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ドラゴンリング  作者: 坂井美春
第壱章 ルテチア
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フランス中部ディジョン郊外

 デリンジャー分遣隊は、ルテチアから約三百キロの行程を進み、ディジョンに到着していた。ディジョンはフランス中部に位置する都市であり、ブルゴーニュ=フランシュ=コンテ地域圏の首府、コート=ドール県の県庁所在地であった。

 通り過ぎてきた道と同様これから進む道にも両側にそって家々が続いている。当たり前の光景であるが、これらは長い時間をかけながらも人類が野山を切り開き、街を造り、生きて来た証である。しかしながら、今のディジョンは見渡す限りの無人の廃墟と化して、自然に戻ろうとしている。十年前のディジョンは十五万人が住んでいたが、現在は人の姿を見ることはなかった。

「先程は、ありがとう」

 ローレンス・カーン准尉だった。坂井美春伍長は不思議そうな顔をしながら、手元の備品リストから目を離した。そして、よく澄んだ声で話し始めた。

「礼を言われる程のことはしていません。私は自分の意見を述べただけです」

 坂井伍長には少しも自慢したり、鼻にかけたりするような態度はなかった

「それが、大切なのだ。我が隊の中には、伍長に信頼を寄せている者がかなりいる。この危険な任務においては、どうしても皆の意識がそろっていなければならないのだ。わかるな?」

「ええ」

 坂井伍長は同意したことを相槌で示した。

「ただ、伍長はあまりにも危険の中に飛び込み過ぎるようだ。決して出過ぎるなという訳ではないのだが、それが心配の種なのだ」

「わかっています。その件に関しては、ご心配には及びません」

 坂井伍長は相手に、不安感を与えないように笑顔で答えた。

「いつも、いい笑顔をするやつだ。そこが、皆に好かれるのだろうな」

 用事が済むと、カーン准尉はコクピットに戻って行った。坂井伍長はその後ろ姿をじっと眺めていたが、すぐに何もなかったように作業に戻った。彼女はプログラミングし直すために〈デリンジャー〉の指向性アンテナを切り離している最中だった。どこかにいるはずの援軍と連絡を取るためにアンテナを再点検していたのだった。

 〈デリンジャー〉のカーゴ上部にある第二銃座では、トーマス・フォーセット一等兵が煙草を吸いながら、後ろに続く〈ライオット〉を眺めていた。

 大異変後の放射線のない核の冬による荒涼とした風景が、どこまでも続いていて、見る者はなにもなかった。生きるものが存在しない死の世界である。渇いた河、枯れた林、見捨てられた建物がどこまでも続いている。

 いつかは、この大地が蘇ることがあるのだろうか?

 彼は独りでいるのが好きで、見張りにも退屈するようなことはなかった。なぜなら、彼には考えなければならないことがいっぱいあるからなのだ。だが、そのために見張りを怠るようなことは絶対にしなかった。

 彼の頭の中にあることはルテチアにとどまらず、地球全体の将来だった。自分自身この混乱の世界で生き残れるとは思ってもいなかったが、いつかは昔のような平和な世界に戻ると信じていた。彼はこの問題についてよく話題にするのだが、それは彼の楽観的な性格の表れでもあった。

「そういえば、坂井伍長がおかしなことを言っていたな。十年前に起きた大異変は、人為的なものかもしれないと……。ドラゴンの出現直後、勝利が確実視されていた北大西洋条約機構軍のドラゴン包囲殲滅戦とあまりにもタイミングがあいすぎていると言っていた……。大異変により北大西洋条約機構軍は大敗北する結果となり、地上はドラゴンが徘徊する世界になったわけだから、そのタイミングはまさに絶妙であったのである。もしも、大異変が起きなければ歴史は変わっていただろうに……」

 彼は自分には結論の出せない疑問を何度も何度も考えることが好きだった。まるで宇宙の果てに何が存在するのか考えているようなものだった。なにか考えているだけで彼にはそれでよかったのだ。本人のためにつけ加えるが、彼は決して思慮が足りないわけではなくそれだけ好奇心が強いのである。

「ライザは、あなたに気があるのじゃないかしら」

 スーザン・ガルシア伍長が銃座に上がってくるとアウトドア用のマグカップを差し出した。フォーセット一等兵はマグカップを受取りながらかぶりを振った。

「ははあん。あなたはこの手の話が苦手なのね」

 ガルシア伍長は、視線を〈ライオット〉のコクピットに向けた。ちょうど、ライザ・ウェルトン二等兵が後部座席に坐っているのが見えていた。ガルシア伍長は〈ライオット〉に向けて手を振った。もちろん、それを見たウェルトン二等兵も手を振り返してくる。

「そんなことはないよ」

 フォーセット一等兵は語気を強めた。

「隠してもだめよ。それとも、あなたも彼女に脈があるのではないかしら?」

 ガルシア伍長は女の直感が命ずるままに、それ以上の深入りはやめて早々とたち去った。彼は懸命に冷静を装いながら、〈ライオット〉のコクピットをのぞいた。すでに、ウェルトン二等兵の姿はなかったものの彼女のことを考えただけで胸に熱い思いが込み上げてくることに自分自身も気づいていた。

