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貴族暗殺.take1

伯爵は俺の死刑宣告に全く驚く様子もなく、優雅に紅茶を飲み干した



「なるほど…ならば少々待っていろ、最後に息子達に一筆認めたい」


「遺言か?」


「遺言なら既に用意してある、これは言うなれば父からの最後の教訓か」


この一月の間に悟りでも開いたのか…やけにいさぎよすぎて気持ちが悪い



伯爵は紙とペンを用意し、たった一文『勇者には手を出すな』とつづった後に仰々しい判子を押す


そんな一言のために筆を取るな…


まぁ…大事なことだけどな



「1つ頼みが有るのだが…いいか?」


「何だ?」


「隣の部屋で妻が体調を崩して床に伏してるのだが…あれは放っておいてやってくれないか?」


権力だけを愛していた男とは思えない発言に少し驚きながらも顔には出さない



「ガキより何より嫁さんの心配か?」


「ああ、息子達に手を出そうとしているなら既にやっているはずだからな…貴様の目的は私だけだろ?」


窶れてても流石にそのくらいの頭は回るか…


「まぁそうだな」



確かに伯爵の息子達には興味無いが嫁さんとなれば話しは別


「だけど残念ながら嫁さんにはお前と同じ運命を辿ってもらう」


伯爵は特に表情も変えず「そうか」と相槌を打つ



「今更貴様の情を誘うつもりは無いが…あれにはまだ自立してない娘が居る」


「そんなもんとっくに知ってる」



伯爵には確か三人嫁さんが居たはず

家で飯待ち状態の小娘の詳細より俺は伯爵の残り二人の嫁さんの行方が気になる


「んな事より他の二人の嫁さんは息子にでも預けたのか?」


「そうだ。少なくともここよりは安全で良い暮らしを出来るからな」


「…そりゃ良い判断だ」


「そう…私は本当に良い判断をした。つい先週爵位の譲渡も終わらせ、まさに絶好のタイミング」



「思い残す事は無し」と添える伯爵は葉巻に火を着けて立ち上がると窓から外の景色を眺め始めた


その背中はふくよかなのに小さく見え、朽木のような頼りなさを漂わせていた



「思い返せば物心ついた時からの権力闘争…蹴落とした兄に怨まれながら周りの目を気にする毎日……どうやら私は見栄を張る人生に疲れていたようだ」



何もかも失った男はどうやら枯れちまったらしい


悪臭を放つ毒花も枯れれば他の花と何ら変わりはなかった



「ここで静かに余生を過ごすのも良いと思っていたのだがな…勇者に殺されるのも面白い………そうだ、貴様が魔王を倒したあかつきには自伝でも出して「こんな愚かな男がいた」とでも記してくれたまえ」



