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果物ナイフで止めを刺される女

落ち着きの無いライチ、浮かない顔のリーサ、そして元々知人であるトロントの話をまとめて統合した結果

随分とキツネ野郎の詳細が浮き彫りになってきた



まず切っ掛けはあのキツネ野郎がバカンに別荘を建てた事に始まる。



別荘の完成記念にダグラスさんを含めた他の貴族を呼んで会食を開く予定だとかで、元々の依頼はそこでの食事を用意する事だった


どうやら何処かからここの弁当の評判を聞き付けて来たらしいが…

運命の出会いとやらの前ではそんな用事など二の次三の次



しかしまぁ…いくら一目惚れとは言っても奴の開口一番が「結婚しよう」だった事に俺は驚きを隠せない


俺がその場に居たらまず間違いなくキツネの土手っ腹に回し蹴りをブチ込んでいただろう


更にそのまま手の甲にキスまでしたと言うのだから頭に踵落としも追加だ




キツネ野郎…もといトロワ・デルフィニウムはトロントと同じく貴族の三男産まれ


爵位の告げない彼は軍人として才覚を発揮し、数々の戦を勝利に導いてきた


その栄光を称えられ、今では元々家が持っていた爵位よりも高い爵位を与えられた謂わば天才の出世頭



あの甘いフェイスにそんな才能まで与えちまうとは…神様の依怙贔屓えこひいきとしか言いようがないよな




「私は…どうしたらいいんでしょう…?」


リーサは悩んでいた


好き嫌い云々の前に貴族の求婚を断る奴はいない

同じ貴族ならまだしもリーサは庶民

殆んど前例が無いと言ってもいい(そもそも庶民に求婚する貴族も珍しい)



