これはただの世間話である
カフェで隣の席になった人の会話を聞く様に、お読みいただければ幸いです。
ただの会話ですので、彼ら彼女らに名前も性別も年齢もなく、ただ、そういう考えの下話しているのだなぁ。と思って頂ければ、これを読んだ方がご自身のご想像通りに彼ら彼女らの外見年齢性別を決めて頂ければ幸いです。
「小説書いている時って何考えているんですか?」
「何って、小説の事を考えてるに決まってるじゃないか」
「いや、そうじゃなくて。言い方が悪かったですね。小説を書く時、どういう感覚でキーボード打ってるんですか?」
「どういう。どういうか。普通に思考速度と同じスピードで打っているよ。というか、手が勝手に動いて、嗜好が後からついてくる。って事も多い位だ」
「じゃあ、何も考えずに打っていると。そういう事ですか」
「いやいや。自分の中から湧き上って来る景色をそのまま文字にしているだけだよ。まあ、景色だけじゃなくて、登場人物の心境とか、そういうのもちゃんとあるけれどね」
「湧き上って来るなんて凄いじゃないですか。普通はどういう話を書こうって考えてから、物語を書き進めていくものだと思うんですけれどね。普通は」
「ははは。やけに普通を強調するね。まあ、確かに思い付きで物語を書き進める事も多いけれど、大体は大まかな設定と言うものは決まっているものなのだよ」
「例えば、どんな感じなんですかね?」
「そうだね。パターンとしては大まかには二つ。まず一つが、何か本を読んだり、アニメを見たり、映画を見たりして、インスピレーションが沸き起こった時、ここはこうして、こうなった方が。とか、そういう妄想に近い設定を考える。まあ、もちろんあからさまに影響を受けちゃ駄目なんだけれど、例えばだ。昨夜見たドラマに死神が出てきたとしよう。死神だよ。死神」
「もう既に掘り尽くされてるって感じの設定ですね。因みに私は伊坂幸太郎の死神の精度が好きなんですけど。知ってます?」
「勿論知っているよ。というか死神について興味が出始めたのはあれが最初だったと言っても過言ではない。まあ、世の中には死神が戦う漫画とか、死神が落としたノートを繰り広げられる漫画とか色々とあるけれど、私の一番最初の死神は彼の描く死神だったと言っても過言ではないよ。だからね、私としては、バトルものも、頭脳戦も面白いと言ったら面白いけれど、やはり死神なんだから、もう少し静かに、スマートに行くべきだと思う訳だ。まあ、ある種の刷り込みの様な、そんなものなのかもしれないけれど、だからこそ、私が死神と聞いて思い浮かべるのは、死という絶対的に覆らない事実だ」
「これまた安直と言いますか、死神思い浮かべたら大体の人がそこに行き着くんじゃないでしょうか?」
「そうかい?死神がヒーロー的な位置にいたり、魂の管理をしたり、そういうのは多いだろうけれど、私だったら、死ぬ運命の人と人生について語り合ったり、死について語り合ったり、もしくは、愛について語り合うのも良いのかと思うんだよ。そういう、静かだけれど、続く言葉に引き寄せられるような、それしか見えなくなるような、そんな話が私は死神で思い浮かべられるね」
「じゃあ、即興でちょっと死とか人生とか愛について語ってみてくださいよ。簡単でしょ?」
「ふむ、確かにここまで言って断るのもあれだな。そうだ、じゃあ愛について語ってみよう。――愛とは、誰もが一番最初に触れるべきもので、死ぬまでにすべて使い切っておくべきものなのだ」
「ほうほう。それは一体どういった意味があるんですか?」
