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#16



─────

───────

────────…







『…………すっげぇ…』



少年はただ、溜め息を吐いた。


いや──



『……やばっ…鳥肌っ…』



──少年は、感嘆の溜め息を吐く他なかった。


その“世界”を垣間見て。



『ヤバすぎだよ、これ…』



少年──中宮 (ナカミヤ・リク)は両腕を頻りに擦りながら、すぐ隣でウットリと瞳を閉じている姉を見やる。


しばらくして、ようやく瞳を開けた姉は、陸に向かってニッコリと微笑んだ。



『……すごいでしょ?』

『……うん…。すげぇ……マジで。』



それしかない。それしか浮かんでこない。

自身が今まで過ごしてきた14年間の歳月の中で、今ほど己の表現の乏しさを悔やんだことはない。

陸にとって“それ”は、そう思えてしまうほどに衝撃的な出来事だった。



『……ねーちゃん…』



ふぅ…と一つ、心を落ち着かせるように、大きく息を吐いてから姉に問いかける。



『これ、本当にねーちゃんの同級生……素人が作って歌ってるの?プロのアーティストとかじゃなく?』

『うん、間違いないよ。だって、私はこの歌声を生で聴いたもの。三神くんが歌ってる、すぐ傍で。』

『はぁ〜……』



信じられない。正直、陸にとっては相当なショックだった。

自分の姉と同い年。つまり、自分と一つしか歳が違わない人間が、こんなものを作り出せるという事実が。



『………………』



そもそも、事の発端はついぞ30分ほど前の事。

姉である美空が帰宅した気配を感じて、宿題を手伝ってもらおうと部屋を訪れた。

そうしたら、部屋の中では姉が着替えもそこそこに、MDを片手にコンポを弄っているではないか。


普段、あまり積極的に音楽を聴かないのに珍しい……などと思いながら、興味にかられて聞いてみたところ、そのMDには姉の友人の自作曲が入っているという。


音楽に疎い姉と違って、新古のアーティストや最新のヒットチャート等に詳しい陸は、自分も聴かせてほしいと頼んだ。

メジャーだけでなく、インディーズ……果ては、地元のライブハウスなどにも頻繁に足を運ぶ陸にとって、非常に興味があるものだったから。


軽い気持ちで頼んだ。別に、過度の期待などしていなかった。


だからこそ──。



“それ”を耳にした瞬間、心臓をわしづかみにされたように動けなくなった。

メロウなバラードから、疾走感のあるポップチューンまで、計6曲。

その、どれ一つをとっても、今まで耳にしてきた“アマチュア”の楽曲を遥かに越えたクオリティで。

そして、それより何より、陸の心を掴んで離さないのは、その歌声。



伸びやかで、緩やかにビブラートの掛かった高音域も。


艶やかに、胸に切なく響く低音域も。


所々に入る、心に抉り込むような掠れも。



それら全てが作り出す、まさに“世界”。

それは呑み込まれるというよりも、包み込まれるような感覚を覚える、深くて柔らかい世界だった。




『とんでもねぇ人と知り合ったな、ねーちゃん…』

『そ、そう?』

『そうだよ!!…だって、このままCDで出てたら買うし、俺。』

『ふふっ…陸ったら、本当に気に入ったんだね。』

『ああ!もう、一発でさ!!ねーちゃん、この人と仲良いんだろ?今度会わせてくれよ!』

『へっ?』



陸のキラキラした瞳に見つめられ、笑顔を顔に貼り付けたまま固まる美空。

その反応が気になった陸は、小首を傾げて問いかける。



『……どしたの?ねーちゃん…』

『あっ、と……』

『俺、なんか変な事言った?』

『う、ううん!…ただ、ね…』

『ただ?』

『私、三神くんと知り合ったの、昨日……なんだけど…』

『………はぁ?』

『だ、だから……仲が良いかは……分かんない……と、言うか……』

『……………』



わたわたと説明する姉を見ながら、陸は絶句する。



『知り合ったのが昨日って……じゃあ、なんでMDくれたの?』

『……分かんない…なんか、よかったら感想聞かせてくれって…』

『へっ?ねーちゃんに?』

『う、うん…』

『音楽なんか、たま〜に流行りのアイドルの曲を聴いたり聴かなかったりする位しか興味がない、ねーちゃんに?』

『ぅ……うん…』

『……なんで?』

『だ、だからぁ…分かんないって…』

『……………』

『……………』



黙り込み、悩み始める中宮姉弟。若干重い空気が漂う中、陸は一つの可能性に行き当たり──…



『ねーちゃん、さ。その人に惚れられた?』

『は……はいっ!?』

『いや、それで、ねーちゃんの気を引くために…』

『無い無い無いっ!!それは無いぃっ!!』

『…………そうなん?』

『当たり前だよっ!!そんなっ、三神くんが…その、私なんかを……』



…──それは、力いっぱい否定されて。



(この人、自分が人気あるって自覚無いからなぁ…)



