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#21



『あの人……』

『……?陸ちん、知ってるん?』



一同が呆然と春彦の背中を見つめて立ち尽くしている中、陸はポツリと呟いた。



『いや、顔がよく見えなかったんで確かじゃないんですけど、俺の友達のねーちゃんに似てて…』

『……だれ?』

『杏理。北原 杏理のねーちゃん……美那さん。桐野女子高の、確か二年生。』

『杏理……ちゃんの…』

『でも、なんでそのお姉さんと春彦が?接点なんて…』

『美那さんって、よく“Blue”のステージ出てるんです。ガールズバンド組んでて、ヴォーカルやってるから…』



ライブハウス“Blue”

春彦がバイトする楽器屋の地下にあるステージ。管理・運営の全てを、赤井楽器店──通称“Red”──が行っている、小さなハコ(ライブハウス)。


そこに度々出演し、話題となっている人気女子4ピースバンド“キュロット”。

そのヴォーカルを務めているのが、北原 美那という少女らしい。


スッキリした目鼻立ちと、スレンダーなスタイル。

エクステでアクセントをつけた長い髪。

加えて、ハスキーな歌声が魅力的で、熱烈なファンも多いのだと、陸は語った。



『てかさ、面識があって、イブの夜に一緒って事は……そういう事なんじゃねぇの?』

『………え…?』



人混みに紛れて見えなくなった二人。その二人が肩を並べて歩いている事実を、寛人は指摘する。



『ちょっ……ヒロさん!!だからぁ、もしかしたら人違いかもしれないって言ってるじゃないっすか!!』

『でも、もし人違いだったとしても、春彦が女と二人きりってのは確かだろ?』



寛人の意見は、一々最もなものだった。

陸は“言わなきゃよかった”と言わんばかりに、気まずそうに顔をしかめる。


そんな中──



『……なら、そんなに気になるなら、確かめればいいんじゃん。』



──今まで黙っていた大志が、そんな事を言った。



『あ……そっか。尾行?』

『せーかい♪』

『おいおい……流石に今夜、イブにまでそんな事やったら春彦もキレるぜ?』

『それでも、俺としてはちょっと気になる!!……だって……』



あれこれと論議を交わす四人。大志、七海、陸の意見に対し、寛人はあまり乗り気ではない表情。


しかし、その四人の輪から一人外れて黙り込んでいた彼女の言葉で、行動は決まる。



『……行こうよ。』



……それは、今までこういった事を悪戯にやっていた時は“否定派”だった美空の、静かな一言。



『……早くしないと追い付けなくなっちゃう。』

『いや、お前……いつもだったら悪いとか言うじゃんか!』

『……………』

『いつもはいつもでしょ?ねーちゃんだって気になることくらいありますって。』

『でも……』

『許せないじゃない…』

『……は?』



僅かに紅潮した頬。

吐息を震わす言葉の節には、“何か”がちらついていた…



『だって、いつもだったら用事の内容くらい言うでしょ?三神くん。それなのに、今日に限ってコソコソして…』

『おいおい、お前、言ってる事めちゃくちゃ…』

『バイト先に用事とか嘘つくなんて、三神くんらしくないもん。……きっと、何か理由があるんだよ。困ってる……そう、困ってるかもしれないじゃない!!』

『お、おいおい……』



明らかなこじつけを口にしながら、イライラした感情を隠せない美空。

その様子を見て寛人は困惑し、七海達は…



『ふひひっ♪』

『はぁ……素直じゃないんだから…』

『へへっ、面白くなってきたな。』



したり顔を浮かばせていた。



『さぁさぁ!うだうだ言う前に行くよっ!!』


七海が美空の左腕に絡み付く。



『えっと、とりあえずは真っ直ぐ行ったみたいっす!!』


陸は姉の肩を軽く叩いて、行き先を示した。



『うん、行こう!!』


胸に渦巻くモヤモヤの名を知らぬ美空も、二人に並んで早足に駆け出す。



『な、なんなんだよ…』

『まぁ、お前にとっちゃ都合が悪いのかもな〜♪』



動き出した三人を追いかけて、微妙な表情を浮かべた一人と楽しげな様子の一人もまた、歩き出した。









・・・・・・・・・・・









『ごめんね、こんな寒いのに外で…』

『いや、別に。元々人混みはキライだし。…これ、ごちそうになります。』



美那から受け取った缶コーヒーを両手で弄りながら、春彦はベンチにそっと腰を降ろす。


人気の無い、寂しい公園。

春彦の自宅からすぐ近くにある公園に、二人はいた。



『それで…』



少々緊張した面持ちで、美那は春彦の隣に座る。

手には同じく缶コーヒー。開けられたプルタブからは、ぬくもりを感じさせる湯気が一筋…



『どう、だった?』

『………………』



“どうだった”

