#20
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例えば一つの土地があるとする。その土地は狭くもなく広くもなく、平均的な一軒家が普通に建つ位の土地だとしよう。
その土地に、既に家が建っていたとして。その上、新しく家を建てたいとしたらどうすればいいだろうか?
……答えは簡単。元ある家を壊して、建て替えれば良いだけ。むしろ、それしか方法はない。
──人同士の関係も、それと同じ。
築き上げた関係を維持したまま、同じ顔ぶれで新たなコミュニティを構築しようとしても、それは不可能なのだ。
同じ場所に違うものを築くならば、古いものを壊さなければならない。それは、変えようのない事実。
特に、人と人……一対一の関係なら尚更の事。
友達であり恋人でもある、なんて関係は存在しない。
せいぜい、友達の“ような”恋人が精一杯。
人が人に向ける視点を一つしか持たないように、人が人と向き合って繋がる関係は一つしかない。
友達は友達。恋人は恋人。家族は家族。それ然り。
それらの関係を基礎として成り立つものも、確かに存在するだろう。
それは例えば、ライバルといった局所的なものや、教師や監督といった職業によるもの。
しかし、個人として個人と接する場合は、ただ一つの関係しか持ちえないのだ。
その“関係”というカテゴリを劇的に変えるには、それ以前の関係を一度壊す“何か”が必要で…
『ずっと好きでした!わ、私と……その…つ、付き合ってください!!』
『……………』
微々たる差を持つ、根本的な繋がり。
友達の中でも“親友”という位置付けにいる者もいれば、“クラスメイト”といった顔見知り程度の薄い繋がりもある。それは時間の経つ中で刻々と揺れ動く不安定なもの。
しかし、それすら絶えず変化し続ける事は不可能で。特に、友人関係なんてものは、ある程度結び付きが固くなれば“定着”する。
『……振る方に千円。』
『同じく。俺は二千円。』
『や、やめようよ……悪いよ、そんな事言うの…』
『じゃあ、ソラは自動的に、付き合う方に賭けるって事になるな。』
『う゛ぅ……それは……』
『あたしはもちろん、振る方に賭けるよ。一万円♪』
『でかっ!?…ていうか、皆同じじゃあ賭けにならねぇじゃねぇか……』
秋も深まる11月。
初夏に入りかけの頃はまだまだ歪だった彼らの関係も、一応の事落ち着きを見せた。
それは“友達”という関係。その中でも、極力親しい分類に入る繋がり。
何かと衝突を繰り返しては再び結び付き、その度に、その繋がりはそれ以前よりも強固になっていき…
時が経つ毎、共に過ごす時間が長くなる毎、互いを知る機会に恵まれてきた彼らは、
今では周囲の人間も認める、立派な“五人組”という名を冠した仲間になっていた。
『……悪い。その望みを叶えてやることは……できそうもない。』
何かにつけて、悪戯したり騒いだりする事を常とした彼ら。
『よっし、ビンゴ!!』
『まぁ……全員の予想通りなんだけどな。』
あれだけ挑発的だった大志も、このグループ内では人懐っこい素顔を見せるようになり…
あれだけ好戦的で馴染まなかった寛人ですら、暇がある度、積極的にこの集まりへと足を運ぶ。
『ぁ……なんか、可哀想だよ…』
『とか言いつつ、結局最後まで見てるじゃない…この子は…』
美空と七海は、女子のグループとこのグループを行ったり来たり。それでも、結局よく遊ぶのはこちらのグループだったりと、徹底していたり。
それも一重に──
『……お前らな。』
──この男が核となっているから。
『毎度毎度、変な事してんじゃねぇよ。……丸見えだったぞ、あそこから。』
おかしな存在……といえば聞こえは悪いかもしれない。けれど、周囲からイマイチよく理解されていないのは、事実。
人同士の付き合いは、“集団に身を沈める”行為と言っても過言ではない。
一人一人が水の一滴だとすれば、集まりとは流れ。
“人波”と称されるように、水滴が集まれば川にもなる。
けれど、この男は…
三神春彦だけは、少々浮いた存在であった。
『どうせ、また賭けでもしてたんだろ?趣味悪いぞ…』
その、何事にも流されないマイペースさは、例えるならば川に浮かぶ発泡スチロールのような…
人の流れに逆らうのではなく、人の流れの中に在って尚、あまりにも独り。
逆らわないが、溶け合いもしない。
ふと、周囲を見渡した時に必ず目につく存在。
自我が強いというよりは、意志が強いのだ。
幼い頃から明確に将来を見据えている彼は、未だ自己形成が未熟な学生達の中にあって、抜きん出て目立つ存在だった。
だからこそ──
『でもさ、最近春彦、よく告白されるよね。』
『ホントホント。モッテモテ〜ってやつぅ?』
『……からかうんじゃねぇ…』
──春彦と噂のあった七海と美空が“友達”と認識されたと同時に、彼の隣を狙う者が目立つようになった。
人は、えてして“特異”なものに惹かれる。
大人びているということは、それだけで、刺激的な存在として認識されるから。
だから、自分のものにしたいと考える者が増えてきて…
