4章
本日も2話投稿
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ありがとうございます。
緑深き自然豊かな大国、デルタ王国。
その王国の首都デリオルの中心にあるデルタ王宮は、優美なという形容詞が付くほどの静かな佇まいを持つ王宮である。
その優美で静かな王宮が、その日は天地をひっくり返したほど騒然としていた。
デルタ王国王宮の奥深く、国王の私室で行われたデルタ国王とリンガ国王子の私的な会合より一晩明けた日の午後、デルタ王国王妹リシュベリー姫は傍近くに仕えていた侍女頭と共にデルタ王宮からその姿を忽然と消してしまっていた。
その事態に王宮の主だった者達が気づいたのが、今朝早くのことだったのだ。
デルタ国王ベルオットは事情を知らずに慌てふためくそんな家臣達に向けて、
「リシュベリーはギルハルト王子に嫁がせることにしたから、ギルハルト王子に連れて帰らせたよ。
そういうことだから、皆騒ぐ必要も捜索の必要もないからね。」
と近所の子どもに子猫でもあげたかのように、軽く伝えたのであった。
それを聞いて一番驚いたのは、デルタ王国の宰相バルモンである。
「それはどういうことでございますか、陛下!!!
リシュベリー殿下は仮にも今現在この国の第三王位継承者ですぞ!!
もし万が一にも、王子達にもしものことがあった場合・・・」
「オリシオンは無事に成長して私の後を継ぐから、そんな心配は必要ないよバルモン。
元気いっぱいに育っている、やんちゃ坊主じゃないか。」
第一王位継承者である10歳になる己の息子をやんちゃ坊主と呼び、宰相に対してベルオットは心配無用だと言い切る。
「ですが陛下、万が一ということが・・・」
「くどいよバルモン。それではまるで、オリシオンやレオナルドに死んでくれと言っているようにも聞こえるよ?」
「そ・・そのようなことはございませんが。」
ベルオットの細められた目に射竦められ、宰相は冷や汗をかきながら否定する。
「じゃあ、何も問題ないよね?
私の可愛いリシュベリーも、ギルハルト王子の下に嫁げるなら幸せだと思わないかい?」
にっこりと笑って言うベルオットに、宰相は底知れぬ恐怖を覚えつつも、平静を装って頭を垂れたのだった。
「はっ・・真にリシュベリー殿下には、申し分ないお相手かと。」
「ということで、バルモン。
リシュベリーの花嫁準備はお前に任せるから、私の妹として恥ずかしくないように準備してリンガ国に送っておくれ。」
「かしこまりましてございます。」
この日、温和な見た目に反して、腹黒いベルオットの闇の部分を垣間見た気がした宰相なのであった。
この世界には蒼の大陸と朱の大陸の2つの大陸と無数の小島が存在していた。
2つの大陸には、4つの大国とそれを取り巻く無数の中小国家が存在している。
4つの大国のうち、1つは蒼の大陸の中心に位置し、国土の大半が森と平原であり、狩猟・放牧・農業など生産業が盛んなデルタ王国。
そして今現在2つの大陸の中で一番の大国とされているのが、大海に面し海を通じて他国との貿易が盛んなため、商人と職人達が多く集まる商業国家のリンガ国。
この二国間はこの百数十年の間友好関係にあり、現国王の祖父の代までは幾度となく、王家や有力貴族の間で婚姻関係が結ばれて来ていた。
その為、現状では近しい血が交わり過ぎる近親問題と、政略的な婚姻は必要ないとされ、デルタ王国王妹リシュベリー姫、リンガ国第一王子ギルハルト、二人の結婚相手の候補には朱の大陸の二大国を始めとした、他国の王子と姫が各国の思惑と共に複数挙げられていたのだった。
しかし、そんな国政など眼中に全くない人物が一人。
それがギルハルトなのであった。
ギルハルトは一目惚れしたリシュベリーを妃にすべく、折を見ては足繁くデルタ王国に来訪し、ベルオット王にそれとなく打診しつつ、リシュベリーに自分の好意を隠すことなく見せてきた。
