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#10




『…………ん、と…』



──どうしよう?


目の前で、地べたに座りながらグシグシと鼻を啜っている女の子。

その子を見ながら、春彦は心の中で思案していた。



(……何を歌おう?何を歌えばいい?)



家族以外の人間から、“歌え”と言われたのは初めてだった。

しかも、歌えと言った張本人は、何故かボロボロと泣いているではないか。


……何かあったのだろうか?

いくら考えてみても、分からない。でも、泣いている限り、何か辛いことがあったんだろう。


“歌え”と言われた。

戸惑うより先に、“歌わなきゃ”と思ってしまった。

それが何故なのかは、幼すぎた春彦には分からない。

しかし、自分は“歌う”と言う意思で“うん”と返事を返した。……だから、歌わなきゃ。



『…………よしっ!』



春彦は小さく頷くと、ベンチに立て掛けてあった“相棒”を、ケースから解き放つ。

ほのかに夕陽の光を反射するそれは、普通のアコースティックギターより尺の短い、子供用のギター。

父親からプレゼントされて以来、一日も欠かす事無く手にしてきた、大切な相棒。



『………………』



……猛練習、してきた。

この“相棒”と出会った日から、春彦はまるで、何かに取り憑かれたように独学で知識を溜め込み、技術へと変えてきた。

まだまだ拙い、その弾き方。しかし、それでもコード(和音)の種類は全て頭の中に入れたし、指先をその形に動かすこともできる。

家族が心配してしまうくらいの、練習量。春彦の指は、皮が剥け、また再生してを繰り返し、厚くなっている。……確実に、ギター奏者の指へと変わってきている。



『…………あの…』

『……?』

『い、いまから歌うのは、しらないかもしれないけど、アメリカのブルースシンガー、“マッド・レイ・クラフト”っていう人の、“ストップ・ザ・レイン”っていう曲……です!』

『??』

『い、いい曲なんだ!でも、ボクはまだ下手っぴだから……お、おかしくてもさいごまできいてくれたら、うれしい……です!』

『………………』



緊張でガチガチな挨拶。

でも、七海は目元を擦りながらも小さく頷いてくれた。

だから、この子の為に一生懸命歌わないと。


──それが自分にできる、精一杯の事だ。



自然と浮かぶ、その気持ち。それは、春彦が初めて“他人”に向けた一生懸命だった。



そして──…









『─────』


『ッ!!』



幕を開けた、初めてのライブ。

歌い始めたら、ギターを弾き始めたら、春彦はもう“世界”を創り出していた。


未熟なギターは、有り余る程の歌声が支える。

あの日、父の隣で初めて歌った時よりも、確実に伸びた歌声。

歌詞も、所々間違えるものの、この年代の少年にしては充分すぎるくらい流暢な発音で。


“音楽”にのめり込み、

“演奏”に楽しみを見い出し、

“歌詞”に意味を見つけ、

“努力”を怠らなかった春彦は──



『………………』



──この年にしてすでに、人を惹きつけるだけの雰囲気と、魅力を備えていて。



そして、家族に聴かせるだけの、半分自己満足に過ぎなかった春彦の音楽は、“誰かの為に”という意識の変化に伴って、急速にその才を開花させていく。



たった一人の為の、精一杯。


たった一人の為の、一生懸命。



七海がどうして泣いているのか、春彦は分からなかったけれど。

けど、泣いているよりは笑っていて欲しいと、ただ純粋に思った。

その気持ちは、“ストップ・ザ・レイン”という春彦の一番好きな曲に乗って、七海へと注ぎ込まれる。


──ストップ・ザ・レイン。

その歌詞の一部分を和訳すれば、



“雨は止むよ──

きっと、止むよ──

だから涙を拭いて──

笑ってくれないか──


君の笑顔が──

──見たいんだ”



