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少し優しくされただけ

※少年視点です(ニコル)

僕達がお兄さんに連れてこられてから一月が経って、僕も妹もだいぶここの生活に慣れてきた


最初こそ1日3食の食事や大きな浴槽に戸惑いはしたけど、先に居た知り合いやブーケさん達のお陰でなんとか130人の輪の中に入れていた



僕達を連れてきたお兄さんはロージって名前らしくて週に1回はおやつを持って様子を見にくる


そしてこの1ヶ月で彼の目的も分かった



どうやらお兄さんは僕達を自分が経営してる店で手伝わせたいみたいだ


けどそれは今すぐって訳じゃなくて、ある程度教養を身に付けてかららしい


実際に読み書きと簡単な魔法の勉強会を週に4回は開いてるし、本棚に最初から入っていた5冊の内4冊は教材だった(まだ読めないけど)



0(子供の内)から従業員を育てるなんて随分手間とお金がかかりそうだ…


その上「やりたくなけりゃ別にいい」なんて言うんだからお人好しにも程がある



目的は分かれども意味は解らない

そしておそらく理解出来る日も来ないと思う


だってお金持ちの考えなんて分からないよ…



もしかしたらこれも丸々お兄さんの座興なのかもしれないし、お兄さんがいつか飽きて捨てらるかもしれないけど…


僕としては雨風を凌げる今の現状に満足してる



毎日お腹いっぱいに食べて

温かいお風呂で体を洗って

フカフカのベッドで寝る


これ以上無い豊かな生活に妹は宣言通り寝坊助になってしまったくらいだ



起床時間は7時から8時の間

7時に中庭の隅で飼ってる鳥が高らかに鳴くからそれを合図に8時の朝食までに支度をする


鳴く鳥がまた喧しくて、だいたいの子供は起きるんだけど妹は最近これじゃ全く起きなくなってきた



僕が起こそうとしたところで永遠と「あと5分」が続く



8時に間に合わないといつもブーケさんが起こしに来て、目が覚めなかったとしても問答無用で連れてかれる



寝坊常習犯になってしまった妹はブーケさんの腕の中でまだまだ夢の延長戦


今日もそんな朝から始まった




「サーシャちゃん、この1ヶ月でだいぶ神経図太くなったね、これは将来大物になるよ!」


「…すみません」


寝てる妹を抱き抱えながら食堂に向かうブーケさんは朝から明るく笑うけど、僕は対極的に申し訳なさそうに謝る


毎回毎回妹を運んでもらうのは本当に申し訳ない



「意地悪で言ったつもりじゃないよ、だから謝らないで」


「………はぁ」


本来なら僕が妹を連れて来なくちゃいけないのに…

脚が治って1ヶ月じゃまだ筋力が怪我をする前の状態に戻らない


歩いているだけで息が切れる程だから妹を抱えて食堂に行くなんて絶対に出来ない



情けない自分に溜め息を吐いているとブーケさんは僕の頭を撫でてくれた



「男の子がすぐ落ち込まないの、それに早起き出来るニコルは偉いよ?」



少し話は脱線してしまうけど

今10歳以上の男子の間で密かな話題になっている話がある


この寮の管理をしているのは主にクーデリアさんとブーケさんとデール


デールは関係無いから置いておくとして



幼稚で下世話だけれども…

食卓に花を添えるのは「クーデリアさんとブーケさん、お嫁さんにするならどっち?」という議題


毎日毎日誰かが切り出すと最終的には大盛り上がりだ



妹の手前、僕から率先して話の輪に入る事はないけど…

盛り上がる気持ちは解らなくもない


実際僕の口角は少し歪な形をしていて

きっと他の子も同じ気持ちになっているんだろう




「ようマセガキ、おはよう」



ブーケさんの手の上から重さがかかって振り返るとお兄さんが相変わらずの眠そうな顔で僕の頭の上に手を置いていた


「ロージさんおはようございます!あれ…でも2日前に来たばかりですよね?」



ブーケさんの言う通り、お兄さんは2日前に来たばかり

次に来るのは来週のはずだ



「何言ってんだ、今日はお前の武器を選ぶ約束だろうが」


「え、してましたけど…3ヶ月前でしたし、軽くあしらわれただけかと思ってました」


