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大逃送 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共に、この場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 ほう、今日もまたあの学校、ソフトテニス部が頑張っているみたいだな。まだ午前8時だっていうのに、熱心なこって。

 いや、別に活動時間の早さに感心しているわけじゃねえよ。この炎天下の中で練習をしていることに、感動しきりなわけ。クールビズな俺たちだって、通勤途中からこんなに汗だくなんだぜ。あの子たちのきつさたるや、想像に難くない。

 部活動もチームの和が大切。下手にサボると地位が悪くなる。嫌々で活動している子がもし混じっていたら、精神的にもしんどいと思うぜ。思うがまま、振るまいたい時期だしな。

 だが、てめえのやったことに対する跳ね返りからは、逃げることができん。若いうちに失敗しとけとはよく聞くが、「取り返しがつくことは」って言葉が抜けてる。やらなかったことにできないやつと関わったら、とがを負い続けなきゃいけない。ずっとだ。

 俺自身も学校へ通っている時に、あるきっかけから背負う羽目になっちまった記憶がある。その時の話を聞いてみないか?

 

 夏休みが近づいたある日のこと。別のクラスの友達とだべっていたところ、妙な話題が上がった。部屋中を暗くして行う映像の授業で退屈なシーンになった時、ふと教室の窓の方を見たんだ。

 すると、カーテンの閉まりきっていないわずかなすき間から、魚の姿が確認できたらしいんだ。放り投げられたという感じではなく、ヒレを動かしながら空中を泳いでいるように思えたとか。

 このことはまだ、俺以外の誰にも話をしていないらしい。きっと馬鹿にされるだろうから、とも。俺への信頼がどこから湧いてきたのかはかりかねるが、内心では俺自身も「そんなアホな」と思っていたさ。

 

 ところが数日後。俺のクラスでも映像授業の時間がやってきた。これが理科の生物関連とか、社会の歴史関連だったなら興味が湧いたんだが、よりにもよって道徳。そして流されるのは、俺がはるか昔に見た学園テレビドラマの一話ときたもんだ。

 確かにいい話ではあるが、あまりにお涙頂戴色が濃すぎて、一回見れば十分な内容。細かい説明を省く先生の手抜きも感じられ、上映が始まってすぐ、俺はぼんやり窓の外を眺める。

 厚いカーテンが引かれながらも、そのすき間からかすかに見える、外の景色。上映開始から5分くらいした時、外を何かの影が横切ったんだ。


 最初は気を抜いていたこともあって、とっさに何か分からなかった。ここは3階の教室。きっと鳥だったんだろうと思ったよ。

 だが数分後にもう一度、左から右へと通り過ぎた時にははっきり見えた。それは友達が話していたような魚の姿だったんだ。

 俺が目にしたのはイワシの大群。数十匹とまとまって、限られた視界の空を横切っていったんだ。しっかりと身体を動かし、泳ぐ素振りを見せながら。

 いずれも一、二秒かもっと短い時間でのできごと。それからも数や種類の差はあれども、魚は何度か俺の目の前に姿を見せた。

 やがて映像が終わり、俺は率先してカーテンを開ける係に回ったけど、魚影はもうどこにも確認できなかった。開いた窓から流れ込んでくるものも、水ではなく風だったんだ。

 

 次に時間が取れると、例の友達を呼び出して見たことを報告する俺。友達もあれから何回か、浮遊する動物の姿を確認しているようだ。カーテンを閉めていない時でも、起こっていることに気がついたとか。

 一度、友達のクラスメートも気づいて大々的に話題にし、真偽を探るため、休み時間に全員が窓の外を眺めたこともあったらしい。何度か試したものの、そういう時に限って目にするのは、小鳥とかの、空を飛んでいても違和感のないものばかり。あっという間に人気は下火となり、蒸し返そうものなら白い目で見られそうな空気が醸し出されているとか。

 

「俺は決して、あれが見間違えだとは思えない。お前もそうだろう? いっちょ俺たちだけで真相を探ってみないか?」


 友達の提案に乗っかった俺は、夏休みまでの少ない時間を、この不思議現象の調査に充てることになる。


 放課後もできる限り残ることにし、教室でだべりながら外を警戒する俺たち。友達に言われて、以前よりも神経を集中させると、一時間に一回あるかないかという割合で、魚が泳いでいく。その姿を見て、ぱっと窓を開いた時にはもう消えてしまい、まるで流れ星を追いかけているかのようだったよ。

 何度か繰り返すうちに、俺たちはこの空飛ぶ魚が、教室の窓越しにしか見えないんじゃないかと仮説を立てる。

 教室で見る頻度を考えれば、外を歩いている際も、しょっちゅう目にしておかしくはないはず。ところが一緒に帰る時、家の自分の部屋にいる時などでは、いくら集中しても、一度も魚の姿を見ることがなかったんだ。

 

 すぐさま俺たちは検証に取り掛かった。ストップウォッチを二つ用意し、友達は教室の中。俺は外の、友達が待機する教室が見える位置で構える。ラップのタイムを測れる機能を使い、魚を見かけたらその時間を記憶させておくんだ。

 俺が控えるのは、教室の窓に面した裏庭。先生たちの車が駐車されているところだ。窓のみならず、校舎全体も見渡すことができるから、もしかすると魚がどこから現れるかも見えるかもしれない。

