004.狙われる個人情報
どうやら人の死の予告を行う死神であるらしいルナという少女。
俺は今晩一時までにアカマツ・マドカという人物の大事なものを入手しなければならないらしい。
しかし、俺はやはりそんな名前に一切の記憶はなかった。
俺は「私に着いてきて」と話す妖子に案内されるまま、ネットカフェに入った。
妖子は二人席の個室を指定した。
これはいわゆるカップルシートというやつだ。
俺は、中学三年生の修学旅行の夜に、クラスメイトの男子が話した言葉を思い出していた。
「なあ、晴彦。リア充とそうでないヤツの差っていう件についてだけど、実は俺は自論があってさ。ネットカフェや漫画喫茶のカップルシートってあるじゃん?あそこに女の子と二人で入ったことあるヤツは文句なしのリア充だと思うんだよね」
あの時、俺は「わかるわぁー」と返事をしていた。そして、その状況が今の俺だということだ。
妖子と狭い個室に二人きりという特別な状況に、普段の買い物などでは考えられないほどに気分が高揚していた。
「パソコンの起動が遅い…私が、私が晴彦を助けなきゃいけないのに…」
妖子はいらついていた。俺は真剣で不安気な表情を見て、つい浮かれた気持ちを少しの間、心の中にしまうことにした。
「ところでさ、妖子。お前のアイデアって、ネットを使って調べることなのか。でもさ、日本中にアカマツ・マドカなんて何百人いるんだ」
「よく考えて。死神は死の宣告を今晩の一時と指定してきた。もうあと五時間くらいしかないけれど、きっと五時間で実現可能な範囲の要求であるはずよ」
ううむ、果たしてそうなのだろうか。
しかし、そうであることを信じ、出来ることをする以外にないといえばそうだ。それにかけるしかない。
「それなら、アカマツは意外と近くにいるかもしれないってこと?」
「おそらくね。そして、さっそく一人見つかったよ」
手慣れた操作でSNSサイト・Facebankで検索をすると、目ぼしい候補者があっという間に現れた。
同じ市内に見つかった「赤松マドカ」は高校三年生。進学校の泉坂高校の生徒らしい。肩まであるセミロングヘアで、犬を抱いている写真が投稿されている。
俺は身を乗り出して興奮していた。これで助かるかもしれない。
こんなにも恐ろしい逆境の中でも、妖子がこんなに冷静で頭が冴えるとは知らなかった。同じ市内に住む赤松マドカ。可能性はとても高く思えた。
しかし、その子が本当に死神が欲しがる"大事なもの"を持っているのかはわからない。
「この子で正解かな?でも今はその線にかけてみるしかないか」
さて、名前と顔と高校名。ここまでわかっていたとしても、一体これから先に進めるのだろうか。パソコンの時刻は七時半を指していた。今晩一時という制約さえなければ、明日にでもマドカの学校の前で待ち伏せが出来ただろう。
「どうする?今からこの高校へ行って、残っている生徒にこの子の住所がわかる人がいないか尋ねてまわるか?」
この提案は俺にとって不安だった。最悪の場合、妖子は学校に侵入して、職員室に忍び込んででもマドカの住所を探しただろう。しかし実際の妖子は実に冷静だった。
妖子はパソコンの画面をスクロールして言った。
「ちょっと待って、こっちの写真。バス亭の標識に書いてある。たぶん、この文字は"逢馬ケ辻"だと思う。」
身を乗り出して画面を覗いたが、文字がぼやけてよくわからない。制服姿のマドカと友人のスナップ写真のようだった。
妖子は素早くバス停の地名を検索し、ブックマークに入れた。更にヒントになる情報を集めるべく、妖子が日記をスクロールする。
「そしてこっちのビルの外観の写真。たぶんここが自宅なんじゃないかな」
「うーん、こんなビルどこにでもあるぞ。場所の特定は無理そうじゃないの」
そこは大きな高層ビルのマンションのようだった。
「次はこれ、一階のロビーの写っている写真を見て。こういう受付カウンターがある場合、ビルの中にマンションだけじゃなく、オフィスビルやホテルなどが入居している場合があるわ。そうなると数は絞られるわね」
「一応、検索してみるわね。県内の高層建築物の一覧…っと。マンションの数は十件以下にまで絞り込むことができるかも」
「あっ、これを見て。キッチンのシンクの蛇口の形が特徴的ね。こういう写真はかなり決定的なヒントになるわ」
「ねえ、蛇口がどうしたのか。わからない?マンションの内装は、だいたいどの部屋も同じ材料や設備を使っているわ。だからこれも絞り込みの材料になる」
妖子はひとりでしゃべっていた。どうやらこいつはSNSにアップされていた写真を頼りに、マドカのマンションの自宅まで割り出そうとしているようだ。
こいつの趣味というか特技なのだろう。あまり深く考えないようにしよう。
俺はマンガを読むことにした。
たまたま手にした新しいコミックでは、死んだ主人公がスマートフォンとともに中世ヨーロッパを思わせる異世界に転生する。
数時間後に俺がもし死神に殺されるとしたら、普通の死に方ではないのかもしれない。死んだら異世界とは、そのようなことはあるのだろうか。
二巻目を読み終えたところで妖子に呼ばれた。
住宅情報サイトを開くと、意外にもあっさりと同じ蛇口が備えられているという部屋の写真がすぐにみつかった。ビルの外観もよく似ている。
「お前、ナニモンだよ。声優かAKBのストーカーでもしているのか。」
俺はチョップでつっこみを入れた。このつっこみも妖子はあっさりと払ってしまう。
「失礼ね。普段からネットを使っていれば誰でもこのくらい思いつくよ」
無料ドリンクのポタージュスープをずるずる啜りながら妖子は否定した。彼女はとてもヘンな女の子には間違いないが、この名探偵ぶりはありがたい。
今回のネカフェのカップルシート任務の仕上げとして、高層マンションだろうと部屋番号さえ分かれば後は何とでもなると豪語する妖子隊長の指示により、マドカの日記から保存した20枚以上の画像を二人で全て念入りに見ることにした。
このマンションの廊下で撮ったであろう写真からは、マドカがドアノブに手を掛けているドアノブと、その隣の部屋の"1306"のプレートの文字が読み取れる。
その隣室に位置する赤松マドカの自宅は、このビルの1305号室である可能性がかなり高い。
あと1-2回で終了します。応援よろしくお願いします。