「まあ、生まれてきた時に一番最初に愛を貰わないと、人は生きていけないだろう?それに、自身の愛を何かにすべて吐き出してから死んだ方が、死ぬ時に未練とかはなくなると思うんだよ。死にたくない。という感情は決して汚くはないけれど、それでも、死ぬ時に満足して死ねないだなんて、死ぬ時ぐらい何も気にやまないでいれないだなんて、つまらない死に方だと思わないかい?」
「そこら辺は、千差万別。十人十色ですよ。死に方によったら、未練を残さないなんて無理でしょう」
「そうだね。無理だ。それでも、人と言うのはやっぱり、愛を全て吐き出してから死ぬべきだと私は思うんだよ」
「でも、そうそう愛する者を見付ける事は出来ますかね?」
「別に特定の誰かを愛する必要なんてないんだよ。確かに、生涯をかけて誰か一人と添い遂げられたらそれはとても幸せな事なのだろうけれど、人ひとり分の愛情をすべて受け止められる人間なんて存在しない。もし存在したとしたら、その人は自分の分の愛情を持ってはいないんだよ。愛されるのは幸福な事だ。けれども、愛情過多というのはどんな毒よりも苦しいものなのだよ」
「じゃあ、浮気推奨派なんですか?」
「まさか。まあ、確かに少子化問題とかそういう事を考えると、子供は増えた方が良い。けれど、生まれて来れたからと言って、その子供が本当に幸せに生きられるかどうかわからないじゃないか。言っておくけれどね、大抵の国は一夫多妻制じゃないんだよ」
「一夫多妻。つまりハーレムですね。いよっ!男の浪漫」
「……ロマンなのかは分からないけれど、そうだね。一夫多妻制って言うのは、複数の女性とその間に出来た子供を養えるだけの財力と余裕がなければしてはいけないんだよ。側室がいるとか、そういうのも、財力に余裕があって、地位もある人だけだろう?」
「確かにそうですね。甲斐性のない男性に複数の女性が嫁いだら、大変ですよ」
「分かっていただけてとても嬉しいよ。で、だ。余裕というものは、何も財力だけじゃない。愛情もだ。誰が産んでも、誰の子でも、自分の血を引いてなくとも、愛せる人でなければ、複数の相手を愛する資格なんてないんだよ」
「確かに、そういう懐の深さと言うのも大切ですね。懐大事です」
「それは君、君は金銭の問題も言っているだろう」
「あ、バレちゃいました?まあ、懐の温かさも懐の深さも、男は大事なんですよ。いつの時代も。ね?」
「まあ、そういう事だ。金銭に余裕があれば、心に余裕が生まれる。稀にお金に執着している人がいるけれど、その人は執着するものがお金しかないだけなんだ。愛する人がいなかったり、何かに対して興味が持てなくなったり。何に対しても興味が持てないという事は、余裕がないという事なんだよ」
「お金持ちって余裕ありそうですけどね」
「お金を稼ぐという事に憑りつかれて心に余裕がないんだよ。まあ、それは置いておいて、だ。愛情と言うものに付いて話していただろう?」
「はい。愛情は死ぬ前に使いきっておいた方が良い。でしたっけ?」
「そう。愛情と言うのは毒にも薬にも成り得る。薬も毒も、用法容量を正しく守ってお使いいただかなければ体に負担がかかるばかりだよ。だからね、愛情というものは、必要な時に必要な分使えた方が良いんだ。それは、お金と一緒か。結局金の話になるな」
「あれじゃないですかね?昔は物々交換が主流だったわけでしょ?つまりは、自分の持っている愛と言う名の物を他人の物。つまり、愛と交換してたと言う訳なんじゃないでしょうか?」
