フランス北部ルテチア南東セーヌ川河畔ムラン郊外
「ドラゴン・ガルグイユが動いた。繰り返す、ヴァンセンヌの森のドラゴン・ガルグイユが動いた。前線指揮所が燃えている。ローランド地対空ミサイル部隊が反撃を開始。発射、続けて発射。命中するも、目標は健在。反撃第二段階を開始する」短い間。「五十メートル後退した。反撃第三段階。ミストラル対空ミサイル発射。さらに、ミストラル発射。失敗、目標は接近中。対空機関砲射撃開始」また間があり、ついに静かな口調で、「救援は不要。後を頼む」後はスピーカーから雑音が流れるだけだった。
「まだ、続いている。やはり撃退できないのだ」
レイモンド・コリンズ軍曹が叫んだ。坂井美春伍長は聞くに耐えられないのでスピーカーのスイッチを切った。どのチャンネルも似たようなもので、聞いているだけでも気が滅入ってしまうものばかりだった。
「ルテチアに戻りましょう」
副操縦手のスーザン・ガルシア伍長が言った。彼女はルテチアにフィアンセがいるのだ。
「それは、だめだ」
指揮官であるローレンス・カーン准尉は強い口調で言い張った。
「私たちが戻れば、ドラゴンを撃退できるかもしれないわ。今まさに、ルテチアは苦戦を強いられているのよ。撃退してから、援軍の要請でもなんでも命令に従うわ」
それは、そこに居合わせたすべての人の心を揺さぶった。誰もが心の中で考えていたことをズバリ言われたのだ。
「確かに、それも一つの案ではあるが……」と、カーン准尉。歯切れが悪い。「それも考えないわけでもないが……。ないのは、火砲だ。おそらく、ブレンヌス戦車の搭乗員たちはここへ来ることはあるまい。我々も、次は無事に脱出できるとは限らないのだ」
「そうよ。体当たりした無人偵察機スペルウェールのオペレータは、私たちに願いを託して残り少ない機体を犠牲にしたのよ。今戻るのは簡単だけれども、それではルテチアに助けは永久に来ない。振り出しに戻るだけ。変わるのは、仲間の死体の数だけなのよ」
坂井伍長は悲しそうに瞳をうるませて、耐え切れずに顔を伏せた。
「伍長の言う通り、弱気は禁物だ。我々が、今、しなければならないこと、すべきこと、することができること、と選択肢は数多くあるが、将来に道をつなげることができることはただ一つだけだ。すなわち、必ず援軍を連れて戻ってくることだ。しかも、少しでも早いほうがより良いという、かなり厄介なものだ。そのためにはここにいる諸君全員の力が必要なのだ。わかったなら、各員配置に戻れ。出発する」
しばらくは、誰一人として動こうとはしなかった。だが、まず坂井伍長が動き、一人一人従い始め、最後には全員が動いていた。
デリンジャー分遣隊の出発を見送るのは、戦闘による火災で赤く染まったルテチアの空だけだった。それは、彼らの行く手をまるで象徴するかのようにも思われた。
坂井伍長は、最後にルテチアに向かって武運を祈る連絡を送信することは忘れなかった。