→過去の雨脚、過ぎ去りて嵐
スッキリしない曇天が広がる平日、今日は珍しく朝からトロントと二人で買い出しに来ていた
「すみませんね、わざわざ付き合せてしまって」
「お前の判断にケチなんて付けねーよ、今日は急ぎの仕事も無いしな」
今日の買い出しは荷物が多い
そういう場合、普段ならブーノかロイが付いて行くが、生憎今日は二人とも手が空いてないので俺が呼ばれたという訳だ
「それに、たまにはお前と二人で話すのも悪くない」
買った荷物を全部アイテムボックスに収納した俺達は手ぶらだし、ちょうど昼時でもあったので帰る途中に外で食っていくことにした
「何か食いたいもんあるか?」
「飲みたいものなら」
何を昼間から呑もうとしてやがる…
それは流石に許さん
「………お前…そんな事ばっか言ってたら愛想尽かされんぞ」
「それは困りますね、僕はまだまだここで働きたいです」
いや…俺にじゃねーよ
というか何で俺がお前に愛想有ると思ってんだ…
「おや、降ってきましたね」
トロントの鈍さに呆れていると鼻の頭に雨粒が当たった
「ほれ」
「どうも」
俺はアイテムボックスから蝙蝠傘を2本取り出し、1本をトロントに渡す
とりあえず俺達は近場の知ってる店に行くことにした
「どした?」
シトシトと降り出す雨
のんびり店に向かっていると隣のトロントが浮かない顔をしてるのに気付いた
「嫌いなんですよ、雨」
「男が雨の1つや2つで染みっ垂れた顔すんなよ」
「そうですね…でもなかなか拭えません」
雨に何か嫌な思い出でもあるのか…
そうだとしても特に俺から聞き出す事はない
傷口をほじくる趣味は俺に無いからな
「僕が脚を失った日も雨でした」
「自分から傷口を曝け出していいのか?俺は別に黙ってたって気にしないぞ?」
「貴方にはいずれ言うつもりでした、しかし今まで踏ん切りが付かず…ちょうどいいのでこの機会に食事をしながら片手間にでも聞いてやってください」
本人がそこまで言うならと、敢えて拒否はしない
しかしまぁ…食事時に聞く話でもないわな
俺達は知り合いのおばちゃんがやってる軽食屋に入ってサンドウィッチとスープのセットを注文する
だいたいの店はパンが硬いしスープも薄いが、この店には調味料を流してるから他の店よりは幾らかマシだ
「僕は昔、貴族でした」
おばちゃんから貰ったサービスの茹で玉子を剥いているとトロントが唐突に衝撃の事実を放り込んでくる
「あっそ」
しかし俺の返事はノータイムでいて素っ気ない
…実際そんな話に興味は無いしな
「驚きませんね」
「驚いてほしいなら驚くぞ?」
「いえ結構」
出鼻を挫かれた様子も無く、トロントは淡々と続ける
実名までは出さなかったが
貴族の三男として産まれてきたこととか
武勲を上げようと戦場に出てたこととか
そこで脚を斬られたこととか
居心地が悪くなった家から出て
自ら奴隷になったこととか
トロントのこれまでの人生における逃走劇はサンドウィッチが全て腹に収まるまで続いた
そして全てを聞き終えて俺は総括を述べる
「あっそ」
「……今の話を聞いてそれだけですか?」
最後まで話を聞いたところで結局興味は湧いてこない
過去に行ける訳でもないし
その事実が変わる訳でもない
「トロント、俺の中でお前は誰よりも勇敢な男だ。今更何を聞いたところでその事実は揺るがない」
トロントは口元を拭くためのハンカチを握り締めながら何とも不器用な笑みを顔に貼り付けていた
「俺はお前の過去に興味は無い、俺には当時の…うじうじと全部から逃げ出したお前をシャキッと立たせてやる事はもう出来ないんだからよ」
「………?」