心の底から、溜め息が出る。

姉を紹介しろという輩からのしつこい申し出を、今まで何度退けてきたことか…



『まぁ、いざとなったらヒロさんが頑張るか。』

『?……ヒロくん?』

『……………』



いい加減、ヒロさんも報われない人だ…と、陸は同情する。

まぁ、報われてほしいかと聞かれれば、非常に複雑な心情ではあったが。


と、今はそれよりも──



『その、さ。三神さん…だっけ?どんな人なの?』

『ふへっ?』



なんだか、曲に感銘を受けたからなのか、陸はその“三神”という男に興味が湧いていた。

こんな曲を作れる人。いったいどんな人なんだろう、と。


姉の発した珍妙な声を軽くスルーして、陸は続ける。



『ルックスは?雰囲気は?やっぱり、バンド系な感じか?』

『えっ、ちょっ…』

『厳つい系?いや、声の感じからして、かなり美形のイメージがあるけど。』

『え、あ、……う、うん…格好良い……っていうよりは、綺麗……かな…』

『おー、やっぱり?』

『も、もうっ!!なに言わせるのよっ!!』



顔を真っ赤にした美空のへっぽこ攻撃を軽くかわしつつ、陸はどこか思案気に表情を引き締める。

美空は気付かない。弟の、その真剣な表情に。



『もうっ、もうっ!!恥ずかしいから変な事聞かないっ!!おねーちゃんはそんな子に育てた覚えは──』

『………………』



ねーちゃんがこんなに純粋に照れてるところ、見たことない…と。

男絡みの……例えば告白された時だって、“照れ”と言うよりは“怯え”だったのに、と。



(三神さん、か。……どんな人なんだろう…)



音楽について、全く知識の無い姉に、感想を求めた。

それは何故?……陸の知る限り、姉は知ったかぶりで知識をでっち上げるような人じゃない。そもそも、姉が無い知識をひけらかしたところで、三神という人には通じないだろう。

だとすれば、もっと別な…


……姉が三神に与えた影響って、なに?



『もうっ、もっ……きゃっ!?』

『……そうかもしれない。』



ポコポコと胸を叩いていた手を陸に掴まれ、美空は体勢を崩して床に突っ伏す。

その美空の手を掴んでいる陸は、どこかすっきりした顔で笑っていた。



『……りく?』

『ねーちゃん。』

『え?』

『ねーちゃんはさ、三神さんの曲を聴いて、どう思った?』

『え…?』

『ほら、ここが凄い!とか、あそこが良かった!とか。…どう思った?』

『……………』



陸の真剣で、それでもどこか楽しげな瞳に見つめられながら、

美空は突っ伏していた体を起こし、戸惑いながらも考える。


自分は、どう、思ったのか──



『……あったかいなって…』

『……………』

『なんかね、三神くんの歌を聴いてると、胸の奥がポカポカあったかくなるの。……ずっと聴いていたいなって、思う。』

『──そっか。』



美空の独白を聞いて、陸は満足そうに笑った。

そして、おもむろに立ち上がると、部屋のドアに向けて歩き始める。



『陸?』



弟の背中には、少しばかりの寂しさと、それを上回る喜びが満ちているように見えて…



『あのさ、ねーちゃん。』



ドアを開き、少しだけ振り返った陸は…



『……その感想、そのまま三神さんに伝えてあげるといいよ。』

『……え?』



──それだけを言って、部屋の外へと消えたのだった。









『………なによぅ…』



その言葉の意味が分からずに。


いじけたようにドアを睨みながら、それでも美空は、テーブルの上に投げ出された携帯電話を手元に引き寄せ──…







『………あ、三神くん?……あのっ!…その……っ、中宮……ですっ…』










・・・・・・・・・・・










『……………』



自分の部屋のベッドに寝転びながら、陸は顔も知らぬ人物の事を思う。


三神。三神という、男。


衝撃的な歌声と旋律は、未だ耳から離れずに。

興味があった。個人的な興味が、確かにあった。


でも──



『……ちょっと、いいじゃん。』



今、陸の頭の中を埋め尽くすのは、楽曲の事ではなかった。

それよりも、その人間性。



姉である美空に言い寄る男は皆、その外見に寄ってくる。もしくは、少しばかり天然な、外的な印象に寄ってくるのがほとんどだった。

でも、三神という男はどうだろう。


何故、姉に感想を求めた?


音楽的なアドバイスを求めるなら、他にもっと適任な人間はたくさんいるだろう。


何故、姉に感想を求める?



『……見る目あるよ、三神さん。』



くひひっ、と無邪気な笑みを浮かべながら、陸は思った。



大切な姉を、本当に理解して必要としてくれる男が、もしかしたら現れたのかもしれない、と。



それは、とても、とても、喜ばしい事だ、と。



『…あ、ねーちゃんにMD写させてもらお。』



“できることなら、一度会ってみたいな”



そんな事を漠然と考えながら、陸は再びウキウキしながら姉の部屋へと足を向けるのだった。



元々、姉の部屋を訪れた本来の目的、“宿題”の事などすっかり頭から抜け落ちたまま──















──ちなみに。




余談ではあるが、この年齢になってまで妙に仲の良い、この姉弟に対し、


“シスコン”“ブラコン”


と言った言葉は、絶対の禁句である──。


あしからず。



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