その言葉が指すのは、つい先程“Blue”で催された、複数のバンドによるクリスマスライブの事。

初めて、ライブスタッフとしてではなく、イチ観客として鑑賞した“キュロット”のライブの感想を、春彦は求められている。



『正直…』

『……うん。』

『よかったと思うよ。演奏もしっかりしてたし、美那のヴォーカルも予想以上だった。』

『…ホント?』

『ああ。ただ…』



春彦は一度言葉を切り、間を置いてから告げる。



『美那が俺に聞きたかったのって、曲の事だろ?』

『あっ……』

『どことなく、迷ってた。いや、迷いって言うか、まとまってなかった。観客受けは上々だったけど、美那自身は納得してなかったんじゃないか?』

『……………』

『AからBメロへの展開がぎこちない。それに、サビが焦りすぎ。せっかくの持ち味……突き抜けるようなヴォーカルと疾走感が死んでる。勿体無いな、あれ…』

『………やっぱり、お見通し、か…』



フッと力無く笑ってから、美那は曇天の黒い空を見上げた。


そして、訥々と苦しみを洩らし始める。



『……作詞作曲できるのって、私しかいないじゃない?だから、最初は満足してた。みんな良いって言ってくれてたし、私自身、自信があった。』

『……………』

『でもね、前に喫茶店……響音だっけ?あそこであなたの演奏と歌を聴いて、思っちゃった。……私の曲って、なんて幼稚なんだろうって…』



ハァ…と、ため息は白く染まり、美那は悔しそうに項垂れる。



『ショックだったんだよ?Redで店員してるあなたをたまたま見かけて、冷やかしてやろうと思って店に入ったら……歌ってるんだもん。それも、鳥肌ものの知らない曲を、鳥肌ものの歌声とギターで。』

『……………』

『ショックを受けて、結局冷やかすことなんかできないまま家に帰って、自分の曲を聴いて……愕然とした。なんてレベルが違うんだろって。…ちょっと人気が出てきたからって調子に乗ってた自分がバカみたい。……どうしてくれるのよ…』

『いや、どうしてくれると言われても…』

『…なんで、ハコで演らないの?』

『まだまだ、今の俺に、俺自身が納得してないから。』

『あ〜ん!いじめっこ〜!!』



わざとらしく泣き真似をしながら、美那はバタバタと手足を振り回した。

春彦はそんな美那を見ながら、小さな微笑みを口端に浮かべている。




・・・・・・・・・・・




一方、その頃美空達はと言うと…



『…聞こえる?会話。』

『ううん…全然…でも、楽しそう…』

『もっと近づかないと無理げっすね…』



春彦達の遥か後方に立っている木の陰から、二人の様子を窺っていた。



『じゃあ、あの茂みまで行くか。……音立てんなよ…?』

『何やってんだ、俺らは…』




・・・・・・・・・・・




『……で、お願いがあるって言ってただろ?それ、ライブの感想を聞きたいだけか?』

『え?あ……』



一通りのやり取りが終わって、若干の静寂が差し込まれた。これで終わりかとばかりに、春彦の言葉。

美那は、膝の上に置いた拳にキュッと力を入れた。



『……笑わないでね?』



胸の内を、告げる。



『私…ううん、私達……本気で、プロになりたいなって思ってる。』

『……………』

『……春彦?』

『なに?』

『笑わない……の?』

『なんで?』

『だ、だって……あんな曲で満足してたんだよ?今まで!』

『……気付いたんだろ?なら、いくらでも変えていけるし、変わっていける。』

『……………』

『それに、俺だって昔から上手く作れてた訳じゃない。今の美那みたいに、悩んで悩んで苦しんで……今の俺がある。』

『……春彦…』

『……で?プロになりたい。だから?』



春彦は薄々感づいていた。

美那の目的。美那の“お願い”。

だからこそ、道筋を立ててやる。自らよりも一つ上の彼女。年下の自分に“お願い”するのは、勇気が要るだろうから。



『私……』



“殻から抜け出そうともがく姿は、いつかの自分によく似てた”



『私、もっと上手くなりたい。もっと音楽を好きになりたい!みんなで胸を張れるような曲を作りたい!!』



“だから、少しでも、少しだけでも力になりたいと思ったんだ”



『だから、お願い!!一曲だけ……一曲だけでいいの!私にアドバイスをください!!一緒に曲を作ってほしい!!お願い!!ほんの少しの時間だけでいいから、私に──』




・・・・・・・・・・・




『──付き合ってください!!』


『──────ッ』



ようやく二人の会話が聞き取れる位置まで来た、その瞬間。

聞こえてきた言葉に、五人は一斉に固まった。



『……本気、なんだな?』



いつもより数段、柔らかく、優しく響く春彦の声…



『本気……だよ。お願い…』

『……そうか。』



真剣に響く、二人の声…



『なら、断る理由は……ないな。』



その、答え──



『俺で良いなら、付き合うよ。』



──それは、微笑みの気配と同時に放たれたセリフ…



『………………』

『…………嘘でしょ?』

『………………』

『………これは…』

『はぁ……嫌なタイミングだぜ、おい…』



会話は聞こえても、逆に姿の見えないポジションにいる五人。



『ほん、とぅ……?』

『おい、泣く事はないだろ…』

『だ、だって……嬉しく、て……』

『まぁ……これからよろしく。』



二人がどんな表情をしているか分からないから、想像するしかなくて──



『じゃ、じゃあ!今から家こない?今日、誰もいないし!!』

『…随分と積極的だな?』

『えへへ……ほら、早く早く!!』

『ちょっと待て!ん、と…メール…しとくか。』









数十秒後、七海の携帯へと届いた一通のメール。



“悪い、今夜、用事が終わりそうもないから行けない”



……事の始まりは、なんて事はない、すれ違いだったのだ──







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