「そんなくだらん嘘つかんわ」


「か、感動しました!お礼に私の貞操をあげます!!」


キラキラと瞳を輝かせてお兄さんに抱き付こうとするブーケさんはおでこにデコピンを食らった



「いったー…」


「要らんしガキの前で変なこと言うな」



ブーケさんの唯一の欠点

お兄さんの前だと時々変なテンションになる


これさえなければ「明るく元気なお姉さん」なのに…

ちょっと勿体ない



「とりあえず朝飯食ったら出掛ける支度だな」


「了解です!超特急で食べてきます!」


「馬鹿野郎、飯は味わってよく噛みなさい」


「はい!」


自分よりもずっと大人だと思っていた人が子供扱いされる姿は正直見たくないものだった



「ちょっと待て」


きびすを返すブーケさんをお兄さんが呼び止めると、その腕の中からまだ寝てる妹を預かる


「そろそろ寝坊助を起こさないとな」


お兄さんは妹の顔の前に手をかざ


ただそれだけで頑なに起きなかった妹の目がパチリと開いた



「…?…おはよう…ございます?」


起きてすぐに状況を判断出来ない妹は不思議そうな顔でお兄さんに挨拶をする


「よく寝まちたねー」


抑揚の無い棒読みの赤ちゃん言葉

煽り度合いは極めて弱いけど、それでも妹の幼い乙女心に棘を刺すのは簡単だったみたいだ



「…!?…私そんなに赤ちゃんじゃないよ!!」


顔を赤くしながらお兄さんの顔を両手で押し退ける妹は腕から降ろしてもらうとドタドタと豪快な足音をたてながら食堂に走っていく


「それじゃあ私も!」


そして妹の跡を追うようにブーケさんも続いた



「ほら、お前も飯食ってこい」


僕もお兄さんに背中を押され歩き出す



食堂に着くと妹が僕の分の朝食ももらってきてくれていたらしく、長いテーブルの上には二人分のトーストとスクランブルエッグ、そしてサラダと牛乳が置かれていた


僕は「ありがとう」と言いながら妹の頭を撫で、まだ温かいトーストにバターを塗る



柔らかく芳ばしいパンに噛り付こうかというところ…


「あら、遅かったじゃない」


僕の隣にミーコという同い年の女の子が座る



彼女は僕がバカンに来た時からの顔馴染み


同じ場所で靴磨きをしている僕にちょくちょくちょっかいをかけてくる嫌な子だ



でも何故か妹とは仲が良いから当初はよく妹の面倒を見てくれていた


恩があるから無下にも出来ず、質が悪い



「ねぇねぇ、これ嫌いだから食べてよ」


挨拶代わりに嫌いな物を押し付ける

…なんとも不躾な



ミーコは卵が食べられない

彼女は元々顔が広く、よく知り合いから卵を貰う機械が多かったそうだけど…


食べられないからって僕に投げ付けて遊ぶんだ


…卵を割らずにキャッチするのは苦労したよ



そして案の定、僕の皿にはスクランブルエッグがこんもりと盛られる



「…好き嫌いはダメだよ」


「いいじゃない別に、あんた卵好きでしょ?」


「まぁ嫌いじゃないけど…」


「じゃあ黙って食べなさい」



相も変わらず傍若無人


妹はなんでこんな奴に無邪気な笑顔を向けられるんだろう…

不思議でしょうがないよ



「それにいっぱい食べれるんだから感謝するべきよ」


「あー、はいはい…ありがとう」


彼女の対処はなるべく反発しないように受け流すに限る


下手に口答えでもしたら更に面倒だからね



僕はパンの上にスクランブルエッグを追加して今度こそ朝食にありついた



押し付けがましくても僕にとってはご馳走

フワフワの卵が口一杯に広がって思わず口元が緩む



「アホ面ね」


僕の顔を見ながら意地悪に笑うミーコを睨み付ける


「うるさいなー…君も早く食べなよ」


「言われなくても食べますよーだ」



朝食の時はだいたいこんな感じ


2日に1回はミーコに絡まれる


ちなみに昼食も夕食も同じ頻度で現れる


ミーコにとって僕をからかう事が栄養補給になってるんじゃないかとすら思うね




朝食を食べ終えたら昼食まで勉強会があるんだけど、今日はお休みの日


だから代わりに洗濯と週毎に変わる場所の掃除


そして昼食が終わったら夕食まで自由時間