『いい加減、うんざりって顔してるぜ?春彦。』
『まぁ、な……迷惑って訳じゃないんだけど。むしろ、ありがたいんだけどな…』
『……大丈夫?三神くん…』
『ああ、平気だ。』
何だかんだ言いながら、春彦を心配しているのもまた、このグループだった。
“友達”として形成されたグループ。
日々、些細な問題や出来事がありながらも、それでも強固に繋がった関係。
それはとても心地良い空間で。
それぞれがそれぞれ、自分なりに守ろうとしている空間で。
しかし、その定着した関係は、時として“歩み”すら留めてしまうこともある。
それが違うカテゴリへと向かう歩みなら尚更。
その居心地の良さこそが、前進する意思に鍵を掛けてしまう、最も厄介なものとも言えた。
繰り返し言おう。
同じ場所に二つの家は建たない。
繰り返し言おう。
新しい家を建てたいならば、元ある家を壊さなければならないのだ、と。
今の現状に満足しているならば、なんら問題の無い関係。けれど、それは今だから……今のままを信じているからこそ、満足しているのではないのか。
この時分、現状に満足している“少女”は、近い内に嫌でも思い知る。
“今のまま”……それは、今だからこそ望んでいた事だったのだと。
──季節は移り、高校生となって初めての冬。
粉雪の舞い落ちる聖夜に、“それ”は音も無く忍び寄ってきた。
少女の心にノイズを走らせる、その出来事が…
『あ゛ぁ゛〜〜〜〜!!終わった〜〜〜!!』
12月24日。
クリスマスイブにして、美山高校の終業式が行われた日。
明日からの連休と、今宵の聖夜に心踊らせる学生達。
猫みたいに机の上で身体を伸ばした七海は、しばらくしてむっくりと起き上がり、いつものように約束もなく集まっていた面々に向けて、こう提案する。
『ねぇ、今夜さぁ……マスターんとこでパーティーしない?』
以前、偶然春彦が見つけて皆に紹介した“喫茶-響音-”は、今ではすっかり彼らの溜まり場となっていた。
場所が場所だけに、あまり学生には知られていない穴場。それに加えてマスターも親身に接してくれるとあって、五人は週に何度も通う常連となっている。
だからもちろん、
『さんせ〜い!!』
『ああ、俺も異議無し。』
『私も!!…と、陸も連れて来ていい?』
口々に参加表明する面々。
七海は満足気に頷くと、
『うんうん、よっしよし♪春彦もオッケーでしょ?』
隣の席にいる幼なじみへと問いかける。
しかし──
『ああ……うん…』
春彦は何やら思案する素振り。
『…春彦?』
あまり覚えの無い反応が気になった七海は、再度問いかけるも…
『……ん、分かった。ちょっと遅れるかもしれないけど、参加する。』
何故か腕時計を気にしながら、春彦は忙しなく帰り支度をする。
『…どしたの?そんなに急いで。用事?』
『ああ、バイト先にちょっと。』
春彦は、夏休みから行きつけの楽器屋でバイトをしていた。
バイト先を選んでいた際、マスターからオファーがあったものの、接客は向いていないと自覚していたために断った経緯がある。
とは言え、週に一度、マスターの店で“演奏”はしていたりするのだが……と、
『っし、それじゃあ……行けるようになったら電話する。』
『あっ、ちょっと──』
『じゃあな!』
駆け足で場を後にする春彦を、呆然と見送る四人。
『なに?アレ…』
『?』
『珍しいね、春彦が焦ってるなんて。』
『…雪でも降るんじゃねぇの?』
この時はまだ、大して気にも留めていなかった。
『……どうしたのかな、三神くん…』
この時は、まだ──
──その春彦の不審な行動が、その後に目を疑うような光景へと繋がると分かったのは、マスターの店へと向かう道すがら…
『あの、すんません。俺まで…』
『いーのいーの!ソラの愛しい弟くんだもんね♪』
『も、もうっ!!すぐにそうやってからかう〜!!』
『あっははは!』
『ははっ…あながち冗談でもねぇよな?ん?』
『ヒロさん…殴りますよ?』
粉雪が降ったり止んだりを繰り返す夕方過ぎ。
予め七海が予約しておいた時間に間に合うように、陸を含んだ五人は駅前の道を歩いていた。
『ホワイトクリスマスになるかなぁ…』
『だといいねぇ〜』
先頭を行く女性陣。
仲良く肩を寄せ合って、時折パラつく雪に期待を寄せる。
『ハルさんも来るんすよね?』
『ん、遅れるらしいけど。』
『バイト先に用事……っつってたよな?』
ちょうど、後方を歩く男性陣が春彦の話題を出した時だった。
『──────え?』
不意に、美空が立ち止まる。
『ソラ?』
七海の問いかけにも答えずに、ただただ前を向いて固まっている。
『…ねーちゃん?』
陸の心配そうな声。
全員が、何事かと美空の視線を追うと──
『……はる…ひこ?』
『…………………』
美空達の前方。
春彦のバイト先である、楽器屋の店先。
見知らぬ女性と向き合って、何か会話を交わす春彦の姿…
『ちょっ…』
『……おいおい…』
何かの取るに足らない会話をしていただけならよかった。けれど…
『………………』
春彦と女性はやがて肩を並べると、隣り合って歩き始めたのだった──