 ポジションについてから30分が経過。用務員さんが草刈りをしながら、俺が潜んでいる区域に近づいてきている。見つかってどうということはないだろうけど、気が散ってしまう。その、俺がわずかに用務員さんを見やり、ぱっと視線を校舎へ戻して、「へっ?」と声が出ちゃったよ。


 校舎はなくなっていた。併設された体育館も然りだ。はめ込まれた部品が外されたかのように、きれいさっぱりとだ。いつも校庭側に出ないと見られないはずの景色が、今、はっきりと目の前に広がっている。

 けれど、それもわずかな間のみ。瞬きすると、友達の待機する教室を含めた校舎も、体育館も元の位置にある。景色は再び遮られて、見間違いかと目をこすってしまったけど、ストップウォッチは止めた。


「――ああ、また奴らがやってきたようだな」


 突然の声に、どきりとする。いつの間にか用務員さんが、鎌と刈った草たちを手に、俺のすぐ隣まで来ていたんだ。

 逃げようか尋ねるべきか。判断できずに戸惑っていると、用務員さんから訊いてきた。


「君は『消える校舎』の七不思議は、知っているかい?」


 俺は首を横に振る。

「現れる校舎」ならば知っていた。特定の時間や条件下で、本来、存在しないはずの校舎が敷地内に姿を見せる。中ではお化けたちが授業を受けており、うっかり入り込んでしまって感づかれると、校舎から出られなくなってしまうという話だったはずだ。

 その内容を伝えると、用務員さんはいったん頷いた後、こう説明してくれる。


「その現れる校舎の、逆バージョンとでもいおうか。特定の条件の下で校舎は誰にも見られず、触れられる存在ではなくなってしまう。君が先ほど見たように、ほんのわずかな間だけだ。そのあまりの短さに、外から見ている人は、己の目の錯覚と思うだろう。

 そして、中にいる者は建物ごと別の場所へ運ばれ、またすぐに戻ってくる。それを判断するには、窓から向こうに見えるものに頼るほかない」


「――魚。空を泳ぐ魚を見かけました。教室から」


「ふむ、今回の逃げ場所はまた妙なところのようだな。まあ、どこであっても、校舎の中であれば安全だろうけど」


「どうしてですか? そもそも逃げ場所って?」


「簡単だ。校舎はあるものをかわすため、刹那の間、逃げ出すんだよ。

 ここではない別のところ。自分たちを壊しうる、恐ろしい飛来物からね」


「飛んでいる魚のことですか?」


「違う違う。それは逃げた先にいる生き物だよ。問題はここ、この世界。校舎が消えた跡を通り過ぎるもののことさ。そいつは回避が一瞬で済んでしまうくらいの、速さを持っている。威力だって、触れれば校舎そのものが音もなく消失するほどなんだ。だから校舎は、別の世界に逃げるのさ」


 深追いはおすすめしないよ、と締めて、用務員さんはまた草刈りへ戻っていく。俺はすぐさま校舎へ取って返し、友達のいる教室へ直行したよ。

 友達はストップウォッチを握ったまま、そこにいた。俺を見かけると、「魚が見えたのか? こっちは見えたぞ」とのんきに告げてくる。互いのストップウォッチのタイムを見せ合う。誤差は一秒そこそこで、俺は確信したよ。

 校舎が消えている間、教室からは例の魚が見えていたんだと。

 

 用務員さんから聞いた話を伝えると、「そんなバカなことがあるもんか」と、友達は笑っていたよ。一方、魚が見える代わりに、消える校舎を実際に目にした俺は、用務員さんが語る飛来物の存在も、この時点でほとんど信じている。

 手を引くことを提案したけど、友達は不満たらたら。実際に校舎が消える様を、間近で見ないと納得できないとか言い出した。校舎の外に出るや、昇降口脇の壁に、ぺたりと手をつけたまま動かこうとしない。他の人に見とがめられないよう、上手く植え込みで身体が隠れてしまう、うまい位置だ。


「実際に確かめるまで、ここを動かないかんな。びびったならお前だけでも帰れ」


 挑発じみた声音だったけど、本当に怖気づいていた俺は、乗る気にならない。鞄を手に去っていく俺に、友達は少々、がっかりした色を顔に浮かべていた。

 俺は遠ざかりながらも、頻繁に振り返って校舎の様子を見続ける。西日が強くなり出す中、正門を抜けて道路へ出たところで、また校舎が消えた。今度は本当に瞬きのみの短い時間だったんだ。

 俺は来た道を取って返す。てこでも動かない意思を表明していたはずの友達の姿は、消えていた。校舎中を回っても、彼の姿は見当たらなかったんだ。

 その晩から、彼が行方不明になった連絡が回り、今でも発見はされていない。用務員さんのいう飛来物に当たり、消えてしまったんじゃないかと、俺は個人的に思っている。


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気に入っていただけたら、他の短編もたくさんございますので、こちらからどうぞ!                                                                                                  近野物語 第三巻
― 新着の感想 ―
[一言] すっごく面白かったです! 空中を魚が横切るというのには、大変興味を惹かれました! いくら口で説明されても、自分の目で見ないことには気が済まないというのはわからなくもないですが……。 消えてし…
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