 ガルシア伍長は〈デリンジャー〉の女性専用の部屋に戻った。女性専用の部屋とはいっても、女性は坂井伍長と二人しかいないために二段ベッドをカーテンで仕切っているだけの狭い空間である。同室の坂井伍長は先ほどまで備品の確認をしていたはずなのに、次の勤務までの短い休憩時間を使って眠っていた。皆の興奮がまだ冷めきらない時なのに、彼女は落ち着きはらって安眠しているようだった。時々、坂井伍長の行動はとてもか弱い女性のものとは思えない行動をとることがある。彼女のどこにそんなパワーやら度胸があるのかよくわからないが、それがかえって皆を安心させてくれるのだから不思議なものである。

 ガルシア伍長は坂井伍長が好きだったので、起こさないようにそっと部屋から出た。一度、彼女が寝返りをうった時には気を使ったが別に目を覚ましたようではなかった。

 通路に出ると、たまたまカーン准尉に出逢った。

「まだ、起きていたのか」

「あれから、どのくらいたちましたか?」

 さすがに疲れはかなりひどかった。時間感覚が完全にまひしている。ルテチアを脱出して何年も経過したような気分である。

「八時間だ」

 言葉の口調から、彼もかなり疲れているのがわかった。

「すみません。まだ、興奮が冷めなくて横になっても眠れそうにないのです」

「コリンズ軍曹も、同じことを言っていたよ。実は、私もそうなのだ。だが、無理にでも眠っていたほうがいい。まだまだ、先は長そうだからな」

 うんざりしたような口振りである。

「坂井伍長がうらやましいわ。彼女はぐっすりと眠っているのですよ」

「彼女の普段は気が小さいのに、妙な時に落ち着いてしまうからな」

「そのとおりですね」

 ガルシア伍長は言いながら、坂井伍長に聞かれたらまた苦情を言ってくるだろうと考えていた。

「悪いが、コーヒーを入れてくれないか。この際だから、今後の行動を再度検討してみようと思ってな。なにかしていないと、落ち着かないようだ。どうやら、その方が早く眠れそうな気がする。私は自分の部屋に戻っているから頼むよ」

「わかりました。すぐに、お持ちしますわ」

 しばらくすると、〈デリンジャー〉は減速を始めた。停止すると、かすかな唸りとともに後部格納庫の扉が開きアームが迫り出してきた。

 ガルシア伍長はアームの立てる唸りに耳を傾けた。鋭い金属音で、偵察用二輪車が格納庫から引き出される音である。続いて、もう一台分が引き出される音が聞こえてくる。やがて、燃料ポンプのモータが回転を始めた。

 まもなく、全員が外に集まった。その中には、寝惚け眼の坂井伍長の姿もある。全員の目が徹夜明けで血走っている中では、それも目立たなかった。

「現在、リヨンまで十キロの位置に接近した。リヨンとも既に連絡不通となっているが、十年前にドラゴンとの大規模な戦闘があった場所であるため、偵察隊を出すことにする。ランドクルーザーには自衛能力がないからな。偵察隊は本体の一キロ先を先行してもらい、安全を確認しながら進んでもらいたい。ただし、言っておくが、決して捨て石ではないから無事に戻ってきてもらわなければならない」と、カーン准尉は付け加えることを忘れなかった。

「リヨンにドラゴンがいると思われるなら、迂回すべきではないですか」

 〈ライオット〉の車長であるドミニク・メイスン曹長が、前に進みながら言った。

「そのことは私も考えた。しかし、こちらは風上にあたるため迂回するとしたらかなり大きく回らなければならなくなる。それに、近隣の状況を調査することも任務に含まれているのだ」

「そういうことなら、私とサンティアゴがその作戦に志願しよう。リヨンは私とサンチャゴが生まれ育った場所だから、道には詳しい。なにかあっても、隠れる場所ならすぐに見つけられるはずだ」

 ドミニク・メイスン曹長は、ホセ・サンティアゴ一等兵の視線を見ながら言った。そして、誰も意義を唱えなかったために、そのまま決定された。

「よかろう、メイスン曹長に頼もう。ただし、通信チャンネルは常に入れっぱなしにしておくこと。そして、通信機からは三分以上離れてはならないことは忘れるな」

「必ず、帰ってきますよ」

「その調子だ」

 後は、細かい補給の打ち合わせが行われた。坂井伍長とガルシア伍長は、途中で抜け出して二人だけになった。

「准尉には詩情ってものがないのかしら」

 ガルシア伍長は大きくかぶりを振って、口をとがらせた。

「わたしたちにもね」

 坂井伍長は笑いながら、軽く流してしまった。

「そうね、私たち全員に一番欠けているものがあるとしたらロマンね。私たちは、このつらい運命のヒロインたちなのですから、もっと劇的でなければならないのよ。調査のためにリヨンへ行くのではなくて、ドラゴンに苦しめられている王子さまを助けにいくのだわ」

「王子さまでなくて、夢の中に登場するお婿さんの間違いでしょう」

 あいかわらずのガルシア伍長のしゃべりかたに、坂井伍長は咳払いをした。

「そんなことは、劇的であればどうでもいいのよ」

「あはっ。今でも、充分に劇的だと思うのだけどな」

 装輪式装甲兵員輸送車〈VBA〉が接近してきて、〈デリンジャー〉のすぐ隣に停車した。そしてサンティアゴ一等兵が二人を見つけて近づいてきた。

「装甲車の荷物は、できる限り二台のランドクルーザーに移すように命令された。手伝ってくれないか」

「きっと、そんなロマンのないことを言いだしたのは准尉ね」

 サンティアゴ一等兵は、なんの話のことかわからずに戸惑ってしまった。

「いいのよ、手伝うわ」

 それから、一時間後に出発の準備が整った。まず、メイスン曹長たちの偵察用二輪車が出発し、十分後に本隊も出発した。


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