フランス南東部リヨン市内オペラ劇場前
〈デリンジャー〉が到着した時、二台の偵察用二輪車のそばには誰もいなかった。ビーコン発信機だけが機械的に電子音を発しながら、電波で出迎えた。
「メイスン曹長、どこにいる」
ローレンス・カーン准尉が大声で呼び掛けたが、誰も現れなかった。
「各員、命令があるまで外には出るな」
「戦闘の形跡がまったくありません。煙のように消えてしまったとしか見えないこの状況は、いったいどういうことでしょうか?」
レイモンド・コリンズ軍曹が尋ねた。
「わからん。とにかく、捜索隊を出さねばならない」
カーン准尉は面倒なことに巻き込まれたことを認めた。
「待って下さい。ドラゴンが接近中です」
坂井美春伍長が報告してきた。
「距離は?」
「六時の方向、距離五百メートル」
まだ、時間はある。
「赤外線暗視装置を使って、軍曹たちの居所を捜せ。急げ、時間がないぞ」
それからしばらくの間があった。カーン准尉にとってその間は永遠にも感じられる程に長かった。ただひたすら二人が見つかることを祈るだけである。
「発見しました。右舷のオペラ劇場らしい建物に人間らしいものと思われる熱源が見えます」
「よし、すぐにボローニャ衛生兵を向かわせろ。もう、タイム・リミットだ。〈VBL装甲車〉は急いで退避しろ。〈デリンジャー〉と〈ライオット〉、それから〈VBA装甲車〉で盾となるようにオペラ劇場前に配置。救助活動を支援する」
〈デリンジャー〉を基点として、〈ライオット〉と装輪式装甲兵員輸送車〈VBA装甲車〉が戦闘ラインを形成する。その直後に、ドラゴンが現れた。いや、ドラゴンではなく、ドラゴンより小さい敵性生物であるワイバーンであった。
「撃て」
すかさず、12.7ミリの一斉射撃が開始される。空中にまばゆい光がいくつも線を描き、そしてワイバーンに次々と命中した。しかし、弾丸が鱗にはじかれて、火花が散っているだけである。怒り狂ったワイバーンが、こちらに向き直り、唸り声とともに怒りに満ちた咆哮をあげた。咆哮が腹の底にまで響き、まさしく想像に絶する恐怖である。
続けざまに発射した歩兵用軽対戦車ミサイルがワイバーンに命中し、ワイバーンはそのままバランスを失って建物の中に倒れていった。だが、致命傷を与えるには至っていない。ワイバーンの表面をおおう鱗が堅すぎて、簡単に貫通しないのだ。
その合間を抜って、負傷者を担いだボローニャ衛生兵が戻ってきた。
「発進」
カーン准尉が命じた瞬間、〈デリンジャー〉はタイヤをきしませて急発進した。同時にワイバーンが〈デリンジャー〉のあった場所を目掛けて突っ込んでくる。〈ライオット〉はかろうじてかわしたものの、装輪式装甲兵員輸送車〈VBA装甲車〉は体当たりを受けて横滑りを起こした。装甲車であるがゆえに内部の人間を辛うじて守ったものの、かなりのダメージを受けた。
「〈VBA装甲車〉は大破。走行は不可能」
「〈VBA装甲車〉から脱出しろ。〈ライオット〉に搭乗員を回収させろ。援護する」
カーン准尉は、ためらったりはしなかった。
「〈ライオット〉、了解しました」
「〈ライオット〉を援護しろ。ひるむな。ロケット弾、連続発射。ひとつでも、奴の頭に当たってくれれば御の字だ」
ワイバーンは尻尾を大きく振って、建物を〈デリンジャー〉の上に崩した。後輪が瓦礫を踏んで大きくはねあがった。
「第二銃座が破損。負傷者が出たもよう」
「確認を急げ」
〈ライオット〉はやっとのことで広い場所に出ることに成功し、照準の目の前にワイバーンが現れる瞬間を待った。もちろん、〈デリンジャー〉は囮となりつつワイバーンを〈ライオット〉の前に誘導していた。
「右手からいく。〈ライオット〉、準備はいいか」
「準備よし」
〈デリンジャー〉を追って飛び出したワイバーンの頭を狙って、〈ライオット〉はありったけの歩兵用軽対戦車ミサイルとロケット弾を発射した。鱗のない頭を直撃されれば、たとえワイバーンといえども傷を負わせることができる。そのまま、崩れ落ちて二度と動かなかった。
「だんだん、ひどくなる一方だ」
カーン准尉が言った。ワイバーンとの戦闘で、装輪式装甲兵員輸送車〈VBA装甲車〉が不幸にもエンジン・トラブルを起こしていることがわかったからである。交換用の部品はとうの昔に底をついていたため、今までだましだまし使用していたため満足な応急処置すらできない現状では、放棄せざるをえなかった。搭載されている積み荷はすべて他の車両に移し、搭乗員二名も〈デリンジャー〉と〈ライオット〉に編入した。
「何を見ているの?」
ガルシア伍長が坂井伍長に聞いた。
「サンティアゴは、どこへ行ってしまったのかしら。この街はなにか無気味だわ。まるで、この菌糸の中にいると植物の罠の中にいるみたい」
見つけることができたのはドミニク・メイスン曹長だけだったのだ。彼の体に大きな外傷はないものの意識不明の重体で、発見された時には軍服はぼろぼろに破れて大量の血に染まっていた。
「本当に嫌なところね」
それから、デリンジャー分遣隊はホセ・サンティアゴ一等兵を捜すためにしばらく留まった。その際に捜査に参加したジェームズ・ラフィル伍長も戻らなかった。まったく煙のように、突然消えてしまったのだ。
「八方ふさがりだな」
カーン准尉がぼやいていると、車内通話機が鳴った。
「〈ライオット〉で、妙なうわさが流れています。影のようなものが動いているのを見たといううわさです。しかし、行き止まりにもかかわらず誰もいなかったので、気のせいなのかもしれません」
その時に、坂井伍長がノックをして〈デリンジャー〉のコクピットに入ってきた。通常、ここは作戦室も兼ねているのだ。
「もうじき、夜になります。彼らに何が起こったのかわかりませんが、いずれも建物の中の捜査中に起こっています。ここから早めに移動すべきと思います」
「仲間を見捨ててはいけないだろう」
カーン准尉には、部下の命を守る責任がある。まだ、彼らは死んだと決まったわけではないのだ。
「そうですが、なにかがいることは確かです。それは、容易に姿を見せないほど知的で気配を感じさせないほど素早い運動神経を持っているのかもしれません。おそらく、今でも我々を狙っているのは間違いありません」
これ以上の犠牲をださないためには、その言葉は説得力があった。
「わかった。市外まで移動するとしよう。仲間が心配なのは皆同じだが、これ以上に部下を失うわけにはいかない。曹長が回復すれば、何か手掛かりとなる話が聞けるだろう」
それを聞いていたガルシアが、仲間の命が絶望的になったことを悟ってすすり泣きをした。
「ご免なさい」
坂井伍長が言った。
「いいえ、あなたが悪いのではないわ」
〈デリンジャー〉と〈ライオット〉は、太陽が沈む前に移動を開始した。デリンジャー分遣隊は、ルテチアを脱出して既に十九人中六人が失われていた。