七話 【鋼の剣】
ユグドラシル第二層【幻影ノ森】は迷宮異世界において最初の関門とされている。
それは第一層【輝ノ草原】と比べても、冒険者の死亡率が一気に跳ね上がるからだ。
原因とされるのが、変異種と呼ばれる魔物の存在。
第二層から出没し始めて、明らかに周辺の魔物と比べても異質な力を持つ。
連中は一度に出現する個体数は限られているものの、決して絶滅することはない。
研究によると、変異種は侵入者を撃退するユグドラシルの防衛機能ではないかとの話だ。
つまりゴーレムのような魔導生物に近い種だということだ。
魔力を好物としているので、魔法職は常に警戒を怠ってはいけない。
なるべく戦わないようにする、もしくは万全の状態で挑むようギルドでも指導される。
また、変異種とは別で罠の存在も忘れてはならない。
第二層に発生する罠はそれ単体で致命傷となるものは少ないものの。
魔物や変異種との遭遇中に発動すると、まず間違いなく犠牲者がでることになる。
この二つの要素が組み合わさる事で、無謀な輩を地獄に叩き落していくのだ。
変異種と罠。どちらも危険ではあるが、罠の方は対策手段がいくつか存在する。
それは罠解除スキル持ちを連れていくことだ。専用の道具もあるが、こちらは使い捨てで扱い辛い。
冒険者ギルドでは罠解除役をパーティに入れるよう推奨している。
とはいえ、長期間の迷宮探索で戦えない者を一人加えるのは負担が大きく。
罠解除ができて戦闘もこなせる優秀な者は、上位ランクのパーティが独占しているのが現状だ。
カルロス率いるCランクパーティ【鋼の剣】程度では、何の名声もない野良を拾うしかなかった。
「くそっ、くそっ!! リーンの奴め、拾ってやった恩も忘れて逃げやがって!!」
カルロスは苛立ちを隠そうともせず、近くの木を殴りつけた。
それを他のパーティメンバーは遠巻きに眺めている。全員が空腹で限界だった。
リーンが逃げる際に奪った食料は、数少ない二日分の内の一日分。
彼らは丸一日、飲まず食わずでひたすら歩き続けている。
その間も、魔物との遭遇は避けられず、何度も戦闘をこなしていた。
血と汗と泥で汚れた装備は重く、足取りも徐々に力を失っていく。
「そもそもどうして本人の前で殺すなどと言ったのですか、黙ってやれば逃げられずに済んだものを」
半森妖精のロロンドが、珍しくカルロスの浅慮な行動を責める。
殺すまでは確定していたのだが、殺し方までは詳しく話し合っていなかった
そこまで徹底すると、ラミアやダントが冷静さを取り戻して、止めるだろうと考えたからだ。
リーンの殺害を勢いで押し切ろうとして、失敗してしまったのだ。
「……最後にアイツの怯える姿が見たかった。痛めつけてこれまでの鬱憤を晴らしたかった! 罠解除ができるとはいえ、探索中荷物持ちにしかならない……いや、荷物持ちも満足にこなせなかったアイツの存在が鬱陶しかった。……お前たちだってそうだろ? 本当は邪魔で邪魔で仕方がなかったはずだ!!」
カルロスは全員に向かって叫び声をあげる。そこに反論はない。
カルロスほどじゃないにしろ、リーンが疎ましかったのは事実なのだ。
迷宮探索は命懸けだ。一人でも足手纏いがいるだけで危険度は増す。
リーンは身体が強いわけでもなく、荷物持ちとしても優秀とはいえなかった。
罠解除ができるだけ。それだけで仲間面をされるのは、ハッキリ言って面白くはない。
もっと言えば、報酬だって渡したくなかったのだ。
何故、命懸けで戦っている自分たちが、見ているだけの奴に感謝しないといけないのか。
探索中、魔物に襲われて死んでしまえばいい。そういう考えを持った者もこの中にはいた。
この考えはリーン以外の他の罠解除役にも向けていたものだ。
それが偶々今回の変異種の襲撃によって、積りに積もった鬱憤が爆発したのだ。