魔王はその内倒すけど、そんな悪趣味なもんを出すつもりは無い


「こちとら時間が無いんだ、お前の与太話に付き合う気は無い」


「貴様は品が無いな…」


伯爵の襟を捕まえ引き摺り始めると他愛の無い文句を言われるが俺は聞く耳持たず


そのまま隣の部屋に行こうとすると廊下で待機していた初老の執事が随分と慌てて駆け寄ってきた



「だ、旦那様!?」


「ハロルドか、ちょうど良い…どうやら私はこれから死ぬらしいので後の事は任せた」


「何を仰いますか!?」


見事なカイゼル髭もお役御免と言わんばかりに取り乱す爺さん

実際に見えたりする訳じゃないが確実に寿命が縮んでる気がする



「思えばお前には子供の頃から世話になってるな…少ないが残りの財とこの家はお前にくれてやる、好きに使え」


「お戯れを…私は坊っちゃま達に何と言えばいいのですか…?」


「その件に関しては書斎の引き出しに遺言書が入ってる、何か言ってきたら渡してやってくれ」


「……………かしこまり…ました」



俺は項垂れる執事に目もくれず、隣の部屋の扉を開けた


中には伯爵が言っていた通り婦人がベッドに横たわっている



「うぅ…メアリー……何処へ言ってしまったの……」


酷くうなされる婦人は毛布を握り締めながら娘の名前を呼ぶ


はっきり言って見るに絶えない光景だ



娘に会いたいならとっとと会わせてやろう

そう思った俺が婦人を連れて行こうと毛布に手をかけた時、襟を捕まえていた手を伯爵に掴まれた


「すまんが私に起こさせてくれ」


別にそれくらいは構わない


俺が襟を放すと伯爵は立ち上がり服に付いた埃を手で払った



「起きなさい、キャサリン」


「う…ん……あなた…?」


婦人は伯爵が肩を揺すると簡単に目を覚ます


「あら珍しい、あなたが起こしに来るなんて…もしかしてメアリーが帰ってきたの?」


「…………キャサリン、あの子が居なくなって何日経っていると思っている…世間知らずな娘が何も持たず10日も帰って来ないのだ…もう諦めなさい」


「……そんな…」



泣き出してしまった婦人は激情から形振り構わずベッドを叩く


俺の姿が視界に入ってない訳もないだろうに…

…こりゃ相当参ってるな



「どうして!!…あなたはそんなに簡単に諦めろと言えるの…!?」


「客人の前だ…落ち着きなさい」


自分達を殺しに来た奴を客人として紹介しちゃいかんだろ…


思いながらも俺は口を挟まない



キャサリン・クロイシャ婦人

伯爵に一番最初に嫁いだ彼女は一番最後にたった1人の娘を産んだ


長年子供が出来ない事に悩まされていたらしいので世継ぎじゃない娘だったとしても懐妊した時はさぞ嬉しかっただろう


その証拠にキャサリン婦人が親バカなのは調べなくても勝手に耳に入ってくるほど有名な話だった



そんな彼女が娘の命を簡単に諦められない心情は想像に容易い


…そりゃヒステリックにもなるってことだな



「その血色の悪い方は…?」


「これから私達を殺す死神だ」


似て非なる…と言いたいところだが案外的外れでもない


むしろ座布団でもやりたくなるほど良い皮肉だ



「死神…?」


婦人は腫れた目で俺を一瞥いちべつすると涙を拭いて薄く微笑んだ


「なるほど、それもいいわね…あの娘の居ない世界に生きていても意味なんて無いもの」



なんかさっきから娘が死んでる呈で話が進んでるけど俺は声を張り上げて言いたい



「いや、生きてるよ」


確かに餓死寸前ではあるけど

親の仇を取ろうと逞しくアグレッシブに生きてる



「ほ、本当に!?あの娘は今何処に!?」


「教えてやるし会わせてやるけど条件が有る」


「あの娘に会えるならどんな条件でも呑みます!」


著しく活気を取り戻した婦人は俺の左手を両手で力強く握った



「なら今日から二人ともクロイシャの名を捨てろ」


「それは…どういうことだ?」


伯爵は眉をひそめて訊くが、俺は難しい事なんて言っていない

これは至極簡単な話だ



「俺が殺したかったのは『クロイシャ伯爵』だ。だから伯爵でもなくクロイシャでもないなら俺はそれでいい」


俺はアイテムボックスから自分で調合したスタミナポーション(オレンジ味)を取り出して婦人に手渡した


「これは…?」


「疲労回復の薬みたいなもんだ、騙されたと思って飲んでみろ」


俺が渡したポーションはオレンジ色だが元々そんな色のポーションは出回ってない

主に青・緑・赤色が主流として売られているので見た目だけなら中々に怪しい代物だ



そんな得体の知れないポーションを婦人は困惑しながらも一口含んで喉の奥に流した



「どうだ?」


「何だか体の内側からポカポカと暖かくなってきたような気がします」


「そうか、じゃあ行くか」


問題無く効果が出てるみたいなので婦人の手を握り直して伯爵の肩に腕を回す


「何処に行こうと言うのかね?」


「何処って、そりゃ娘の所に決まってんだろ」



身体を壊すほど会いたがっていた娘


泣くほど裏切りたくなかった母親


+α、一欠片だけ二人を心配する親父



1つ1つはいびつで不格好

不完全で圧倒的に足り得ない



やっぱり親子は一緒に居た方がいい


そっちの方が美しい



幸い、三人を繋げるのは俺には簡単なこと



それは条件を満たした今

時間も距離も関係無く

一瞬で終わる



まばたきをする暇さえ与えず

俺は二人を記憶回路インセットワープで店に飛ばした




「ただいま」


何が起きたから理解が追い付かない彼らを置き去りにして食卓につく俺は少々派手な方法で冷めた料理を温め直す


