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四話 悪夢

 ――夢を見ていた。僕の両親が、妹がまだ生きていた頃の夢だ。

 僕の故郷は辺境にある田舎村だった。生活は苦しくても家族仲は悪くなかった。

 いつか大きくなって楽させてあげようと思っていた。その為に色々と勉強していた。


 だけど、そんな願いは叶うことなく。勉強も全て無駄になった。

 ある日僕と妹のユノが街へ出かけている間に、村が魔物に食い尽くされてしまったのだ。

 両親も、戻ってきたのは骨だけで、姿形も失っていた。別れの言葉もなかった。


 僅かな遺産を抱えて、親戚に預けられた僕たちだったけど。

 この親戚が嫌な奴で、遺産を横取りして僕とユノを家畜小屋へと追いやった。

 毎日のように殴られて、強制的に働かせられて、全身に消えない傷跡が残っていく。


 そんな僕を見てユノはずっと泣きながら謝っていた。彼女は身体が弱かったから。

 親戚は足手纏いだとユノを冷遇していたけど、僕が常に身体を張って庇い続けた。

 それが兄の役目だからと。そんな過酷な毎日を過ごしていると、よからぬ噂を耳にした。

 近いうちにユノが領主の息子に奴隷として売られると。二度と会えなくなってしまうと。

 

 このままじゃ不味いとユノを連れて僕は親戚の家を、家畜小屋から抜け出した。

 逃げる際に家に火を放った。この時点で僕も精神的に追い込まれていたのもあった。

 当然だけど、追っ手として雇われたのは武器を持った傭兵たちで、命すら狙われてしまう。


 だけど僕たちは、何とか別大陸の街へと流れ着くことができた。

 これから二人で一緒に暮らしていこう。そう決意したのに、今度は大厄災に襲われた。

 それは大きな揺れだった。大地が裂け、建物が、人々が呑み込まれていった。


 迷宮異世界ユグドラシルが誕生してから。

 数十年に一度、世界には大厄災と呼ばれる異変が起こる。

 一説によると、僕たちの住む世界がもうすぐ寿命を迎えるとかで。

 それを防ぐ手段が迷宮異世界に眠っているとか。ともかく原因不明の天変地異が起こるのだ。

 

 そして僕の目の前でユノが――――大切な妹が消えてしまった。

 

 何もかもを失った僕は、気が付いたらユグドラシル攻略の最前線とも言われている。

 迷宮都市ミズガルズを彷徨っていた。旅の最中に誰かから情報を聞いて覚えていたんだろう。

 幸運にもユニークスキルを持っていた僕は、見込みがあるとして冒険者の資格を得られた。

 

 とはいえ、期待されるほど強いスキルではなかったけど。

 不幸だった。ずっとずっと。幸せなんて遠い世界のおとぎ話のようなもので。

 それでも生きていたら何とかなる。そう自分に言い聞かせて頑張ってきたけど。


 今度は一緒に組んでいたパーティに裏切られた。殺されかけた。

 もうこれ以上、僕にどうしろというのだろう。これ以上苦しんで何になる。

 正直、どうでもよくなってくる。ここで諦めたって誰も文句は言わないだろう。

 

 最後に出会った少女の顔が思い浮かぶ。何故か龍と知っても恐怖はなかった。

 どうしてか少しだけ考えて、気が付いた。穏やかな雰囲気がユノに似ているんだ。


 ◇


「……ください……起きて……」


「……ん」


 ゆっくりと身体を揺らされて、目が覚めると未だ冷たい暗闇の中だった。

 フォンがじっと僕の顔を覗き込んでいる。その困った表情が妹にそっくりだ。


「大丈夫ですか……? ずっと、うなされていました」


「……昔の夢を見ていたんだ。もしかして、うるさかった?」

 

 僕が見る思い出は、いつも悪夢と似たようなものだ。

 フォンは「気にしていないです」と、素早く傍を離れていく。

 昨日よりは若干距離が縮まっている気がした。フォンは静かに座っている。 


「僕を、食べなかったんだね」


「え?」


「……なんでもないよ」


 寝ている間に食べられるかと思ったけど。

 龍はそもそも人の肉が好みじゃないのかもしれない。

 立ち上がって伸びをする。生を実感すると、喉が渇いてきた。


「これ、どうぞ……水です。リーン、汗をかいているから……用意しました」


「えっ、嬉しいけど。貴重なはずなのにいいの?」

 

 渡されたのは水が入った古い容器だ。

 潤沢に入った透明な液体が、波紋を浮かべて揺れている。

 フォンは包帯を巻いた頭を動かして、疑問を浮かべていた。

 

「……外の泉で簡単にとれますよ?」 


「いやいや、外は危険な変異種がうろついているはずだけど……!」


「私、これでも……龍です。それに、ここに住み着いてから長いので……」


 怪我を負っても龍は龍なのか、第二層の魔物を恐れていないらしい。

 ありがたく水をいただく。身体が喜んでいるのがわかる、涙が出そうなほど美味しい。


「ありがとう。生き返った気分だよ」


「……よかったです。いただいたパン、美味しかったです」


 フォンは赤い宝珠を撫でながら僅かに微笑む。

 僕が害を与える人間ではないとわかってくれたらしい。

 多少の信頼を得られたところで、気になっていたことを尋ねてみる。


「フォンが持っているその……動く奇妙な珠って何なのかな?」


「これは――迷宮核と呼ばれる宝珠です」


「へぇ、それがそうなんだ」 


 迷宮核。確かユグドラシル内の小迷宮を創造する魔力核であり。

 本来は小迷宮を管理する守護者(ガーディアン)が保持しているはず。間近で見るのは初めてだ。

 冒険者にとって飛び跳ねて歓喜するほどのお宝で、内容次第では莫大な財産を得られる。

 内封する力の度合いで等級(グレード)があり、下の方であってもそれなりの価値はある。

 

 守護者を倒した時点で、迷宮核も破損することが多く。

 フォンが手にしている傷一つない迷宮核は、等級以前に価値としてはかなり高い。

 現存する神器と呼ばれる最高クラスの武具にも確か、等級の高い迷宮核が使われているとか。


「私は……母様からこれを託されました」


「フォンのお母さん……それって」


「はい、ここまでの道中にあった亡骸。私の……母様です」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 ◇大厄災

 ユグドラシルが誕生してから、地上では数十年おきに天変地異が発生するようになる。

 国は荒れ果て、世界は徐々に衰退している。人々は救いを求めて神樹を登るようになった。

 原因がユグドラシルにあるとすれば、解決策も同じ場所にあるだろうという希望的観測からだ。

 しかし、この説を信じる者は数多く存在する。神樹を崇める新興宗教なども現れるようになった。

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