#26
今話で過去編回想その1終わり。次回から六年後に戻ります。 ランキングに載りました。皆様のおかげです。ありがとうございますm(__)m
『……………』
なんでだろう?
春彦は真っ白になった頭の中に、ただそれだけを浮かべた。
なんで、だろう?
どうしてソラは泣いていて、どうして、俺は、拒絶されるのだろう。
『…………』
……初めてだった。
恋を自覚したのも初めてなら、こんな悲しい気持ちを感じたのも初めてだった。
人に自分を理解してもらえない事なんて、今まで数えきれないほどあった。
思い通りにいかないことなんか多々あるし、それでも春彦は自分の心に正直に進んできたから。
だから、初めてだった。
人に拒絶される痛みが、こんなにも深く自分を傷つけると知ったのは。
一歩踏み出すことが、こんなにも怖いと感じたのは。
でも──
『……どうして』
知りたい、と。知らなきゃいけないと、そう思う。
美空がどうして泣いていて、どうして自分は拒絶されるのか。
知って、理解して、そうしなければ自分はきっと後悔してしまうと──それだけは、考えるまでもなく分かっていた。
だから──
『……………』
──その一歩を、踏み出す。知る為の一歩を。
伝える為の、一歩を。
『………っ…』
自分でも分かっていた。
指先が震える。これは、純粋な“恐怖”という名の感情だということを。
怖かった。目の前にいる人が。私を傷つける存在だと分かっていたから。
……分かっていた。
これが自分勝手な気持ちなんだと。この人は悪くない。悪いのは、勝手に嫉妬して、勝手に憤って、勝手に泣いてる自分だと。
分かっていても、体が震えた。“誰かのもの”であるこの人は、私を“特別”にしてくれない。ここから先、あの綺麗な声でどんな言葉を発しても、きっと私は傷つくんだろうって……思ってた。
それなのに──
『……どうして』
その言葉が、その表情が、逃げ出そうとする私をその場に磔にする。
──なんでそんなに悲しい顔をするの?
見たことがない顔で、聞いたことがない声で、震える指先を、私に伸ばす。
『……………』
怖いのに。
来てほしくないのに。
触れてほしく、ないのに。
『────ッ!?』
『……ん……』
私は逃げ出せず。
彼は立ち止まらず。
私は目を開いたまま。
彼は目尻に涙を溜めて。
『……………』
『……………ソラ』
彼の指は私の肩へ。
彼の唇は私の唇へ。
──それがKissという行為だと言うことを、私はまだ理解できていなかった。
『…………ごめん。』
そっと抱き締められ、彼は謝る。
『なにか……俺、ソラを傷つけたんだな。』
彼の言葉は、今まで聞いた言葉のどれよりも優しく響き……そして、臆病なものだった。
『歌……聴いてくれたのか?』
いつも、誰よりも落ち着いている筈の彼は…
『俺の歌、聴いてくれたのか…?』
今は、こんなにも静かなのに感情的で…
『なんで泣いてんだ?なんで……泣いてんだよ、ソラ…ぁ…』
泣いてる彼を、私は知らない。
『俺……お前を好きになっちゃいけなかったのか?ソラぁ…』
“好き”って言葉を人に向ける彼を知らなくて…
『……届かなかったのか?俺の、気持ち…』
だって、だって、だって……
『……彼女が、いるって…』
──こんなにも、弱かった。私は。
『三神くん……彼女……いるのに…』
抱き締められれば、もう、おしまい。
こんなにも怖いのに、拒絶なんてもうできない…
『……ずるいよ……こんなの…っ、酷いよ……こんなの…!!』
彼の肩に額を押し付けて、私は恨みがましく言葉をぶつけるだけ…
『あの歌だって、彼女に向けて歌ったんでしょ!?あんな三神くん、私は知らない!それなのに、それなのに……私にこんな事して!!』
……私は、もしかしたらおかしいのかもしれない。
彼に彼女がいると知っていて、それでも心は喜んでる。
彼の“好き”は、私をおかしくする…
『……どうして、こんな、事…』