そんなギルハルトにリシュベリーも魅かれつつ恋心を募らせていたが、己の立場をギルハルト以上に理解し、また母国のための自己犠牲の精神が強かったリシュベリーにとって、この恋は実るはずも、実らせることを願うことも現実ではなかった。
それが一転して、ギルハルトからの求婚、非公式とはいえ兄王からの許可と後押しが出たため、片思いの相手が今では非公式ながら婚約者という立場になったのだった。
デルタ王国王宮がある首都デリオルから、リンガ国王宮がある首都オレリオまでの距離は通常は馬の足で20日前後といったところである。
これはデルタ王国が丘陵地にあり、リンガ国が平地にあるためで、旅程に峠越えなどの難所がほぼ皆無だからであった。
同じ位置関係でも、逆方向に行く場合では山越えなど旅程は倍以上違うことになるのであった。
ギルハルト一向の旅装は機能性に富んでおり、必要最低限の荷物以外は持ち運びしなかったためデルタ王国に来るときは15日ほどで到着していた。
しかし、今回の帰路にはギルハルトが本人と兄王許可の下で連れ帰ってきたリシュベリー姫と、侍女頭のラナが同行しているため、リシュベリーの身の回りの最小限の荷物を載せた荷馬車一台と、リシュベリーとラナが乗る馬車が追加されたために、デルタ王国を出立してから30日過ぎた現在、首都まであと1日ほどの宿場街に到着したところであった。
ちなみにこれだけリシュベリーの身の回りの準備をしていたにも関わらず、デルタ王宮の主だった者たちがリシュベリーが王宮を出たことを知らずにいたのは、すべてベルオットの子飼いの者達と侍女頭であるラナの力によるものであった。
リシュベリーが乗る馬車の小窓をコンコンと叩く音が聞こえ、ラナが返事をする。
「何でございましょう?」
「我が君はお疲れではないかな?」
「これはギルハルト様!失礼いたしました。」
小窓を叩いた相手がギルハルトだとわかり、すぐさま非礼を詫びて開けるラナに、ギルハルトは気にする様子もなく、並走する馬から小窓を覗き込んで不敵に笑う。
「もうすぐ最後の宿場街に到着する。
そこで一晩宿をとり、明日の朝王宮へ向けて出立。
何事もなく進めば、明日の昼過ぎには我が王宮に到着する予定だ。」
「ギルハルトさま。」
「なんです、我が君。」
リシュベリーの声に、柔らかい目を向けて応えるギルハルトであったが、その顔を彼の従者やリンガ国の者たちが見たならば驚いたかもしれない。
ギルハルトがそんな表情を向ける相手は、リシュベリー唯一人であったから。
「私はこのまま王宮に入っても、本当によろしいのでしょうか・・・
公式な訪問でも、ましてや訪問の先触れも出しておりません。」
心配そうに言うリシュベリーに対し、ギルハルトは問題ないと答えた。
「先触れは早馬を走らせているので大丈夫。
俺が君を連れ帰ることは、すでに父王には伝わっていることだ。
君に求婚したことも、ベルオット陛下から許可を貰ったことも文書にしたためて父上に送りつけた。
更に君を連れ帰ることも、それをベルオット陛下が了解していることも認めたベルオット陛下の親書を付けてある。
君は何も心配することはないよ。」
「ですが・・・」
「そんな憂い顔はしないで欲しいな?
我が君には、笑顔が一番よく似合う。
君の笑顔は俺にとっての活力の素でもあるから、笑顔でいてくれないと俺の活力もなくなる。」
「まぁ、ギルハルトさま。
それでは私の機嫌だけで、ギルハルトさまの機嫌まで左右されてしまうみたいですわよ。」
苦笑するリシュベリーに、ギルハルトは口の端で笑って。
「そのとおり。君の機嫌一つで、俺の機嫌も変わるんだよ。」
と言ったのだった。
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