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ドラゴンリング  作者: 坂井美春
第壱章 ルテチア
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フランス北部ルテチア市内防衛ライン

 坂井美春伍長はシートベルトに守られながら無事に脱出できることを祈っていた。コクピットの後部座席のために操縦席の計器をじかに見ることができなかったが、ランドクルーザーはかなりのスピードをだして走行していることは確かだった。かなりというのは、本当に高速であるという意味である。もちろんルテチアを脱出するまでは崩れかけた建物と衝突事故を起こす可能性があり、非常に危険なことを承知の上での行動である。

 そのとき、大きな砲撃音が響いた。それは腹の底にまで響く大きな音で大気が震えた。砲撃による砂埃が舞い上がり、ランドクルーザーは砂埃の中を突き抜けた。先頭を走っている護衛のAMX-30B2 ブレンヌス戦車の105ミリ対戦車砲の砲撃だった。

「対空体制をとって下さい」

 レイモンド・コリンズ軍曹が言った。

 「一番銃座より報告、建物の間を巨大な生物が移動しているのが見えたとのことです。一時の方向、距離百メートル。ドラゴン・タラスクの可能性大」坂井伍長が報告した。

「くそっ」

 ローレンス・カーン中尉がつぶやいた。一番銃座とは、ランドクルーザーの後部カーゴの上部にある二台の12.7ミリ重機関銃銃座のうち前側のことである。

「ブレンヌスが戦列から離れていきます。盾になるつもりです」

 続いて、ナビゲータ席のコリンズ軍曹が報告した。

「ブレンヌスの前方に対し無作為にロケット砲を打ち込め。その後に煙幕弾を放出しつつ回避行動に入る。ブレンヌスとは後で合流する。今言ったことを各車両に伝達し、ただちに実行せよ」

「先導車へ、こちら〈デリンジャー〉。支援砲撃を行い離脱する。合流地点はポイント1のムラン。繰り返す、ポイント1のムランで待つ。連絡事項は以上、健闘を祈る」

 坂井伍長はすばやくAMX-30B2ブレンヌス戦車に伝える。

 〈デリンジャー〉がAMX-30B2 ブレンヌス戦車の隣を高速で走り抜ける。すれ違いざまに、二台のランドクルーザーから合計三十二基のロケット弾が発射された。風を切る音が突進していくと、すぐに爆発が重なるように広がっていく。その衝撃は巨大な〈デリンジャー〉さえも地面に押し潰すかのように、強烈に車体を揺さぶった。立て続けに周囲に爆発煙が広がっていく。

 巻き込まれた周囲の建物が崩れ落ち始め、爆発煙と土煙がさらにひどくなっていく。建物が崩れる音は、なかなか収まろうとしない。土煙は地面を這うようにしてさらに広がり、視界を遮った。そしてAMX-30B2 ブレンヌス戦車の105ミリ対戦車砲の砲撃が再び轟いた。砲撃音が再び腹の底から響き、空気を大きく振るわせた。さながらこの世の地獄を連想させるような恐ろしさである。

 爆発の炎の中でなにかが唸った。それはあまりにも恐ろしく、心の奥にまで突き刺さるような憎しみと怒りに満ちたドラゴンの唸り声である。

「やつは、まだ生きているぞ」

 コリンズ軍曹が叫んだ。

「構うな。煙幕弾を展開、はやく射出しろ」

 カーン准尉が言った。先ほど程度の攻撃では、時間稼ぎ程度でしかならないことを彼は承知だった。

「了解。煙幕弾を射出」

 今度は乾いた小さな音が周囲の上空から聞こえてきた。それとともに油の匂いが鼻につんとする。この煙幕弾にはドラゴンの嗅覚を無力にするための強い匂いもつけられているのだ。

「やつらには、なにも見えまい」

 コリンズ軍曹はそう言うと、赤外線スコープのスイッチを入れた。フロントガラスに赤外線で補正された情景が映しだされる。

「他の車両はついてきているか?」

 カーン准尉が質問をした。

「大丈夫です」

 坂井伍長がそれに答えた。

「ブレンヌスは大丈夫でしょうか?」

 今度はナビゲータ席のコリンズ軍曹が質問をした。

「わからん」

 カーン准尉はきっぱりと言った。自分たちだって、まだ安全とは言えないのだ。

 煙から抜けると、ルテチア防衛軍の塹壕や砂嚢を積み重ねた対空陣地が見えていた。いくつもの死体袋が並べられているのも見えた。中には手を振っている兵士もいるが、大部分は無表情に見送るだけである。これは戦争なのだ。ドラゴンと人類の戦争なのだ。否応無しにも血は流される。