「まあ、きっとそれが正しいだろうね。けれどやはり、自分にとってそれがどれだけ価値があったとしても、その愛情がどれだけ純粋で大切なものであったとしても、他人には分からないのだから、通貨という者が出来たんだよ。だから、お金に依存している人って言うのは、愛情の価値を分かってもらえない人か、分かっていない人って事になるんじゃないのかな?ああ、そうだ。他には、愛情に勝ちを見出していないのかもしれない。誰かが言っていたけれど、かけがえのない物というものは、無くなったら本当に変えが効かない。それを失った時にその人は駄目になってしまったら、それは意味がない。かけがえのないものっていうのは、生きる指針にはなるけれど、生きる意味にはなってはいけないんだよ。まあ、かけがえのないものなんて、無い方が上手く生きられるって事だけれど、金があれば、愛も物も命も感情もなんでも買える。それは正しいね。正しいからこそ、それを正しく使えなければ、愛情の大きさと重さを分からせられる通貨を上手く使えなければ、愛情というものは一気に意味がなくなる。つまり、全てに意味がなくなる訳だ。だからこそ、金より大切な物があると人は言うし、けれども人は金が好きで、金がなければ生きていけないし、金の所為で死ぬ。うん。まあいいかえると、愛より大切なものはあって、けれども人は愛が好きで、愛がなければ生きていけないし、愛の所為で死ぬんだよ。分かるかい?」
「あー、だから愛情は使いきってから死ね。って事なんですね。遺産相続とか面倒ですからね」
「まあ、そういう事だよ。遺産という名の愛を、人はこぞって奪い合う。そしていつしか、本当に向けるべき愛情を見失い、最終的には、愛を単位でしか見れなくなって、その純粋さを見失う訳だ。だからこそ、金も愛も死ぬ前に使いきって、安らかに死ぬべきなんだよ。人は」
「大事な事ですね。……ん?あれ?そう言えば、もう一つは何なんですか?」
「もう一つ?」
「小説の設定の話をしてたじゃないですか」
「ああ。そうだね。じゃあ、もう一つは、言葉が落ちてくると、それに設定は引っ付いてくる」
「言葉ですか?」
「言葉は偉大だ。小説を書いている人も、読んでいる人も、生きている人も、まずは言葉を覚えなければ今の世の中は生きていけない。誰かとコミュニケーションを取らずに人は生きてはいけないんだよ」
「でも、家から出ない人もいますよね?」
「そういう人でも生まれて来てから一度でも人と話さなかったなんて事はないだろう?人は喜怒哀楽を最初に覚えるかもしれない。愛情を覚えるかもしれない。けれどね、その感情がどういう意味なのか。どういう名前なのか知る為には、矢張り人といるしかないんだよ。人と話して、人と接して、人を知る事が大事なんだ」
「でも人嫌いな人っているじゃないですか。ああいう人たちってどうなんですかね?」
「人が嫌いになるまでの過程というものがある筈だよ。もちろん、最初っから生理的に人間という種族が受け付けれないと言う人もいるだろうけれど、そういう人は犬を飼ったり猫を飼ったり、ハムスター鳥爬虫類その他もろもろを飼ったりして、自分の愛情を向けるんだ。だから、まあ、愛情過多に育てられたペットは、ストレスで禿げたりする訳だけれど、そこもやはり、愛情が付き纏う。人はね、愛情を差し出さないと生きていけない生き物なんだよ」
「……あー、だから、愛情とかそういうものがお金であったり、色んなものに変化する訳なんですね」
「そういう訳だよ。趣味に愛情を向ける人も、家族に愛情を向ける人も、恋人に向ける人も、ペットに向ける人も、自分の創作物に愛情を向ける人も、沢山いるけれど、やはり、何も愛さない人なんてこの世にはいないんだよ。何も愛していない人は、自分の愛がそこにある事に気付いて入れない人なんだ」
「コントロール出来ないじゃなくて、ですか?」
「コントロール出来ない人が、誰かを愛したり、何かを愛しているんだよ。だからその分、お金とかに執着している人は気が楽なんだよ。それだけ愛していれば良いんだから。それがなくなれば、お終いと言うだけなんだから。かけがえなのないものがその時々で入れ替わる人の方がよっぽど、可哀想だよ。大変なんだよ」
