勇者召喚
魔法使いは魔王の眼前にいた。
打撲や切傷があり衰弱しているが、魔物と戦ったわけではない。
全て彼に責任を求める人たちが付けた傷だ。
今は周りの男たちが魔王を恐れているため、石を投げられることはない。棒で叩かれこともない。罵声だけは無くならないが、恐怖に当てられているのか、悪意も殺意もこれまでよりずっと少なく感じられた。
魔王の口臭が生温かくて嘔吐を催す臭さだが、そもそも吐こうにも胃の中は空だった。
魔王もその周りの魔物たちも手を出しては来ない。
必死の抵抗を期待して、観察している目だった。
人である弱者の生死が余興にすぎないと身に染みて感じられるようだった。
油断なく、何かあれば魔王を守れるよう、警戒はされている。
それでもなめられている。
それが肌で感じられた。
魔法使いは死を覚悟している。
衰弱して上手く働かない頭も、痛みで全身ほてった体も、これから行う魔法の為に全力で使うのだ。
魔法使いは魔法を使った。
邪魔されないよう周囲を燃やし時間を稼ぎ
言霊で石板を作り木の棒で魔法陣を描き
折れた指を引きちぎり祝福して聖水に
手から流れ出る血は生贄の呼び水に
呪文で魔力を集めて魔法陣が起動する
周囲の魔力と命を代償に『勇者』を召喚するために
魔法の発動により年若い王子は光に包まれ、次の瞬間魔法陣の前――魔王のまであと一歩――にいた。
魔物も王子も驚いたが、王子はすぐさま折れた木の棒を腰だめに、魔王へ突撃した。