端から見りゃとんでもないシンデレラストーリーかもしれんが俺としては納得出来ない


大事にしてきた従業員をパッと出の貴族様に取られるのは胸糞悪い



しかししゃくだがキツネ野郎の言い分も無視は出来ない


最終的に決めるのはリーサ本人だ



そりゃもちろん貴族様と結婚すりゃ金と権力は手に入る

ここよりも断然良い暮らしが出来るかもしれない…



でも…それじゃあ





俺の泳ぐ視線は自然とトロントに流れつく


トロントはトロワが帰ってからずっと何かを考え込んでるが…

何を考えてるかは解らない



「返事は三日後の会食の日に聞かせてほしいと…言われました」


たったの三日…

…貴族様ってのは女を急かすと嫌われるってのも知らんのかねぇ


そんな短期間で人生に2回も無い分岐を選ばせるのは酷な話


そこら辺も貴族様の非常識さを感じさせる



「お前の好きにしたらいい」


…とは言ったものの

リーサが欲しいのは俺の言葉じゃない事は明白


彼女の視線はチラチラどころじゃなく最初からずっとトロントに釘付けだ



「…………」


当のトロントはリーサの物欲しそうな視線にも気付かずもはやお地蔵様状態


ハッキリとは言えない乙女心に気付かない朴念仁トロントとの膠着状態こうちゃくじょうたいが続く中、俺とリーサの溜め息だけが店の中を支配する



しかしそんなどんよりとした空気など何のその

あまり事の重大さを理解してないライチが肩を落とす俺の裾を引っ張る


「結婚したらどうなるんですか?」


難しい質問だ…

本来なら「幸せになる」と心穏やかに答えてやりたいところだが

今回はそういう訳にもいかない


かと言って「不幸になる」と真逆を答える訳にもいかないから、とりあえず今ハッキリと分かることでも返しておく



「もう会えなくなる」



憶測ではあるが貴族に嫁いだらだいたいそうなるだろう


少なくとも貴族様の嫁がこんな小さな店で働くのは許されない


まぁ…事実上のお別れってことだよな…



「……そんなの嫌です…!愛別離苦あいべつりくです…!」


瞳に涙を溜めるライチはリーサに抱きすが



「リーサちゃんと会えなくなるのは嫌です…!結婚しちゃダメです…!」


俺も気持ちはライチと同じ

だけど勝手な事は言えない


だからライチ…俺の分までその気持ちをぶつけてやってくれ



「ありがとうライチちゃん…でもね、もし私がこの結婚を断っちゃったらお店に迷惑がかかるかもしれない」


貴族様特有の嫌がらせの話か…


…そんなもんは俺がどうとでもしてやるのに



周りなんて気にしなくていい


お前はお前の見たい背中だけ見てればいい



「何でですかっ…!?意味不明です…!!」


「ごめんね…ライチちゃん」


決壊したダムの様に泣きじゃくるライチを抱きしめ返すと、リーサは消え入る様な声で謝った



然しもの俺もこの光景は耐え難い


面倒事は増やしたくなかったが…こんなもんを見せられたら最終手段を取るしかない




まぁ、今回はまだ実害も無いし

なるべく穏便に済ませるつもりだ


話し合いから初めて

それでも決着が付かなかったら少々過激な行動にでるかもしれんが…


…とりあえず善処はするよ




「気休めに…なるか分かりませんが…」



俺がトロワの所に行こうと立ち上がる寸前


トロントがその重たい腰をようやく上げた



「彼はきっと貴女を幸せに出来る男です」



何を言い出すのかと思ったら

トロントはトロワが如何に素晴らしい男かを語り出した



「彼は自然を愛する男。同じ軍事学校に居た頃、彼は鳥の羽ばたきを見て美しいと述べました……だからきっと彼は貴女を鳥籠には入れません、ありのままの貴女に惚れたなら尚のこと…彼は貴女から自由を奪わないでしょう」


不自由はない


「加えて彼は天賦の才を有しています。現に彼はたった一代で伯爵位を授かりましたし、これからもその富と名誉を高く築き上げていくでしょう」


生活にも困らない


「そして彼は僕のようにお酒も呑まないですし、本来女性への感心も薄い…きっといい夫になること間違い無しです」


浮気もしない




「それに………?」



見ちゃいられない


そう思った俺はトロントとリーサの間に割って入って話を遮った



「…もういいだろ」


「?…しかしまだ」


鈍感さもここまで来ると罪深い



そりゃもちろん、良かれと思っての事だってのはわかってる



「過去から逃げないのは良いことかもしれないけどよ……お前もう少し前を…周りを見ろ」


「…………っ!?」



眼鏡をしてるのにやたらと視野が狭い


さっきから返事の無いリーサが俯きながら泣いていることにすら気付かない



「ぼ、僕は…そんなつもりじゃ…」


「わかってるけど…お前はもう喋るな」



惚れた男に他の奴との結婚を後押しされる


今頃リーサの心は引き裂かれそう…

…いや、もうズタボロに違いない



林檎を剥いてやろうとした果物ナイフでも刺されば痛い


悪意が無くとも切れ味は有る



そんな優しいナイフでトロントはリーサの心に止めを刺した





「すみません………少し1人にさせてください」



両手で顔を覆ったところで止められない涙を流しながらリーサは自室に向かう


ライチはその背中を心配そうに見詰めていた



困惑した顔で立ち尽くすトロントと

リーサを見送ってから不安そうに俺を見るライチ


俺も少しのあいだ考えたが二人に掛ける言葉は見つからない




無言のまま過ぎる時間


重苦しい空気は他の誰かが帰ってきても回復する兆しは無かった









それから約12時間



他の奴にも事情を説明し、俺も何だか気持ちが重くて味のしない晩飯を食い終わってからずっと部屋に引き込もっていた


とっとと寝ちまおうとも思ったが、案の定晩飯にも姿を見せなかったリーサが腹を空かせてやってくるかもしれない……



……………いや、それはただの希望的観測


現実逃避と言っても差し支えない




間違いなく今夜中にリーサは俺を訪ねてくる


目を腫らした彼女が受け止め難い現実を持って俺の部屋に訪れる



これはもう…

「絶対」と断言しちまえるほどの決定事項だ







「そんだけ泣いたなら、水分だけは後でちゃんと摂っとけよ?」



俺は扉の前の気配に水分補給を促す



「……………はい」







月の見えない寂しい夜



聞きたくなかったノックの音が弱々しく部屋に飛び込んだ




.


































聞きたくなかったから…わざわざ扉の前で呼び止めたのによ



.

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