#22
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『……ねーちゃん!ねーちゃんてば!!』
『………………』
翌日の25日。
部屋にノックもせずに足を踏み入れた陸は、そのままの足でベッドまで近寄り、頭まで布団を被っている姉へ声をかける。
『いつまで寝てんの?ほら、もうお昼だよ?かーちゃんが、早く昼飯食ってくれって。』
『……要らない。食欲ない…』
もぞもぞと動き、きちんと応える限り、目は覚めているようだ。
……溜め息一つ。
陸は頭をガリガリ掻きながら、何とも言えない気持ちで声を掛け続けた。
『……まぁ、ショックだったのは……分かるけどさ。だからって、メシくらい食わないと身体壊す……』
『別に。そんなんじゃない。』
『いや、あのな?全然説得力ないし。……昨日帰ってきてから、ずっとでしょ?』
『そんなんじゃないってば。調子が悪いだけだもん。』
『……はぁ……』
そうは言っても、美空は昨夜、響音から帰ってくるなり部屋に閉じ籠って、今の今まで出てこなかったのだ。
最初は放っておいてやろうと思った陸だったが、流石に心配が度を越えたため、こうして此処にいるわけで…
『あのさ、ハルさん……ほら、何かの間違いかもしれないじゃん?だから…』
『…別に、三神くんなんか知らない。関係ない。』
『……ねーちゃん…』
『……だいたい、なんで私が三神くんの事で拗ねたりしなきゃならないの?全然関係ないもん、三神くんなんか。』
『……おーい…』
別に、拗ねてるとか言った覚えはないんだけど…と、陸。
素直なのか素直じゃないのか分からない姉が、どこか可愛く、どこか苛つく。
『……確かめてみれば?ハルさんに。』
『だから、関係ない…』
『別に、ねーちゃんがそう言うならそれでいいけどさ。』
『……………』
『でもな?ねーちゃん。』
今一度、諦めた風に溜め息を吐くと、陸はそっと背を向ける。
そして、僅かに咎めるような色を滲ませて──
『……そんなウジウジした女、ハルさんだって嫌だと思うぜ?』
『…………っ!!』
『手遅れになっても知らないからな、俺…』
──そう捨て台詞を残し、部屋を後にした。
『……………』
こうして、一人取り残された美空は…
『………ぅ……っ…』
痛む胸元をギュッと抑え、瞳をキュッと強く瞑りながら…
『………ぅっ……うぅっ……』
……ただ、嗚咽を抑えるのに必死だった。
───思い返せば聞こえてくる。優しい声。暖かい声。ハッキリとした思いやりを含んだ声。
でも…
その声の向けられた先が自分ではない事。それが、その事が、今まで感じたことの無い苦しみを美空にもたらしていた──
・・・・・・・・・・・
『……あー、自己嫌悪…』
自室へと戻った陸はベッドに転がるなり、頭を抱えて唸る。
冷たすぎたかもしれない。
突き放した言い方だった。
……嫌われたらどうしよう?
『はぁ……でもなぁ、ああでもしないとねーちゃん…どっち付かずなままになっちまいそうで…』
陸が気に掛けているのは、美空がこのまま立ち止まってしまうのではないかということ。
想いを吹っ切るなり貫くなり、何かしらの、どちらかへの歩みを始めなければ、苦しみはいつまでも持続していく事になってしまうから。
だから、敢えて、突き放した言い方を……した。
どんなに否定しようと、姉が春彦へと向ける感情はバレバレだから。姉自身、自覚……
『……まさかな…』
……あれだけの反応と落ち込みを見せておいて、まさか自覚してないことは無いだろう。
陸はくだらない考えを浮かべた頭をブンブンと振り、またもや溜め息を吐く。
今日だけで、どれだけの幸せが逃げたのか…
『………………』
頼みの綱である七海は、春彦から打ち明けられるまではそっとしておきたいと言っていた。
彼女にしても、少なからずショックだったのだろう。
打ち明けてくれる。隠さないでくれると、どこか自分に言い聞かせる素振り。
陸にはよく理解できていなかったが、春彦と七海は“そういう関係”だと聞かされていたから。
と、なれば──
『…………杏理、か。』
──アクションを起こせるのは最早、自分しかない。
そう考えて手にしたのは、なんてことはない、自身の携帯電話。
コロコロとディスプレイを転がして、辿り着いたメモリーは“北原 杏理”。
……杏理と陸は、クラスメイトだ。それに、何度か陸の家にも“数人の友人と共に”上がったこともあるし、姉とも中学から面識がある。
協力してくれるだろう。きっと、知りたい答えを美那から聞き出してくれる筈。杏理はそういう娘だから。
けれど──
『…………うぅ…』
──杏理にメール……ましてや電話だなんて、陸にとっては清水の舞台から飛び下りるほどに勇気のいる所業だった。
アドレスと番号を交換してから、今まで数える程しか連絡できていない。
しかも。しかもだ。今日はクリスマス当日。もし、もしも杏理が誰か“男”と一緒にいたりなんかしたらもう、自殺もののショックを受けてしまう。
…そう。北原 杏理とは、陸が一年の頃から淡い気持ちを抱き続けている相手。
陸、他数人の男子生徒曰く、“天使のような”女の子。
姉である美那は、そのスラッとした容貌から、どちらかと言えば“格好良い”印象があるのに対し、妹の杏理は実に女の子らしい女の子である。
