くなってしまいました………だからこれでよかったんです」



良い訳がないのに

自分すら騙さないともう歩くこともままならない


俺にはその足に繋がる「躊躇い」という足枷がハッキリと見えた



「最後に1つお願いしてもいいですか…?」



最後と言わず何時でも

1つと言わず何個でも


言ってやりたいのはやまやまだが、腹を括った女にこの台詞は無粋だろう



「どうぞ」


「最後は自分で取って置きを伝えるので…余計なことは言わないでくださいね」



これが二人の最終決戦ってやつですか


まだそんな奥の手を隠し持っていたのかと素直に感心はしてやるが…

それでも勝率は極めて低いと思う



3年以上の積み重ねの結果が先日のアレだからな…



「…うけたまわった」


「ありがとうございます…いえ、ありがとうございました」


おいおい…止めてくれよ

わざわざ過去形に言い直すなんて


まだ大一番が残ってるっていうのに…

…これじゃもう諦めてるみたいじゃねえか




「………達者でな」


「はい」



去っていく足音は実に軽快で

もう足枷なんて重りはどっかに消えちまったらしい


ただ俺は振り返れなかった

迷いの無くなった背中を見送ることが出来なかった



誰が見れるって言うんだ…


三年以上同じ釜の飯を食って

もはや家族同然の奴が


潔く諦めちまった瞬間を



そんなもん見ちまった日にゃ…

せっかく固めた決意を踏みにじってでも引き留めたくなっちまうだろうが…





俺は完全にリーサの気配が消えてから大きな溜め息を黄昏の空に逃がした


そしてそのまましばらく夜風で頭を冷やし「よっこらせ」なんて親父みたいな相槌を入れて立ち上がる






のんびり感傷に浸ってる暇はない

一応リーサに餞別を用意してあるから

最後の大一番がどう転んでも結果が出る前に大層なラッピングでもしておかないとな


つまみ食い娘がもう嫌だって言うくらい

これでもかと大量の甘味を用意したからな

きっと泣いて喜ぶだろう



俺はこの世の甘味が全て詰まったような箱を3箱も作り、皆と店でリーサを待つ



それから1時間…と30分


ひたすらに待ってもリーサは姿を見せない



女の支度にゃ時間がかかると言っても流石にかかり過ぎだ…


心配になって様子を見に行ったライチが慌てて戻ってくると俺は耳を疑った



「リーサちゃんが…何処にも居ません…!」


「あの小娘が…さよならも無しで行っちまったのかよ」


確認しに行ったら確かに彼女の部屋はもぬけから


置き手紙すら残ってない



「………うぅ」


ライチが前座の無い別れに耐えきれず俺の横っ腹に顔を埋めて泣く



「……別れを告げないのは優しい女かもしれねーけど…良い女ではねーぜ…姉ちゃん」


俺はライチの頭を撫でながら心の中でロイの感想に同意する



「リーサさん…」


愕然と立ち尽くすトロント


「僕は結局…貴女に謝れなかった」


眼鏡を外すトロントは熱くなっているであろう目頭をハンカチで抑える



別れも告げず

想いも伝えず

ただただ忽然と姿を消したリーサ


何も言わず、何も言わせてもらえないまま…

打ち切り漫画のようにリーサとの物語は突如として幕を下ろされた



全員同じ気持ちらしく

悲しみで何も手につかない


各々が自由に悲しみむ中、俺も惰性でリーサに渡すはずだったケーキ達を処理する



二つ目のケーキを食べ終えたところで口の中の甘ったるさに耐え切れずに助けを呼ぶが…誰も食欲なんて無い


ライチを誘うも流石にそんな気分ではなかったらしく断られた



少し多く用意し過ぎた…



特に急ぐ必要も無いからアイテムボックスにでも入れて保存しとこうと思った矢先


暗い顔のトロントが珍しく自分からプリンを手に取った



「頂いてもよろしいですか…?」


「おう…俺はもう食えん」


三つ目の半分くらいで身体中が砂糖で満たされた感覚に陥ってる俺はブラックコーヒーとストレートの紅茶を淹れ、トロントと二人で夜のお茶会延長戦



「2つほどお聞きしたいことがあるんですが…よろしいですか?」


プリンを二口ほど進めたトロントが唐突に切り出す


「内容による」


リーサの最後の頼みはトロントに「余計なこと」を言わないこと


内容によっては「余計なこと」かもしれないから即答は出来ない



「何といいますか…半分は仕事で……もう半分は私情です」


「とりあえず言ってみ」


「先程裏庭で煙が上がってましたが…何か燃やされていたんですか?」


そのくらいなら言ってもいいかと思った俺は素直にリーサが育てた花を全部燃やしたことをトロントに伝えた



「そうですか、わかりました……ではもう半分の方を」


そう言うとトロントは店の棚から帳簿を取り出してきた


こんな時に仕事の話しか、と

切り替えの早いトロントに呆れはしたが、別に悪い事ではないので野暮は言わない



