#17
更新遅れてすみません(泣)
美空と春彦…
放課後の音楽室で出会ってから、一週間後の二人は──
『それでね、三神くんから教えてもらったアーティストの曲を弟に紹介したらね、その日の内に買ってきちゃって!あの子、今月厳しいって言ってたのにね。』
『本当に?…なんか悪い事したな。弟くん、言ってくれればCDくらい貸したのに。』
──今日も今日とて、驚くほど自然な雰囲気で共に居た。
『ううん、それはいいの。陸ね、この前MD聴いてから、なんか三神くんに憧れてるみたい。いっつも“三神さん三神さん”って凄くって。だから、三神くんのお薦めは絶対見逃さないってね。』
果たして、今までこんなにも“男”に対して積極的に話しかける美空の姿を見た事はあっただろうか?
昔から美空をよく知る友人は語る。
“ソラって、あんな風に笑う娘だったっけ…?”
『憧れ…?いや、俺なんかのどこに憧れてるのか、よく分からないけど……でも、俺の曲を気に入ってくれたっていうのは嬉しいな。』
果たして、今まで七海以外の“女”に対し、こんなにも柔らかく笑う春彦の姿を見た者がいただろうか?
春彦と同じクラスになってから、一度も言葉を交わした事の無いクラスメイトは語る。
“三神くんって、七海ちゃん以外にもあんな顔向けられるんだ……ショック……”
『あ……あのね、その陸なんだけど…。』
『?』
『あの、三神くんに会わせろってうるさくて…。いつか、会ってやってくれないかなぁ…?』
『ああ、全然いいよ。今度、ギター持って会いに行く。』
『ほ、ほんとっ!?』
二人が“一緒にいる”という事。
クラスも違えば、出身中学も違う二人。
その二人が、こうして一緒にいるという事。
……この事について、校内に一つの憶測が飛び交う。
“二人は付き合ってるんじゃないか?”
──日を追う毎に、“二人”へ向けられる視線の数は増えていった。
“好奇”“羨望”、或いは“嫉妬”。
その種類こそ違えど、数多の視線に含まれるのは紛れもない“興味”。
片や、人の輪を避け、馴れ合いを欲しない孤高の王子様。
片や、人の輪の中に生き、協調性の中でこそ存在してきた素朴な姫。
“逢う”筈のない二人。
“合う”筈がない二人。
“接点”など無い二人。
そんな二人が出逢い“合う”。
違和感すら漂う二人の空間が、生徒達の噂の的となるのにそう時間はかからなかった。
──しかして。
“二人は付き合ってるんじゃないか?”
その憶測が、今一つ“憶測”の域を出ないあやふやなものであるのは、この二人を取り巻く顔ぶれが原因なのだった。
『たっだいま〜!!……って、ありゃ?ソラ、いらっしゃ〜い!』
『あっ、七海ちゃん…どこ行ってたの?』
『ん?ちょっちE組にね。ミホちーがネイル新しくしたって言ってたから、見に行ってきた♪』
三神春彦の隣と聞けば、真っ先に思い出されるのは井上七海。
未だ根強い“恋人説”が残っている彼女は、“新・恋人説”が流れる美空ともすぐに仲良くなった。
そして──
『……やっぱ、こっちにいたか。……ソラ。』
『?あ、ヒロくん……どうしたの?』
『どうしたじゃねぇだろ。……ったく、最近目を離すとすぐにいなくなっちまう。』
『えっと……用事?』
『あ?ああ、いや……別に、んなもん無ぇけどよ…』
中宮美空が親しい男子と言って、真っ先に思い浮かべられるのは、親戚であり幼なじみでもある猪狩寛人。
美空が春彦のクラスに足を運ぶようになってからは、こうして事ある毎に美空の様子を伺いに来るようになった。
そこへ──
『はっ、なんも用がねぇなら何で来るんだよ?てめぇは中宮の保護者かっての。』
『……あ?』
『目を離すとすぐにいなくなる?んなに心配なら首輪でもつけて縄に繋いどけ。俺ぁよ、そういう保護者面した勘違い野郎が一番嫌いなんだ。……ヘドが出る。』