「……今はリーンの話は置いておけ。このままでは全滅必須だ、とにかく水だけでも確保せねば」
パーティ最年長のダントは冷静に語る。
盾役である彼にとって、リーンの存在は邪魔であったのは確かだが。
それでも盾として働くのが役目なのだ。殺意に溺れるカルロスを諫める。
「チッ、確かにこのまま最短で第一層を目指したところで、体力が持たない。休息も必要か」
頭に血が上っていたカルロスも、空腹と喉の渇きには勝てなかった。
全員がその場に座り込み、そして青空を見上げる。迷宮異世界にも昼夜の概念がある。
しかし天候は常に一定で変化はない。上の階層では雨が降り続ける場所もあるらしい。
「これが最後の食料と水です。……大切にいただきましょう」
ラミアは袋から出した乾パンを配る。そして水の入った袋を回し飲みする。
これで多少は怒りも収まったかと思いきや、カルロスが唐突に怒鳴りだした。
「おいダント! お前の乾パン、俺のよりも大きくないか!?」
「……何を言っているんだ。手で割ったんだ、どうしても多少のズレは生まれるだろうが」
「フンッ、そう言って裏でラミアに色目を使って命じたんじゃないのか?」
「んだと!?」
ダントはカルロスに掴みかかる。そんな彼をカルロスは挑発する。
お互い極限状態で理性が働かず、眼が血走っていた。拳を握り締めて仲間同士で威嚇し合う。
「やめて! 冷静に、落ち着きましょう。ここで争っても何も変わらないわ!」
ラミアは二人を止めようとする。
だが男たちは止まらない。今まで溜めこんできた鬱憤が溢れだす。
「前々からお前のその年長者面が気に食わなかったんだよ、このパーティのリーダーは俺だぞ!?」
「そのリーダーが感傷的だから、俺が支えていたんだろうが!」
「誰がそんな事を頼んだ!? そう言っていずれは【鋼の剣】を乗っ取る魂胆だったんだろ!」
「なっ、カルロス、お前って奴は……!」
カルロスの本音を受けて、ダントは失望した表情を浮かべた。
これまで長い間、一緒にパーティを盛り上げていたつもりだった。
それでもカルロスには、最初から仲間とは思われていなかったらしい。
カルロスはダントを押し遣り、怒りのままに吐き散らす。
「お前が本当に俺の仲間だというのなら、今すぐ全員分の水を探してこい! 証明してみせろ!!」
「……わかった。だが、これで最後だ。無事に地上へ戻れたら俺はこのパーティを抜ける」
「フンッ、勝手にしろ!!」
ダントは渋々といった様子で盾を持ち、カルロスたちに背を向けた。
「ダント、危険よ! 水源には強力な魔物が住み着いている。変異種に襲われてしまうわ!」
「それでも、生き残るには誰かが水を確保する必要がある」
「本人が行きたいと言っているんだ、行かせろ」
「カルロス! 貴方は友人を見捨てるの!?」
「くどいっ!!」
ラミアの訴えもカルロスには届かなかった。
そうして、ダントはたった一人で変異種が住み着く水源に向かったのであった。
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◇【鋼の剣】
カルロス率いるDランクパーティ。所属は武と正義の国【レイルフォス】
ギルドに登録したパーティは、ミズガルズに出資する国の中から選択して支援を受けることができる。
支援内容は金銭や装備、宿泊施設といった身の回りのものまで多種多様で、国によって特色がある。
見返りとしてパーティは国家に各階層の情報や、魔物の素材、魔石などを献上するのだ。
【鋼の剣】はカルロス、ロロンド、ダント、ラミアの四人で構成されている。
四人とも昔からの知り合い同士で、必要に応じて野良から一人雇うという形をとっている。
最大到達点は第四層。第二層の変異種も討伐経験がある。しかし今回は奇襲を受け、逃げ帰る羽目に。