火と風の魔法を巧みに操って食卓の上に小規模な火柱を建てると電子レンジよりも効率的に料理が温まるが…焦げる危険性があるので要注意っと



「お二方は?」


「伯爵じゃない人達」


火柱に目もくれないリーサの問いに投げ槍に返す


「何ですかその回りくどい言い方は…?」


今日だけで何度目か……

リーサの呆れ顔はもう見飽きちまった


少しは飽きるほど見せられてる俺の気持ちも考えてほしいところだ




そして火柱を上げてから30秒ほど

料理が香ばしさを取り戻した辺り


ようやく置き去りにしてきた三人の思考が前へと歩き始めた



「メアリー…!」


「お母様…!」



母と子の感動の再開


…なんてのは興味が無い


正しい形に戻した時点で俺は既に満足している



例えば凹んだボールで試合をしてるサッカーなんてたぶん面白くないし気持ち悪い


そんな気色悪いものが見たくなかったから俺はボールをしっかりと空気の入った丸い物に代えただけ



それにしても…


「貴様の意図が汲み取れん」


この中年は行方不明だった娘に対する反応が薄過ぎる


淡白というか薄情というか…

まぁ貴族様なんてだいたいこんなもんなんだろう



「まぁいいからあんたも座れよ」


「…うむ」


伯爵を元々ロイが座っていた席に座らせる

あいつは飯を食い終わってとっくに居なくなっていた



「あの…お父様」


父が隣に座り、娘は顔を伏せながら声を震わせる


「すみません…仇を取れませんでした」


飢え、渇き切った身体で涙を流すメアリー


そんな状態で泣いたら脱水症状になるんじゃないかと少しヒヤヒヤする



「メアリー、お前も知っての通り私は既に伯爵ではない」


「…………はい、存じております」


「資産も土地も全て無くなった」


「…………はい」



「つまり今の私はキャサリンの夫であり、お前の父…残ったのはお前とキャサリンだけなのだ」


肉厚な手で娘の頭を撫でる伯爵の姿は既に貴族でも何でもない


正に父親そのもの



「メアリー、今更私がお前に言ってやれる事など無いが……もうキャサリンを…母さんを心配させてくれるな」


「………はいっ!」






ーーーーーー



今日、確かに貴族が1人死んだ


貴族じゃなくなったその男は姓を『クロイシャ』から『ホワイト』に改め、クエンラのバカンにて1人の労働者となる



心ばかしの民家を与えられ、妻と娘の三人暮らし


前の生活のような豪華さは微塵も無く

執事もメイドも居ない


身の回りの事は全部自分達でやらなければならない



彼らにとってそれは未知の領域ではあったが1ヶ月もすれば周りの人々の助けもあって上手く順応していった






…ただ1人を除いて





.




【数日後】






「ねぇねぇロージ、あれ買って」



齢13のお嬢様


働く大人の邪魔をしつつ店先に飾られたブローチをねだる



「ダメ」


「じゃあ許してあげないからね」


「別に許さなくていいから邪魔すんなっつーの」


次の現場に向かう彼の前に立ち塞がる彼女は片手で軽くいなされて地団駄を踏んだ


「もーっ!!」


「そんな風に怒ってると牛さんになっちまうぞ?」


「子供扱いしないで!」


「1人でお留守番も出来ない奴を立派なレディとして扱うのは無理な話でございますですねぇ」


両親不在の家に1人で居るのが嫌な彼女は日中は朗志にべったりだ


本当なら親の元に行きたいが邪魔になると思って遠慮している


しかし憎き親の仇なら遠慮は無用

これでもかと我儘を言うが相手にはされていない



「私だって立派なレディよ!」


朗志の態度に腹を立てた彼女は彼の背中に飛び乗って髪を引っ張り始める


嗚呼ああお嬢様…はしたのうございますですよ」


「その変な喋り方も止めてよ!」


対して朗志は特に意に介さず

無表情のまま皮肉を投げ返す



「ところでお前さん、俺にちょっかいかけてるより同じくらいのガキと遊んでた方が楽しいんじゃねーか?」


「ふん、あんな程度の低い連中と一緒に居たって楽しくない」


友達候補なら沢山居る

それもおおよそ130人ほど


しかし彼女は同じくらいの年の、それも庶民の子供への歩み寄り方なんて知らない



「そうかいそうかい、じゃあ俺は程度が高いってことですかねー?」


「勘違いしないで!貴方は最底辺よ!見ていて滑稽だから一緒に居てあげてるの!」


「さいですか」



元気に減らず口を叩いているように見えますが

彼は髪から伝わる微振動に気付かぬ男ではありません




「…………それでいい」


「…どうしたの?」


「ん?いや、こっちの話だ」



背中の少女が鬱陶しくなったのか、彼は彼女の腰の辺りを掴んで強引に引き剥がす


多少のブーイングを交えつつ、それでも隣にテクテクと付いてくる彼女に朗志は右のてのひらを突き出した



「今回限りだからな」


「なに?」


「種も仕掛けもございません」


マジシャンの様な謳い文句と共に掌を返し

そして戻す時には少女はそのビー玉の様に美しい瞳を輝かせる事になる








喧しくも兄妹の様に仲睦まじく見える二人


結局のところ、こんな短時間で急激に態度が変わることなどない


喚いたり騒いだり

数分前と何ら変わりはない



しかし不思議なこともある


会話の内容こそ皮肉や不満なのに対し、彼女の顔からは三割ほど嬉しさが見え隠れしている





一歩歩くごとに揺れる大きなリボン



母に宛がってもらったお気に入りのそのリボンには


燃える様に赤い水晶が付いたブローチが自慢気に光っていた





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