 ルテチア市内は裂けた壁やめくれあがった鉄骨で巨大なコンクリートの瓦礫と化していた。その瓦礫をタイヤが踏みつける度に、はげしいショックが伝わってきた。煙幕弾は既に使い果たし、デリンジャー分遣隊を隠してくれるものはなにもない。爆発音は依然としてあちらこちらから聞こえてくる。敵を引き付けるための戦闘は続いているのだ。

「市内防衛線まで、あと五百メートル」坂井伍長が報告した。「地上レーダーに反応あり。六時の方向」

「味方か?」

 カーン准尉が聞きかえした。

「信号がだぶっています。片方からは味方のシグナルが出ていますが、もう一方は大きさからいってドラゴンに間違いがありません」

 コリンズ軍曹の地上レーダーのディスプレィは後方から接近してくるものを捕らえていた。

「二番銃座に確認させろ。それから〈ライオット〉にも通報しろ」

「了解」

 坂井伍長は〈ライオット〉に警報を伝えた。〈ライオット〉は警報を受け、道路の端に寄りながら走行している。運転手しか乗っていない軽装輪装甲車〈VBL装甲車〉を先に行かせるためである。

「准尉!」再び、坂井伍長が報告した。「二番銃座より連絡。ドラゴンが〈ライオット〉に攻撃を仕掛けようとしています。なお、味方の無人偵察機スペルウェールが上空でバックアップしてくれています」

 〈ライオット〉を追い越した軽装輪装甲車〈VBL装甲車〉が、さらに〈デリンジャー〉を追い越して退避していく。

「さらに接近」と、坂井伍長が続ける。

「回避運動を開始。各銃座、弾幕を張れ。ドラゴンを近づけるな」

 カーン准尉が攻撃命令を出すと、あたり一帯を耳が痛くなるような12.7ミリの銃声が響き渡った。今度は重機関銃による一斉射撃のため腹の底まで響いたりはしないが、連続した射撃音の騒々しい音は耳の感覚をまひさせてしまう。合計四つの重機関銃の弾道がドラゴンに向かってらせん状に伸びていく。走行中のために銃身がぶれてしまって、らせん状になるのだ。

「やつは、〈ライオット〉に突っ込む気だ」

 コリンズ軍曹はそう言ったが、誰も聞き取れなかった。

 だが、〈ライオット〉に突っ込まれる寸前に無人偵察機スペルウェールがドラゴンに体当たりを決行した。鈍い音を発して、バランスを崩したドラゴンと無人偵察機スペルウェールがいっしょになったまま墜落していく。地面に激突すると、砂煙が立ち込め、ドラゴンもスペルウェールも見えなくなった。それは一瞬の出来事であったが、あまりにも衝撃的な出来事だった。しかし、あの程度ではドラゴンを倒せないことは皆が知っていた。これも時間稼ぎにしか過ぎないのである。〈デリンジャー〉はそのまま走行し続けたため、衝突時の砂煙が次第に後方へ離れていった。無人機とはいえ、今では貴重なスペルウェールによって、貴重な時間を造り出すことに成功したのである。

 坂井伍長は無人偵察機の遠隔操作のオペレータを知らなかったが、自分の守るべき人のためになると信じ、自らの機体を犠牲にして我々を守ったのだ。それだけに自分たちが背負っている責任の重さを感じないわけにはいかなかった。

「回避運動、ならびに攻撃を中止。戦場を離脱することを優先する」

 カーン准尉が最初に冷静さを取り戻した。今回の戦闘で、ルテチアにどれだけの死傷者が出たのだろうか。今回の犠牲は無駄にできない。今のルテチア防衛軍に残された力では小さな損害すら今後の防衛に影響が出る問題になりかねない。

「ルテチアの防衛線を越えました」

 坂井伍長がやっとのことで、ショック状態から戻った。

「よし、信号弾を上げろ。防衛軍の任務が終わったことを知らせてやるのだ。それから、ブレンヌス戦車の位置はどこだ」

 カーン准尉は立ち上がって、コクピット席から出ようとしていた。

「ブレンヌスとの連絡は取れません」

 坂井伍長は事務的に答えた。今はどこも混乱状態で、どうすることもできない。

「合流ポイント1のムランへ、針路を合わせろ。私は部屋に戻る」

 そのすぐ後、三つの信号弾がうち上げられた。その明かりはルテチアに生き残った人たちに最後の希望を与えつつ静かに空の中で揺れていた。

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