7章
とりあえず2話投稿
リシュベリーがリンガ国王との謁見を済ませた翌日、ギルハルトは本人も気づかぬほど足取りも軽くリシュベリーの部屋へと来ていた。
リシュベリーとの正式な婚約、更に結婚までの問題は何かと山積みであったが、兎にも角にもずっと恋焦がれていた彼女は既に手中に収めたも同然。
すぐに逢えない他国の王宮にいた頃に比べれば、同じ王宮内に彼女がいるというだけで、ギルハルトにとってはこの上ない喜びであった。
「王妃さまのお茶会・・ですか?」
「あぁ、母上が君とお茶を楽しみたいとね。付き合ってやってもらえるかな?」
ギルハルトの言葉に快諾するリシュベリーであるが、すぐさま表情を曇らせた。
「もちろんですわ。ですが、私・・・衣装を余り持ってきておりません。
お兄さまが私の荷物は後で届けるから、お前はすぐにギルハルトさまと行ってしまえなんておっしゃって、私を馬車に押し込んでしまわれるから・・・
普段着で王妃さまのお茶会に出席は余りにも失礼すぎますし、荷物が届いてからでもよろしいでしょうか?」
そんな申し訳なさげなリシュベリーにフッと口角をあげてギルハルトは笑うと、問題ないと言った。
「君の衣装は既に帰国前に仕立て屋に注文しておいた、そろそろこちらに届けられるはずだ。
サイズは大体あっていると思っているんだが、微調整は届いたあとで急いでさせよう。」
「あ・・あの、私のドレスのサイズがなぜおわかりに?」
目の前で採寸したわけでもなく、ましてや普段ドレスを仕立てるときにギルハルトがいるはずもないのに、なぜ自分のサイズがわかるのかと思ったリシュベリーである。
そんなリシュベリーの言葉に、今度は意地悪そうに口の端で笑ってギルハルトはリシュベリーの手をとってソファから立ち上がらせると、ダンスをするときにように腰に手を回してリシュベリーを抱き寄せた。
「ずっと君のダンスのパートナーを他の男達に譲らなかった時にですよ、愛しい姫。
俺としては、何も身に付けていない君も早く抱きしめたいんだが、しばらくはお預けのようだ。」
そう、リシュベリーの耳元に唇を寄せて囁いたものだから、リシュベリーは火の出る勢いで顔を真っ赤にしたのだった。
「ギ・・ギルハルトさま・・・・あの・・・」
「なんです、我が君?」
「離しては・・・いただけないでしょうか?」
「なぜ?」
そのままリシュベリーを抱きしめて耳元で囁くギルハルトに、リシュベリーは顔を真っ赤にして身動ぎ、
「あまり・・その・・・お側近くは、恥ずかしいですので・・・」
「距離としてはダンスとさほど変わらないと思うが?」
「ダンスのときは・・・ここまで近くはございません・・」
もっとリシュベリーの反応を楽しみたいギルハルトではあったが、焦らずともまだまだ時間はあると思い、すんなりとリシュベリーの希望通りに抱きしめていた力を緩めて、再びソファにリシュベリーの身体を座らせたのだった。
「そうそう、姫。
君に紹介しておきたいヤツがいてね、連れてきているんだが・・入れてもいいかな?」
リシュベリーの向かいのソファに座り、ラナが出すお茶を受け取ったギルハルトは唐突にそう切り出した。
「ギルハルトさまがわざわざ私の元までお連れするお方です、喜んでお会いいたしますわ。」
「そう言ってくださると思ってましたよ。入れ!」
リシュベリーの言葉に目元を柔らかくしたあと、扉に向けてギルハルトは入室の許可を出した。
すると【失礼いたします】という言葉と共に、一人の青年が扉を開けて入りリシュベリーの前まで歩いてきた。
「ギ・・ギルハルト殿下!?」
リシュベリーの背後に控えていたラナが、余りの驚きに声を上げる。侍女が主人を差し置いて声を発するなど、あるまじき失態であったが、誰もそれを咎めることはなかった。