「これは基本的に僕とリーサさんが管理していたものですが…他に誰か目を通す事はありましたか?」


「あー、俺が月に1~2回確認するくらいだ、他の奴は特に見てないと思うぞ?」



「そうですか…」と悩まし気な表情を浮かべるトロントは帳簿の後ろから1頁だけを捲って俺にとある物を見せる


「ではこれに見覚えはありませんか?」


トロントが帳簿から摘まみ上げたのは薄く潰され、押し花状になったマーガレットだった



「……無いな」


「今朝何気なく見ていたら挟まっていたのですが…リーサさんの忘れ物ですかね?」



断言するが、それは決して忘れ物なんかじゃない


リーサが最後の最後にトロントに伝えたかった想いだ



「本人に聞こうと思ったら確認する前に行ってしまったので…」


「馬鹿野郎だな…お前は」


今朝からって…そんなに早く気付いてたならとっとと聞けばよかったものを…


そうすれば燃やさなくいいマーガレットがあったかもしれないってのに…



トロントは俺の静かな暴言に目を伏せる


「…面目ございません」


「お前はウチの貴重なインテリ眼鏡枠なんだからよ…馬鹿野郎のまんまじゃ困るぞ」



謝ってはいるがトロントは全然悪くない

むしろ毎日帳簿を隅々まで確認してることに「天晴れ」の太鼓判を押してやりたいくらいだ



おかげでまだ間に合うかもしれないんだからな




「ちなみにその花がなんなのか知ってるか?」


「以前リーサさんから貴方の故郷の花だとは聞きましたが…それくらいしかわかりません」


それはまた難儀なことで


リーサ…

…こんな唐変木とうへんぼくにそんな難解な問題解けるもんかよ


確かに伝えたかもしれねーけど

全文炙り出しの手紙くらいトリッキーじゃねえか……



はたから見りゃただの自己満足

そして本人も自己満足のつもりなんだろう




でもそれじゃあ納得出来ない




「賢いお前にこんなことは言いたくねーけどよ…ちっとはこれ見てお勉強しなさいな」


「これは…?」


俺はアイテムボックスから以前リーサに貸したものと同じ植物図鑑を取り出してテーブルの上に置く



「悪いがこれ以上ヒントを出す訳にはいかねえんだ…後は自分で考えてくれ」


「はあ…」



今まさに俺がしてるのは余計なことなのかもしれない


だけど『言ってない』から勘弁してくれ、リーサ



…というかこれくらいはさせてくれ




置かれた本をただじっと見つめるトロントは餌を前にして「待て」と言われた犬が如し


「待て」と言った覚えは無いし、リーサに貸した時に本の内容は魔法で既に翻訳済み



どうせ俺にはもう出来る事も無い


あとは自分の部屋でゆっくり博打の結果を待つとしよう




去り際、俺は背中で本のページを捲る音を聞く


そう、その調子で俺が聞きたいもう1つの音も聞かせてくれ



ここ数日の不快音を

不愉快な言葉を

悲しい台詞を


数々の不協和音を全部帳消しにする


そんな音を





自室の窓から月夜を見上げながら、何となくワインを開けてみる


ワインの良し悪しなんて分からないが

こうでもしないと気が気じゃない


落ち着いた振りをしていても肝なんて全然座ってないからな



口の中の心地好い渋味と酸味

鼻から抜ける芳醇な香り


だが俺は経験不足

このワインに合うつまみの見当がつかない



…今頃必死に答え合わせしてるあの馬鹿ならきっと知ってるんだろうけどな




ボトルを半分

グラスにしたら五杯ほどワインを堪能したところ


俺はワインに合う小気味の良いジャズを流してなくてつくづく正解だと思った


そんなもん聞いてたら階段を駆け上がる音に気付けなかっただろう



今はどんなオーケストラよりも聞きたい音がある

それもフルコーラスを齧り付きで






酒気を帯びた息を窓から逃がすと


待ち望んでいたノックの音が部屋に飛び込んだ



.








ノックの音がしてから一時間

ワインは空になっていた



トロントを部屋に入れなかった俺は扉越しに要件を聞いた


どうやら明日からしばらく休みが欲しいとのこと



「満足するまでいくらでも休め」とは言っといたが…

…いつ戻ってくることやら




貴族様から何かを奪う正当方は1つ

俺から言わせてもらうなら随分と古臭い時代錯誤な文化だが、この異世界じゃ当たり前の常識


とっても単純な方法だ



まぁ、単純が故に介入の余地も無いが…

もともと俺が踏み込める領域じゃあない


それに下手に手なんて出したらトロントに一生恨まれそうだ




さて…こりゃ本格的に俺から語れる事が無くなっちまったって事だな





ここから先は正真正銘


二人だけの物語




.

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