抗えない自分に、嫌気が差す。自分がこんなにいやらしい女だと気付いて、愕然とする。
──私は、都合のいい女になろうとしてる。
『……ソラ?』
『……最低…』
戸惑うような彼の仕草にも、私は気付かず続けた。
『最低、最低、最低!!』
彼に向けて。
私に向けて。
『最低!!最低!!』
呪詛にも似た、罵倒を。
『最低!!最低!!さい──』
『──ソラ!!』
そんな私を断ち切ったのは、彼の困惑に揺れた声だった。
『……彼女って?』
『え……?』
辺りを白く染め上げた雪は、時折吹き付ける冷たい風に乗って、さらさらと宙に舞った。
月の優しい光が届く夜。
ここ最近にしては久々の、綺麗な月夜。
そんな月夜の下、人気の無い公園に一組の男女がいた。
二人はベンチで肩を並べ、男は目を瞑ったまま空を仰ぎ、そして女は首筋まで真っ赤に染めて俯いている。
『〜〜〜〜〜ッ』
事の顛末は、呆れるほどの勘違いだった。
あの後、春彦は美空に“彼女”の名前と、目撃した状況を聞き、
その一々に、春彦はため息を吐きながら事実を答えて。
何てことはない誤解の積み重ねに気付いた後、美空は脱力して腰を抜かし、今、こうして並んで座っているというわけだ。
『あのさ…』
『ッ!!』
春彦の呼び掛けに、美空は身を竦めて反応した。
自分のあまりに盛大な勘違い……そして、その事に伴う今までの行動が、今となって“羞恥”という形でのし掛かってくる。
『あのっ、そのっ、わた、私…!!』
『……ありがとう、な。』
『ふぇ?』
何を言われるのか。
蔑まれるのか、はたまた罵倒か。
もしかしたら、呆れ果てて嫌われるかも──と、心の中で身構えていた美空は、あまりに予想外な言葉を聞いて、間の抜けた声を出してしまった。
バッと顔を上げて春彦を見れば、そこには月すらも霞んでしまうほどの綺麗な笑顔があって。
目尻が赤いのは、春彦が涙を擦った跡。
こんな時に、『三神くんも泣くんだ』なんて場違いな考えを浮かべてしまう。
『……その、ヤキモチ……妬いてくれたんだろ?』
『──ッ!?あ、あのっ、えっと!?』
『嬉しいよ。……最初は、めちゃくちゃきつかったけど。』
『〜〜〜〜』
『……追いかけて来て、本当に良かった。変な誤解されたままだったら、多分俺、立ち直れなかった。』
『わ、わたし…』
言わなきゃいけない言葉がある。でも、まずは謝らないと。あれ?でもどっちを先に言えばいいんだろう?
……大慌てで頭をフル回転させながら、美空はますます顔を真っ赤にさせる。
そんな美空をどこか幸せそうに微笑んで見ていた春彦は、『よっ』と一声発してベンチから腰をあげた。
戸惑う美空。
何か言いたげに春彦を見つめる美空に背を向けて、一歩、二歩、三歩。
春彦は振り返り──
『……なぁ?』
『あ、え?』
それは、たった一人の為のステージ。
『聴いてくれないか?今度は、ちゃんと。』
それは、たった一人の為のLove Song。
『多分、俺は、ソラを想ってこれを書いたから。』
ギターも無い。マイクも無い。スピーカーも無ければ、照明も無い。
でも、それは確かに完成された歌。
“たった今”、本当の意味で完成した歌。
歓声も感嘆も無い月夜のステージで、後に日本中を虜にするヴォーカリストが歌う。
ただ一人、愛しい夜空の少女に向けて。
──そして、それを聴きながら少女は呟いた。
『……大好き』
その、深い、深い、愛の言葉を──
何者にもなれないと思っていた少女は、未来へと続く現在を共に歩く“特別”へ。
──“好き”という魔法の言葉は、あらゆる垣根を越えて胸に届いた。
翌日。二人の姿は春彦の部屋にあった。肌寒い空気から逃れるように……そして、愛しいぬくもりを離さぬかのように、朝陽の射す部屋の中、ベッドの上で抱きあう二人。
その満ち足りた寝顔は、きっと二人の距離が無くなった証。
こうして、二人はこの朝から、“恋人”という関係を始める──