この毒舌・金髪・腰パン姿。加えて耳には三連ピアスの“問題児”が加わっているとなれば、更に疑問符の数は増えるというものだろう。
永田大志──この時分は正に、絵に描いたような不良であった。
『まったくよぉ……中宮は春彦のダチだっていうから良いけどよ、だからって何でお前まで来んだよ?毎日、毎日……鬱陶しい…』
『なんだよ永田ぁ?なんか文句あんのか?あぁ?』
『……てめぇの目には、俺がてめぇを好意的に受け入れてるように見えてんのか?だったら黙って眼科にGOしろや。』
『あぁ!?てめぇは何様だ!!』
『やんのか?筋肉ゴリラ。筋肉の量と喧嘩の強さは比例しねぇぞ?…てめぇの不細工な面、矯正してやろうか?』
『……上等だ、落ちこぼれ……後悔すんなよ?軟弱野郎…!!』
睨み合う二人。
片や、優等生とはいかないまでも、バスケットに青春を掛けてきたスポーツマン。
片や、“理由”があるとはいえ、社会に反発を繰り返してきた問題児。
互いに目に映るだけで嫌悪してきた存在だけに、まるで水と油のよう、溶け合う事は難しく…
しかし──
『やめてよヒロくんっ!!ダメだってば!!』
『大志く〜ん?暴れたいならお外にGOだかんね〜?』
中和剤……いや、むしろ両者を一瞬で揮発させるくらいの破壊力を宿した存在が傍にいるだけで…
『い、いや…ソラ…その、そんなに怒らなくても…』
『な、七海ちゃ〜ん!!そんな目で見ないで〜!!』
……なんだかんだと言って、いつも平和的解決を迎える訳で。
それに…
『あのな、二人とも。…俺は最近、思うんだけど。』
『…………』
『…………』
この男の存在も、二人にとってはある意味で大きなものだった。
『毎回毎回そんなにカッカしてて、疲れないか?いっそ、ガチでタイマン張ってみたらどうだ?』
『……………』
『いや、あの…』
『と、いうかな。落ち着かないんだ、俺が。いい加減、白黒ハッキリつけて普通に過ごしてくれ。てか、過ごせ。』
二人にとって、色々な意味で苦手な存在。
『……………』
三神春彦といざこざを起こそうものなら、美空から反感を買うかもしれない…と、寛人。
それに、普段から何を考えているか分からない、まるで未知の生物のような春彦に、少しだけ苦手意識があった。
『……わりぃ、春彦…』
三神春彦といざこざを起こそうものなら、間違いなく七海とは一緒に居られない…と、大志。
それに、なんだかんだ言って春彦に一目置いている大志は、こんなつまらない事でこの空間を失うのが嫌だった。
『…まぁ、変な事でエネルギー使うのはもったいないと思うぜ。……ほら、ポッキー。』
『……サンキュ。』
『……ゴチ。』
特に気張るわけでもなく、和解の印なのかポッキーの袋を二人に差し出す春彦を見て、七海は腹を抱えて笑った。
『あっははは!!いやぁ、元祖ダウナーな春彦に掛かれば、喧嘩する気力も萎えるよね〜!!』
『そ、そういうものなのかな…?』
いかんせん、何が起こっても飄々としている春彦こそが、この歪な集団の核になっているのかも知れない。
スポーツマン、寛人。
問題児、大志。
優等生、美空。
学年のマスコット的存在、七海。
それに加え、無表情な王子様──春彦とくれば、
なんとバラバラな面子だろう。
この集団に向けられる数多の視線の中、この繋がりに理解の色を示すものは一つとして無かった。
『ん?ソラもポッキー欲しいか?』
『えっ?……あ、うん…いただき……ます…?』
『あっ、春彦!!あたしもあたしも〜!!』
『ああ、ほれ……ってコラ!!そんないっぺんに食うんじゃねぇ!!』
まだ、この時は歪な集団。
まだ、この時は微妙なバランスの上で成り立っていた集団。
何かの拍子に崩れてしまうような、脆く危うい関係でしかなかった集団だった。
まだ──
──この時は、まだ。