余りの驚きに声を上げてしまったラナに対して、リシュベリーは落ち着いた声で否を唱えた。
「ラナ・・・違っていてよ。
ギルハルトさまは、私の目の前に座っていらっしゃるでしょう?」
「で・・ですが、姫さま。」
ラナが驚いたのも無理はなかった。
そこにいたのは、誰がどう見てもギルハルト本人に間違いないほど、瓜二つの青年だったのだから。
「クックッ・・君の侍女には見分けが付かないらしい。君は違うのかな?」
組んだ足を揺らし楽しそうに喉を鳴らして笑ってから、ギルハルトはリシュベリーに目を向けてそう言った。
ラナの方は、どこが違うんだとばかりに立っている青年を不躾にも凝視してしまっている。
「そうですわね。
もし個別にお会いしていたら、見た目だけではすぐには区別が付かないかも知れませんわね。
それでも、この方だけを見ても私は、この方をギルハルトさまだとは呼ばないように思います。
なぜ?と聞かれますと困ってしまいますが・・・雰囲気・・とでも申しましょうか。
纏っている空気・・・なんでしょう、どうしても私には、この方をギルハルトさまだと答えるには違和感は拭えません。」
どこが違うか答えろと言われると返答に困るが、それでも彼はギルハルトではないと感じるリシュベリーには違和感があるとしか答えようがなかった。
「仕草、動作、恐らく言葉遣いや気配も同じに出来るのではないですか?」
「もちろんだ。そう訓練してあるからな。俺の影武者であり、普段は側近として公務の補佐をしているデイルだ。」
「デイル・アンバーと申します。
私がこの姿のときにお会いして、驚かれなかったのは姫さまが初めてでございますよ。
ちなみに、素顔はこの顔ではございませんので、また後日にでも。」
そう言ってギルハルトと同じ姿と声で、デイルは恭しくリシュベリーに挨拶をしたのだった。
「ギルハルトさまが影武者を置かれるほど、この国が不安要素を抱えているようには感じられないのですが・・・」
ギルハルトに向き直り、リシュベリーは率直に疑問を口にする。
それに対して、ギルハルトはフッと口の端を上げて笑った。
「確かに、国内においてはデイルの存在は、俺の側近としての仕事以外には必要ないな。
だが、対外的にはいくつか不安要素がどうしても存在しているのでね。
父上と一応カインにも、影は存在しているよ。母上にはさすがにいないが・・
それにしても、デイルと俺の見分けが付くのは姫ぐらいだな。
父上で半々、カイルや母上でさえ正解率は7割程度・・か。」
最後の言葉はデイルに向けて発せられ、デイルはそれを肯定するように頷く。
「君にも見分けが付かないようになれば、デイル・・お前は俺と入れ替わって王位に付くのも可能かもしれんぞ?」
「滅相もございません。国を治めるなどとんでもない。
私は殿下の右腕と呼ばれることこそ、本望でございますので。」
「そう言いながらも、俺の寝首を掻こうと機会を覗っているように思うがな?」
「殿下が腑抜けられた場合には、御首を頂戴いたすかもしれませんね。」
「物騒なことだ、せいぜい精進するとしよう。」
「そう願いたいものでございます。」
主従の会話の内容が内容だけに、ラナは驚きを隠しきれず、どう反応したものかと己が主に視線を向けたが、ラナの眼に映るリシュベリーは笑いが堪えきれずに肩を揺らしていた。
「我が君にはどうやら楽しんでもらえたようだぞ、デイル。」
「とてもいい側近をお持ちですわね、ギルハルトさま。
ギルハルトさまのことを、よく考えて、とても理解していらっしゃる。」
にっこりと笑ってリシュベリーがそう言うと、ギルハルトは嫌そうな顔をしたのだった。