8、八田の苦悩
登場人物
剣道部二年
○村瀬 翔也
本作の語り手。
○八田 幸太郎
喜怒哀楽、表出人間。
○メンが痛い女の子
中学生。剣道教室に通っている。
関連エピソード
第5話
「なんなの。皆んなの頭割るまでは通うとか、そんな自分ルールあるの?」
八田幸太郎は虚な目で、床の木目を見ながら言った。
我が剣道部に、街の剣道教室に通う女子中学生が来るようになって数日が経った。彼女のメンがとんでもなく痛くて、八田は初日から音を上げていたが、それは今でも続いていた。
「なんかもう、石野のメンが優しく思えてきたよ。はあ、あの子が来なくなるのと、俺の頭が割られるのと、どっちが先なんだろう」
完全にブルーだ。
「まあほら、あの子も来ると言った手前、簡単に辞められないだろう。察してやれよ。それに、石野のメンが効かなくなったってことは、頭が強くなった証拠だろ」
励ましたつもりだったが、逆効果だった。
「俺は別に頭を固くしたかったわけじゃないの! 頭は賢くするのが正解なんだよ! もー、本当にやだ! なんなの、なんなの!!」
八田は「なんなのー!」と叫びながら、床を転がり回った。
「お前がなんなんだよ」
その声は本人には届かなかった。
転がっている八田を見ながら、その女子中学生のことを思い返してみた。彼女は初日こそすぐに帰ったが、最近では女子部員と仲良さそうに話していて、交友が深くなった様子が見られる。今日も部活が終わって、女子たちとどこかに行ってしまった。だからこうやって、八田が文句を言い始めたわけだが。まあ普通に考えたら、馴染んできたので来なくなる理由はない。これからも通うはずだ。八田には気の毒で言えないが。
「だってさあ」
少し離れたところで動きを止め、寝転がったまま八田は話し始めた。
「こういうのって犠牲者が出ないと分からないんだよ。一番頭が弱いのは俺なわけじゃん。てことは、俺が犠牲になるシステムなんだよ。もう決まってるんだよ。あー、泣きそう」
とんでもなく病んでいる。
「アフロのカツラ買えよ」
そんな気休めを言うと、彼は黙ってしまった。
「なあ、八田ー。そんな落ち込むなよ。人間の頭なんて、そんな簡単に割れないからさ」
近づいたら、彼はぷいと反対側を向いてしまった。
「ほら、起きろよ。そんな落ち込んでもどうにもならないだろ」
「分かってるよ」
小さな声が聞こえた。
「まさか弱めにメン打ってくれなんて言えないし。あの子も皆んなと仲良くやってるから、もう来ないでなんて言えないし。我慢するしかないのは分かってるよ。でもさ、ちょっと愚痴りたくなったんだよ」
八田も内心では分かっているようだ。
「分かった分かった。俺で良ければいつでも聞くよ」
俺がそう言うと、八田は勢いよく立ち上がり、そして抱き着いてきた。
「翔也は良い奴だなー! 最高の友達だよー!」
「や、止めろ! 誰かに見られたら……あ」
着替え終わって更衣室から出てきた山下が、冷めた目でこちらを見ていた。
「仲いいじゃないか」
それだけ言うと、山下はスマホを触り始めた。
「いや、違う。待って!」
抱き着く八田を振り払って、慌てて山下に詰め寄った。