9章
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その日、リシュベリーはリンガ王宮にある図書室へと足を運んでいた。
この王宮に来て既に10日余りになるが、未だ正式にギルハルトの婚約者とはみなされていないことを、リシュベリーは誰に言われることなく気づいていた。
その理由もリシュベリーにとっては、何ら疑問も持ち得ないほどに当たり前のことであったのだ。
一つが、既にこの上なく友好関係が築かれた国同士であること。
一つが、今現在に於いて早急に友好関係を築かなくてはならない国が、両国共にほかに存在していること。
一つが、共に母国の王位継承権者であるということ。
そして恐らく一番の問題とされているのが婚姻が許される範囲ではあるが、祖父母を同じくする従姉妹同士を共に母に持っている、血が近しい二人であるということ・・。
ギルハルトにすれば、何一つ問題にはならないと言い切れることであったが、リシュベリーにとってはどうしても自分の気持ちを優先することが出来ないでいた。
自分は本当にこの国に来てしまってよかったのか・・・。
ギルハルトに望まれて来たとはいえ、本当にこのままこの国の王太子妃、そして行く行くは王妃として国母になってもいいのか・・・。
この国ではなく、他国に嫁いで母国の礎とならなくていいのか・・・。
まだ幼い甥である王子達の助けにならなくていいのか・・・。
長年募らせてきた恋慕が実った喜びに突き動かされ、この国までギルハルトと共に来てしまったが、日が経つにつれ冷静に考えて己の行動の浅はかさに疑問と不安が押し寄せてくるリシュベリーなのであった。
「---姫。リシュベリー姫。何かお探しですか?」
「えっ?」
図書室に来たものの物思いに耽って本棚を見るとはなしに見て立ち尽くしていたリシュベリーの耳に、不意に自分を呼ぶ声が聞こえて驚いて振り向くと、そこにはギルハルトの弟王子、カインハルトが立っていた。
「これはカインハルト様、失礼いたしました。
この国の歴史を少し勉強しようかと思いまして、歴史書を探しております。」
「歴史書・・ですか?
しかしこのあたりにあるのは、宗教関係や法学関係の書物ばかりですが・・・」
「そう・・・ですわね。」
カインハルトに指摘されて、リシュベリーは自分が図書室の中に入ってから随分と考え事をしながら奥まで歩いてきていたことに、初めて気づいたのだった。
「カインハルト様こそ、何かお探しに?」
「私は、リシュベリー姫の姿をお見かけしたので、お暇でしたら少しお付き合い願えないかと思いまして。」
そう言って、カインハルトは人好きのする笑顔をリシュベリーに見せたのだった。
傍に控えていたラナを従えて、リシュベリーはカインハルトと共に図書室を出て王宮内の廊下を歩いて行く。
その方向に覚えがあったリシュベリーはもしやという思いで、カインハルトに問いかけた。
「あの、カインハルト様。私をお呼びなのは、王妃様でしょうか?」
そのリシュベリーの言葉に一瞬瞳を見開いた後、にっこりと笑ってカインハルトは、よくわかりましたねと言ったのだった。
「私がリシュベリー姫をどちらかにお誘いしたなどと兄上に思われては、私は殺されかねませんからね。
ハッキリと私ではなく、母上がお呼びだと言わせていただきます。
母上は、姫のことを気に入られたようで、毎日でも一緒にお茶をという始末・・・
さすがにそれは姫に迷惑ですので、姫が暇なときにということで母上には了解させていますので、母上の暇つぶしに付き合ってやってください。」
「勿体無いことでございますわ。
私は今現在これといって何かをしなければいけない身でもありません。
王妃様のお申し出はとてもうれしく思いますが、正式なお茶会ですと普段着でというわけには行きません。
ですが、王妃様の個人的な午後の時間をご一緒にということでしたら、喜んでお受けいたします。」
「それを聞いたら、母上は喜びますよ。」
そうこうしているうちに、二人は王家の私室が立ち並ぶ一角へと到着した。
「母上、ご希望通りリシュベリー姫をお連れしましたよ。」
扉を叩き侍女の取次ぎの後王妃の私室へと入ったカインハルトは、すぐさま王妃にそう言ってリシュベリーを招きいれた。
「ナーシャ王妃殿下、本日もご機嫌麗しく存じます。」
王妃の前まで来たリシュベリーはそういうと、優雅にドレスの裾をつまみ挨拶をする。
その姿を見て王妃は微笑みを浮かべて、ソファへとリシュベリーを促した。
「堅苦しい挨拶はなしにしましょう。
私、本当は姫が欲しかったのに、二人とも王子だったでしょう?
だから早く王子たちに可愛い姫君が嫁いで来てくれるのだけが楽しみで楽しみで、だからギルハルトがあなたを妃にと連れて来てくれて、私は嬉しい限りなのよ。」
ソファに座りながら王妃にそう言われたリシュベリーは、一瞬身体が硬直してしまったが、すぐに失礼のないように優雅にソファへと身を沈めたのだった。
「リシュベリー姫、あなたのお暇な時でいいわ。私の話し相手になってちょうだいな。」
「私でよろしければ、喜んでお相手させていただきますが、王妃様・・・先程のお言葉は・・」
「もちろん私の本心ですよ。
陛下は愚痴愚痴とまだギルハルトに文句を言っていますけどね。
元老院の長老達もあなたのことは、妃候補として他の候補の姫とも吟味した上で認めています。
そもそも、あなたをギルハルトの妃にして良いことはあっても、悪いことなどひとつもないのですから、陛下が了承しないほうがおかしいのです。
もちろん、他国にもギルハルトに見合う姫が多数いるのは事実ですよ。
それでも、あなた以上に現在いる他国の姫たちの中でわが国の王太子妃、後の国母としてふさわしい姫は存在していないと私は思っています。
すべてにおいて、ギルハルトの妃としての条件に見合い、尚且つギルハルト自身もあなたを妃にと熱望している。」
これ以上の良縁はないでしょうと言って、王妃はにっこりとリシュベリーに再度微笑んだのだった。