「……常に今の恋が初恋☆な人とかですか?」
「ああ、うん。そうだね。後は、飽き性の人とかかなぁ。熱しやすくて冷めやすい人は、大変だろうね。自分の一番が何か分からなくなるんだから。気付けないんじゃなくて、分からない。でも、何か一番が必ずある人は、そんな事ないけれど、でも逆に、それがないと生きていけない。でも、それがなくても新しく見つけられる人は、何時まで経っても終われない。終われない人生なんて、終わる事が出来ない愛なんて、尽きる事のない愛なんて、悪夢にしかないだろうね」
「普通は皆それを望むんじゃないでしょうかね?」
「じゃあ、逆に聞くけれど、結婚式で永遠の愛を誓った人たちってさ、ずっとずーっとお互いを異性として意識できるのかい?何だっけ?健やかなる時も、病める時も共にいるって誓ったんだろ?共にいると言う愛は、男女の、恋人の愛じゃなくて、家族の愛だよ。家族って言うのはね、何があっても、お互い次の日はケロッとしている人の事を言うのさ。だからまあ、それが永遠なのかって事になると、多分違うね。結婚は簡単にできるし、離婚も簡単にできる。ああ、まあどこかの国だと離婚に時間がかかるみたいだけれど、それでも家族になっても人って言うのは案外簡単に離れたりくっ付いたり出来る訳なんだよ。それってさ、つまり、そうじゃないと一緒にいれないって事なんだよ」
「んー、一緒にいるから、離れたりしないんじゃないんですか?」
「まさか。四六時中一緒にいるなんてどんな苦痛だよ。人はね、愛し合っていても、離れる時間は必要だし、一人の時間は必要だ。それってさ、つまり、自分の愛情の検査をしているんだよ。測り直していると言っても良い。家族が増えれば、愛情を向ける対象が増える。それらに過不足なく、平等に愛を注ぐなんて、絶対に無理だけれど、その関係性によって、向けるべき愛情の量は違うんだから、各々各自で測り直しは必要なんだよ。人って言うのは、人間関係って言うのは、常に変化しているものなんだからさ」
「成る程ですね。で、結局、小説書いてるときって何考えてるんですか?小説の事って言っても、色々あるでしょう?」
「……まあ、だからさ、今語った事とか、全部だよ。愛情とか、人間関係の変化とか、その人の心の余裕とか、色々。登場人物だって、そういうものを抱えて生きているんだから。人ひとり分の人生を背負って、私の小説に登場している訳なんだから、私の小説に登場する人たちの人生観とか、愛情を向ける対象だとか、そういうものを意識して、私は小説を書いているんだ」
「じゃあ、最初からそう言えば良いじゃないですか。話が長ったる過ぎますよ」
「良いじゃないか。長い話。長話が出来るって事も、余裕の一つだし、何より、自分の心を全て吐露できる環境こそが、小説が生まれやすい場の一つなんだよ。そこが分からない様じゃ、まだまだ小説なんて書けないよ。人の人生を背負う覚悟というか、それを考え付くだけの頭の容量というか、それを持てるほどの要領というか、まあ、愛情が深くなきゃ、駄目だよね」
「……つまり、ずっと小説を書いていても愛情が消えないぐらいの人物に成れという事ですか?」
「そういう事。まあ、やっぱり愛情を使い切れないまま死んだら、碌な死に方は出来ないだろうけれどね。小説家とは、因果な商売なんだよ。プロアマ問わず、そういうものだ」
「成る程ですね。……ん?あれ、じゃあ、つまり、小説を掻き切れるまでに愛情が切れちゃったら、その人どうなるんですか?」
「まあ、小説に対する愛情が消えた時点で、小説家ではないよね。その愛情をもう一度手に入れられなきゃ、その人は小説を書けないだろうし、何より、やっぱり手に入れ直しても、愛情を使い切れなかったら、駄目なんだけどさ」