外食
「らっしゃいませ〜」
「あざっした〜」
機械のように会計をして、去っていく客を見送る。最近始めたコンビニバイトだが、思っていたよりもきつくて、既に投げ出したくなっている。
「成瀬さん、交代っすよ。それと、妹さんが来てますよ」
「ああ」
声をかけてきたのは神谷悟、このコンビニバイトでの後輩だ。大学1年生らしい。
「じゃあ神谷くん、おつかれ」
「はいっす」
手を振って神谷くんと別れる。いつもの通りロッカーで着替えて、コンビニを後にした。
「お疲れ様です、兄さん」
ドアの横で待っていた彩に声をかけられる。
「一々バイト先まで来なくても良いのに……」
「兄さんに悪い虫がついていないかどうか、監視しなければならないもので」
彩はそう言って鋭い目つきでこちらを見てくる。彼女など作れば、一日と経たずにバレてしまいそうだ。24歳フリーターに悪い虫が付くはずなどないので、後者に関しては杞憂だろうけど。
「……好きにしろ」
何だかんだで、待っていてくれるのは嬉しいものだ。彩と並んで夕暮れの街を歩く。
「今日は夕ご飯、どうしましょうか」
コンビニを離れて、商店街まで来たところで彩がそう言った。
「そうだなぁ、久しぶりに外食しないか?」
いつも作ってもらうのは心苦しい。たまにはこうして労わねば。
「そうですね〜久しぶりですし、外食も良いかもしれません」
彩はそう言ってから、立ち止まって考える仕草をしている。どこで食べるのか、考えているといったところだろう。
「焼肉でも食べに行かないか?」
俺はあっさりとした物言いで提案する。
「や、焼肉!?ですか……?」
少し驚いたような顔でそう言う。焼肉は彩の好物だ。嬉しさ半分困惑半分と言ったところだろう。それは我が家の財政は大丈夫なのかという困惑。
焼肉と言えば、1人2000円は覚悟しなければならないからな……
「1、2回シフト増やせば余裕だよ。じゃあ行こうか、彩」
だがしかし、そんなところで妹に心配をかける兄など、もはや兄ではない。
「はい!」
満面の笑顔で頷く彩。この笑顔を見るためなら、シフトを一回増やすことなど安すぎるというものだ。
ジュージューと肉の焼ける音と、鉄板から上がる煙と、美味しそうな匂いが充満している空間、焼肉屋。最近はめっきり来たことがなかったから、少し新鮮味がある。
「何でも好きなもの頼んでいいぞ」
そう言って彩にメニューを手渡す。
「本当ですか!?」
目を輝かせる彩。どこか小動物っぽさのあるその仕草が、あまりに可愛いくて、俺は卒倒しかけてしまう。
「じゃあ和牛ロースと和牛カルビと……って兄さん、本当に好きなのを頼んでしまって、大丈夫なのでしょうか……?」
申し訳なさそうにそう言う彩。財布の心配をしてくれているのだろう。我が妹ながらとても優しい。
「ああ。気にしないでくれ。全然大丈夫だぞ全然」
予算をオーバーしたところで、少し労働時間を増やせば何の問題もない。たかが数千円を彩の笑顔には変えられん。
「……」
と思っていたのだが、予想に反して彩の表情が優れない。
「どうした、彩?」
何かやってしまったのかと思い、恐る恐る聞く。
「やっぱり私、これとこれで良いです」
そう言って彩は、さっき頼もうとしたメニューの1/3以下のものしか頼まなかった。
「彩……」
「きゃっ!?もう、いきなり何をするんですか!兄さん」
控えめなところも、大和撫子を体現しているかのようで、俺は思わず頭を撫でてしまう。何度でも言おう、やはりウチの妹が世界一であると。
「美味しかったですね〜」
「そうだな。でも本当に、あれだけで良かったのか?」
結局彩は、想像していたよりも遥かに少なく注文した。4000円も用意していたのに、二人でその半分もいかなかった位だ。
「ありがとうございました!とても美味しかったです。でもやっぱり私には、家で作る料理と庶民的なチェーン店が似合います」
兄とは言え、きちんとお礼を言う。礼儀正しいところも、ウチの妹の魅力だ。
「やっぱり俺も、彩の料理が一番好きだよ」
思ったことをそのまま呟いた。焼肉も美味しかったが、やはり彩の料理が一番好きだ。
「それは毎日ご飯を作ってくれという、遠回しなプロポーズということで良いのでしょうか?」
得意げな顔でそう言う彩は、それだけでもうとびきりかわいい。
「何故そうなる。それにいつもそんな事を言ってるけど、俺がいきなり狼になったらどうするつもりだよ」
かわいいのは間違いないのだが、あまり調子に乗らせてはいけない。諌めるような口調でそう言う。
「兄さんはそんなことをしないって、信じてますから。それに兄さんなら私……///」
頬を染めて手を当て、そんな事を言う彩は妹ながら破壊力が高すぎる。
「なっ……ばっ、馬鹿なこと言ってないで行くぞ」
照れ隠しも加わり、歩調を少しだけ早める。
「ああ〜! 置いて行かないで下さいよぅ〜」
そうして今日も、俺達は家路に就く。