『……っ…ん………うん……』



その曲に込められた意味をどれくらい、春彦は理解していただろうか。


その曲に込められた意味のどれくらい、七海は受け取ったのだろうか。



少年と少女であった、この頃の二人は…

それでも正しく、この曲を通わせた。


……それは他でもない、二人の心の中で。



だって──



『………………』

『…………ぁ…』



春彦が歌い終えた時には、七海を打ち濡らしていた雨は、確かに止んでいたのだから。










それから。



“春彦との出会いが”とは言い過ぎかもしれないが、これをきっかけかと言うように、七海の人生(みち)は確実に変わっていく。


七海は春彦を“男”として見る前に、大切な“友達”として認識した。

そして、今まで誰にも言えなかった自分の境遇を、春彦にだけ話した。


小学校三年生が扱うには、重すぎる問題。けれど、春彦はそれにさえ真摯に耳を傾ける。


春彦にとって、七海は“他人”ではなくなっていた。

初めて自分の歌を求めてくれた、大切な友達。

初めて、家族以外の人間を“大切な人”というカテゴリに含んで。



『辛いときはボクの家に来なよ』

……春彦は、言う。


後に七海が“理想の家族”と憧れるくらい、春彦の家族は温かく七海を受け入れて。


そして、七海に拠り所ができたと気付いたのは、七海の母。……一年間、こっそりと貯めてきた生活資金。

一年間、耐えに耐えてきた生活にピリオドを打つ決意を、母は行動に移す。


親権の問題。生活資金の問題。七海の生活の問題。

その全てを守る準備を、母は着実に進めてきたのだった。



そして、悪夢からの解放──



母の思惑通り、裁判では七海の親権は母へと委ねられた。

慰謝料はいらないと、関係も綺麗すっぱり切り捨てた。



枷が外れていく──



やがて、“男に対する嫌悪感”は残ったものの、以前に比べれば数段柔らかな笑顔を浮かべられるようになった七海。


相変わらず人との距離を持っていたが、七海という無二の存在を得た春彦。


学校でしか笑えなかった少女と、家でしか笑えなかった少年は、出会うべくして出会い…



二人はいつからか、ごく自然と、“幼なじみ”という枠すら超越した、二体一心の存在となっていた──









・・・・・・

・・・・・

・・・・

・・・

・・









「ねぇ、春彦。」

「ん?」

「今、何考えてた?」



さわさわと木々を揺らし、柔らかい風が二人の間を駆け抜けた。

それは、例え街の外観が変わっても、決して変わることのない懐かしい風。



「……多分、お前と同じことなんじゃないか?」



七海の優しい眼差しに、春彦は微笑みながら答えた。


そして──



「……お前は?」

「うん?」

「何考えてたんだよ?…そんな、ニヤニヤしながら。」

「あはっ、きっとね。……あんたと同じこと。」



春彦の優しい眼差しにも、七海は同じ答えを返す。



「春彦は、さ…」

「?」

「あたし達がもし、あの日、この場所で出会わなかったら……どうなってたと思う?」

「………………さぁな。」

「んもう、真剣に答えなさいよ!!」

「じゃあ、聞くけどさ。……お前は?どうなってたと思う?」

「あたし?…あたしは…」

「……当ててやろうか?」

「む。……じゃあ、あたしも。」



何年、時が過ぎたって…

二人は今も、こうして肩を並べている。



「せーの、で言うよ?」

「……ああ。」

「ん。……せーのっ!!」



……二人は今も、ここに居る──




「「考えたくもない」」




それが全て。

それが、当たり前で特別な二人の関係。



「……ぷっ」

「ふっ……ははっ…」



季節の移ろいすら、二人の絆を解く事は叶わない。



「あ、あはははは♪なに、春彦!!あたしの事がすっごい大切じゃん!!」

「ははっ……お前こそ。」

「ん?…ふふん、まぁね♪」









変わる必要もなければ、変わろうとする意思も持つことはない。



端から見れば異常でも、それだけは譲ることもない。



そんな二人の関係は、美しすぎて、眩しすぎて…









だからこそ、それが時に理不尽な感情を“誰か”に抱かせる事もあったのだ。



理解してるつもりでも…

理屈の上では、理解してるつもりでも。



心はそんな、簡単にできてはいないから──




例えば、そう、何処かに……









“春彦の一番になりたい”

と、願った女の子がいたとして…





アクセスたくさんありがとうです\(^-^)/

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