自由時間は遊んだり本を読んだり、皆思い思いの時間を過ごしてる


僕も他の子と遊んだりしてるけど半分はリハビリとか筋トレに時間を費やしてた



夕食の後はお風呂に入って寝る



これが今の僕達の1日のサイクル



至って健康的で何も不満は無い


だけど僕にはこのサイクルの他にもう1つだけ日課が有った



消灯時間の21時を超え、全ての明かりが消えたあと

僕は建前上「リハビリ」と称して中庭に向かう


暗い廊下を転ばないように進み、中庭に着くと1本だけ生えている大きな木の陰に隠れる



そこで隠れながら待っていると、いつも22時前にブーケさんが夜の鍛練をするために裏庭に現れるんだ



べ、別にブーケさんが見たくて来てる訳じゃないよ?


僕も今リハビリとか筋トレとかしてるし…その参考までに見学してるだけだからね


嘘じゃないよ?



……何はともあれ

今夜も僕はブーケさんの鍛練を見学しに中庭に向かったんだけど…



初めて先客に出会でくわした




「来たわね変態」



よりにもよって木の陰にはミーコが座っていた



「何でこんな時間に君が居るんだよ…」


「夜に廊下から足音が聞こえるって噂になってたから誰か確かめに来たのよ…まさかあんただったとはね、この変態魔神」


100歩譲って夜出歩くのは咎められる事かもしれないけど

それだけで変態扱いは僕も納得出来ない


僕は特に疚しいことはして…ない



「どうせブーケお姉ちゃんでも見に来たんでしょ?」


「何でそれ…じゃなくて……何のことかなー?」


とぼけても無駄よ、遠目だけど私の部屋からだとブーケお姉ちゃんがここで鍛練してるの見えるもん」



ぐぬぬぬぬ…そこまで足が付いてるともう言い逃れ出来ない


このまま僕はミーコに「変態」というレッテルを貼られてしまうのか…


僕の短い人生における最大の汚点になるかもしれない



「ち、違うんだよ、僕はただ筋トレの参考にしようと思って…それだけで」


「無様な言い訳ね」


無様だろうがここで弁明しない訳にはいかない


何とかミーコを納得させる言い訳を考えないと…

1週間以内にはミーコだけじゃなく他の皆にも変態呼ばわりされる


…それだけは避けないと





しょうがない…ここは取って置きを



「………これあげるから皆には黙ってて」


「そ、それは!?」


僕は懐からチョコレートっていうお菓子を取り出した


これは今週お兄さんが皆に配ってたおやつで僕は半分だけ食べて後は残しておいていた



「いいの!?」


「いいよ…だってこれくらいしないと黙っててくれないだろ?」


お兄さんの持ってくるおやつは大人気

特に女子には評判が高い


口封じにはもってこいだ



「ねぇねぇ、あんたも座んなさいよ」


「え…なんで?」


「半分こして一緒に食べよ?」


まさかミーコがそんな提案してくると思わなかった



「…………」


何か裏がありそうで怖かったけど、僕もチョコレートの誘惑には勝てない


大人しくミーコの隣に座ってチョコレートを半分に割った



「僕はこっちでいいや」


「わーありがとう!」


割ったチョコレートの大きい方を渡すとミーコはすごく喜んだ


どんなに普段生意気で意地悪でも所詮は子供

チョコレートの前ではその真の姿を取り戻す



満面の笑みでチョコレートを頬張るミーコを見ていると僕も口の中で涎が溢れてくる


「美味しそうに食べるね」


「だって実際美味しいじゃない!」


「まぁ、それもそうか」



とりあえず機嫌の良さそうなミーコに安心して僕もチョコレートを口に入れる


「うん、やっぱり美味しい」


「ねぇねぇ覚えてる?」


ニコニコしたまま僕を見るミーコが聞いてくる



「何を?」


「あんたが私に何かくれるの、これで二回目よ」


あー、確かにそんな事もあった気がする


ミーコが1番最初に妹の面倒を見てくれた時に何もお礼が出来ないから母さんの形見の髪飾りをあげたんだ



安物なのは知ってたし元々売る気も無くて、妹が大きくなったら渡そうとしてたんだけど……あれ、何でそんな大事なものミーコなんかにあげたんだっけ?