俺はトロントの両脇に手を入れて持ち上げる
「俺がこんな風にシャキッと立たせてやれるのは今のお前だけだ」
そこそこ繁盛してる店のど真ん中で大の男が子供の様に『高い高い』をされている
この事実には流石の鈍感野郎も恥ずかしそうに頬を朱に染めていた
「お、おろしてください…自分で立てます」
「そうだ、今のお前は自分の脚でちゃんと立てんだろ……俺の助けなんかなくてもちゃんと立てんだからよ、辛気臭い過去はもう気にすんな」
持ち上げていたトロントを降ろしてやるとズレた眼鏡を直してから俺の目を真っ直ぐに見据えた
「気にしない訳にはいきません…自分の脚で立てるからこそ、僕は立ち向かいます」
流石は逃げない男と言ったところ
その心意気にケチを付けようとは思わないが、立ち向かったところで幻の敵とは戦えない
「そのファインテングポーズは素直に称賛してやるけど、そりゃ無駄な労力だ」
「そうですね、だから僕はずっと憶えておくことにします…これから先、どれだけ時間が経とうとも、僕は過去から目を背けない」
そう、過去に対して出来る事なんて「忘れない」ってことくらいだ
ずっと気にするのはアホ臭い
大事に引き出しに閉まっておいて、その気になれば何時でも手入れ出来るくらいがちょうどいい
仮にトロントが過去から逃げたとしても
そもそも過去を捨てたとしても
俺がトロントを責める事は決して無い
莫大な人生の中で全部に立ち向かうのは難しい
何処かで手を抜いて、何処かで逃げたりしないと疲れちまう
トロントを信頼してない訳じゃないが…
俺の心配も少しは汲み取ってもらいたいね
まぁ…そこら辺が鈍感野郎の鈍感たる所以か
リーサもつくづく不憫な奴だ…
たぶんまだ暫くこの城は落とせない
真っ直ぐ過ぎて逆に偏屈と化してる男に惚れちまった可哀想な女を哀れみながら俺達は帰路につく
「なぁトロちゃんや」
「何でしょう?」
「俺占いとか全く信じないけどさ…お前にはハッキリと女難の相が見えるよ」
「そうですか…ですが全く身に覚えがありませんね」
身に覚えが無いからダメなんじゃないの…
こんな占いの真似事で遊んじまったけど
この時の俺はまさか自分に占い師の才能が有るとは露ほども思っちゃいなかった
「ん?」
店の前に停まっている濃い緑色の豪華な馬車
車体に刻まれた紋章からして明らかに貴族階級以上の客人
俺は「とうとう貴族様にも目をつけられる店になっちまったのか」と呑気に思っていたが
隣のトロントを見てみると目を見開いて顔色を蒼白にしていた
「知り合いか?」
「……おそらく」
インテリ眼鏡は何やら只ならない雰囲気を醸し出してるが兎にも角にも客の顔を見ないと始まらない
待機する馭者に会釈しつつ玄関の扉を開けようとすると、ドアノブを捻る前に扉が中から開かれた
「おや?」
中から出てきたのは「好青年」という言葉が相応しい男だった
背が高く清潔感の有る男は俺に軽く会釈すると、どんな女でも落とせそうな甘くてチャーミングな笑顔を向けてくる
「店長さんですね、貴方には感謝せずにはいられない」
顔を合わせていきなり意味不明な事を口走る
俺は初対面の貴族様に感謝されるような事は何もしてない
「彼女との素敵な出会いを作ってくださりありがとうございます」
口振りからして、どうやらこの男はウチの誰かに惚れたらしい
見た目に反して意外と軟派な野郎だ
今日の店番はリーサとライチ
流石にロリコンには見えないからおそらくリーサの方だろう…
どっちにしろウチの奴に手を出そうってんなら貴族様だろうが何だろうが容赦はしない
「お前に出会いをくれてやった覚えは無いぞ…?」
生憎、そんな商品は置いてない