まだ発展途上ながら、出るところは出たスタイルに、滑らかなウェーブが掛かったふわふわの髪の毛。垂れ目がちの愛らしい顔立ちに浮かぶ笑顔は、陸を含めた幾人もの男子を虜にした。
その、杏理に。恋心を抱く相手に、クリスマスに連絡する恐怖。事実を突きつけられたらどうしようという恐怖が、陸の指を硬直させる。
……陸もまた、美空の事をどうこう言えなかった。
自分も、知ることが怖くて行動できないのだから。
『はぁ……』
でも、仕方ないじゃん。それが恋ってもんだろ?なんて、保身的な言い訳を頭の中で繰り返す事20分。
とうとう、陸は携帯を閉じてしまった。
『……ごめんな、ねーちゃん…』
不甲斐ない自分にほとほと嫌気が差す。
落ち込んだ気分に、12月の冷えきった空気が一層惨めさを助長する。
…居たたまれない気持ちを、胸の内に十二分に感じながら、陸は人知れず姉へと謝罪を口にした。
そうして、中宮姉弟が悶々と悩みを抱えている頃。
その一方で、北原家のマンションでは…
『へぇ、杏理ちゃんは陸とクラスメイトなんだ?』
『は、はい。その、お姉さん……ソラ先輩とは、前々から委員会とかでご一緒したことがあったんですけど…』
リビングでまったりと紅茶を飲みながら語る、二人の姿があった。
『へぇ……なんか、面白い繋がりだよな。俺はソラ経由で陸と知り合ってさ。』
『お、驚きですよね。私も、まさか三神さんの口から陸くんの名前が出るとは思いませんでした。』
『あはは、陸にはギターをちょっとずつ教えててね。』
『ほわぁ…ギターですか。陸くん、音楽詳しいですからね。』
姉である美那は、使っているギターの弦のストックが切れたために、Redへ出掛けている。
その為に起きた“春彦と二人きり”という状況に緊張してはいるものの、杏理はむしろ嬉しそうに、はにかんで会話を楽しんでいた。
クリスマスイブに、友達の家で催されたささやかなパーティーを楽しんで帰宅した杏理が目撃したのは、姉と見知らぬ男が一緒にギターを弾いている光景だった。
バンドをやったり、人当たりのいい姉だから、男友達が多いのは知ってる。
けれど、こうして自宅にまで男を上げているのは初めてだったから、杏理は当初、酷く困惑していて。
けれど、事情を聞き、二人の真剣な眼差しを見ている内に、杏理が少しだけ持っていた春彦に対しての不信感は、綺麗さっぱり吹き飛んでいた。
真剣な表情。そして、もう一つ。杏理の中に信用を生んだのは、初対面時の会話とは言えない会話。
ただ、ほんの少しだけ微笑み、“どうも”と一言。それが、杏理にとってどれ程新鮮なものだったか。
美那からはよく羨ましがられる自分のスタイルに、杏理は密かなコンプレックスを抱いていた。
同学年の女子より、明らかに発達したスタイル。その為、男子の視線は必ず全身を行き来する。
別に、男子が極端に苦手なわけではないが、そうやって向けられる視線が嫌で、杏理はよく厚着をしていた。
夏服の制服や、水着。そして体操着などを着るのが嫌でしょうがない。羨ましがられる事がよく理解できないほどに、杏理は自分のスタイルが嫌いだった。
そんな杏理に向けられた春彦の視線。それは、初対面の時にも、今、こうやって二人きりでいる時にでも、ちゃんと目と目を合わせてくれた。言葉と共に合わせられる視線。それは、すごく安心できるものだったのだ。…信じたい。そう、願ってしまうのも仕方がないことだろう。
それに、杏理は初めてだった。こんな綺麗な男の人を見るのが。
睫毛がなんて長いのだろう。ニキビもなく、滑らかな肌。
一見すれば、まるで女子と見間違えてしまうくらい中性的な人。
目を合わせて会話する毎、頬が熱くなるのを隠すのに一生懸命になる。
『ただいま〜!!うぅ〜…寒い…』
『おう、お帰り。』
『………………』
姉より一つ、年下だと聞いた。なのに、なんでこんなにも大人っぽいのだろう。
なんで、こんなに落ち着いているのだろう。
『春彦、杏理に手を出したりしてないでしょうね?』
『はぁ……おバカ。』
『“お”ってつけた!?なんか、普通にバカって言われるより傷つく!?』
『おバカだからおバカって言ったんだ。ったく、んな事心配してねぇで早く暖まれ。…顔、寒さで真っ赤だぞ?』
『え?いいよ、そんなの。それより早く曲作ろ?』
『バカ。……焦って作ったからって、良い音ができるわけじゃねぇ。まずは一息。せっかく妹さんがお茶入れてくれたんだから。』
『…は〜い、先生…』
『あはは…』
不思議な人だ…というのが、杏理が春彦に抱いた第一印象。
そして…
『あ、あの…三神さん、おかわりは…?』
『ん、ありがとう。』
『っ!?い、いえ…』
綺麗に微笑む人…というのが、次に抱いたイメージ。
そして、そして──
『ねぇ、そういえば今日ってクリスマスだけど、春彦平気なの?』
『…別に、彼女とかいないからな。』
『……っ!』
“好きな人とかいるのかな”
“お姉ちゃんとは本当に何もないのかな”
そんな風に自然と考えては顔を赤くする、お年頃な少女であった。
誰もが皆、向けられた真摯な想いに気付けずにいる。
そんな時代もあったのだと、いつかの未来に笑えるのだとしても…
それは、淡い、淡い、気持ちだったから──
それは、純粋な、純粋な、想いだったから──