いくら恩を売られたからといって母さんの形見を渡しちゃうなんて…昔の僕馬鹿過ぎじゃない??



「あの髪飾り、まだ大事に持ってるよ」


そう言って、ミーコはポケットからその髪飾りを取り出して見せてくれる



白い造花の髪飾り


散りばめられた硝子が月明かりに照らされて綺麗にキラキラと光る



「綺麗でしょ?宝石みたいで気に入ってるの!」


「…そんな高価な物じゃないよ」


「わかってるけど…それでもいいの!」



僕は何でこんなにミーコが嬉しそうにしてるのか全くわからない


やっぱり女の子だから装飾品が好きなのかな…?


まぁ…事態は好転してくれたから何でもいいか




「やぁやぁ君達」



安心したのも束の間



「夜に抜け出して逢い引きとは大人だねー」


ミーコの御機嫌を取るのに必死で近付くブーケさんに全然気付かなかった


「ラブラブなのはいいけど夜更かしはいけないぜ君達ぃ」


「はーい、ごめんなさーい」


「あ、いや…これは違っ…!」


取り繕おうとしてもブーケさんは聞く耳持たず


というかミーコも元気に謝ってないで否定してよ…



「まったく、最近の少年少女は進んでますなー」


ニマニマと微笑ましい笑顔を浮かべながら僕の頬をつつくブーケさん


そんな近所のおばちゃんみたいな反応は止めてほしい…



「羨ましい限りだけど子供はもう寝る時間だよ、さ、私と一緒に部屋に戻ろ」


違うんだ…違うんだってばぁ…


しかもよりにもよってこんな横暴なミーコとなんて…



心の中では何度でも言える「違う」が喉の奥で引っ掛かった魚の小骨のように出てこない



頭を抱える僕をブーケさんは無情にも抱え上げる


為す術も無く小麦袋みたいに運ばれていく僕は結局最後まで言い訳の1つも口にする事は出来なかった



「それじゃ、おやすみ」


「……おやすみなさい」


僕を部屋まで届けるとヒラヒラと手を振りながらブーケさんはミーコの部屋に向かっていく


「…………」


一歩一歩遠ざかるその背中を僕は追いかけられずにはいられなかった



「あれ、どうしたの?」


少しフラつきながら走って捕まえる裾

ブーケさんは僕に不思議そうな顔を向けた


「あの…僕」


このまま変な勘違いをされたまま今日を終わらせたくない


この気持ちの名前も分からないけど

僕はちゃんと言わなくちゃいけない気がした



「僕…僕は別にミー…んぐっ!?」


せっかく僕が誤解を解こうとしたのにミーコが僕の口の中にチョコレートを無理矢理捩じ込んできた


「ふん、言わせてあげない」


さっきまで楽しそうだったのに

ミーコはもういつもの太々しさを取り戻していた


というか…

ミーコは僕に情状酌量の余地も与えてくれないって言うの…?


…なんて意地悪なんだ



「良いもの貰ったね。でも歯を磨かないと歯に悪魔が住み着いちゃうから気を付けて」


「………うん」



僕の頭を撫で、去っていくブーケさんを僕はもう追おうとはしなかった


それは彼女の腕の中で舌を出して挑発してくるミーコに怖気付いた訳じゃ決してない



だけど


僕はただ口の中のチョコレートを舌で転がしながら呆ける事しか出来なかった




ここからは余談になるけど

ボケっとしながら部屋に戻った僕は結局歯を磨くのを忘れて数日後虫歯になった




歯が痛む度に思い出す

あの憎たらしい顔



それはまるで呪いのようにしつこく

しばらくは染み付いて取れない







僕にはミーコの全てが解らない


解りたくもない



意地悪なあの子が今更いくら僕に笑いかけようとも



僕はやっぱりミーコが嫌いだ



きっとそれは

これから先

どれだけの時間が経っても








変わらない






.

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