俺はC級冒険者くらいなら尻尾を巻いて逃げ出しそうな魔力を放ちながら小手調べ程度に威嚇してみた
「…そんな怖い顔をしないでください、今日のところはまだ挨拶しかしていません」
男は一瞬驚いた顔をしたが直ぐに甘い笑みを取り戻す
貴族にしちゃなかなか肝が座ってる
「お久しぶりです…トロワ」
「おお!セルバか!?久しぶりじゃないか!」
俺の後ろに居たトロントが低い声で見知った様な挨拶をすると客人は声を張り上げた
「噂では奴隷に落ちたと聞いていたが…元気そうで何よりだ」
今のトロントが元気そうに見えるならこいつの目は節穴だ
「今は何をやっているんだ?」
「今は…ここで働いています」
「そうか、それは羨ましい!君はいつでもリーサさんの顔を見れるのか」
いやいや…
女を口説くために働いてるような奴は今直ぐにでもクビにしてやるわ
「つーか貴族様がこんな一介の店に何の用が有ったんだ?」
「それは勿論仕事の依頼をね、しかし彼女を見た瞬間どうでもよくなってしまった」
「女性の噂なんて微塵も無かった君が…どういう心境の変化ですか…?」
「いやはや、柄にもなく運命という物を感じたんだ…「俺の女神はここに居た!」ってね」
なかなか壮大なスケールの一目惚れだな…
「…その口振りだとまたここに来そうですね」
「ああ、出来る事なら毎日来たい!」
勘弁してくれ…ウチに入り浸る貴族様なんて1人で十分だ
「まぁでもしつこいと嫌われてしまいそうだ、それに俺もあと一週間しかバカンに滞在しないしな」
それは好都合
厄介の種は芽が出る前にとっととどっかに行ってくれ
「僕の知ってる貴方なら…きっとその一週間で欲しい物を全て手に入れてしまうんでしょうね」
「君は俺を買い被り過ぎだ」
言葉とは裏腹に貴族様の表情には自信が見え隠れしていた
まさに「当たり前だ」と顔に書かれているような…
…しかも達筆に
俺は「顔が五月蝿いな…」と思いながら最後に苦言を呈しておく
「あんたが欲しいもん…やらねーからな」
最後まで不適に笑っていた貴族様は肩で風を切りながら俺達の横を通り過ぎる
そして馬車に乗り込み、発進直前に「それは貴方が決めることじゃありません」と残していった
最後の最後にごもっともなこと言いやがって…
…ぐうの音は出ねえけど手が出そうになったわ
いけ好かない好青年お坊っちゃんに野蛮な衝動を覚えつつ、玄関のドアを開けるとライチがお祭り騒ぎで店の中を駆け巡っていた
対して、リーサはこれからお通夜にでも行くのかってくらい暗い顔をしてる
「ろーじさん!ろーじさん!大変です!!」
俺は大騒ぎのライチを捕まえてさっきのトロントみたいに持ち上げる
それでもライチは俺の手の中で手足をバタつかせて興奮気味
「大変です!大変ですよ!ろーじさん!」
「レディが興奮してはしたない…少し落ち着きなさいな」
持ち上げられてる時点でレディもクソもないが、ライチは俺とのテンションの落差にキョトンとしてから1つ大きな深呼吸をする
「リーサさんが求婚されました!!!」
…ライチを持ち上げたのは間違いだった
耳も塞げないのに近距離から…
!マーク3つ分の叫びは頭の奥にキンキンとよく響く
脳に響く輪唱
この怒りの矛先は勿論あのキツネ野郎に
「あの野郎…」
次会ったら貴族の挨拶はプロポーズのことなのかと胸ぐら掴みながら問い詰めてやる…
自分でも何時振りか思い出せないほど久し振りに舌打ちをした俺は過ぎた事を酷く後悔した
「…やっぱりぶん殴っときゃよかった」
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