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八章 治療



 予想通り、聖樹さんは突然訪れた血だらけの友人に吃驚仰天した。

「いきなり強い酒飲んで胃を痛めちまったみたいなんだ。二階で横にさせてくれ」

「はい、勿論どうぞ。そちらのお二方は?」

「私の友達です。こちらの神父さんはお医者さんで」

「分かりました」

 聖樹さんの力で森の入口から一瞬で小屋まで移動。ウィルを先頭に二階へ上り、奥の部屋へ。真っ白なシーツの上に、未だ荒い息の彼女を横たえた。

「後は頼むぞ」船着場からずっと背負って疲れたらしく、座り込んで深い息を吐く。「何か必要な物はあるか?」

「清潔な布と沸騰させた湯を。処置後に身体を拭きます」

「あなた、気絶したレディの肌を触る気?私がやるわ」

「はい、お任せます王よ」

 ジュリトさんはそう言うと自分の黒い鞄を開けた。消毒薬の瓶とガーゼ、輸血道具の針とチューブのセット、それに二リットルは入る空の血液パックを取り出した。

 慣れた手付きで左腕の静脈上を消毒し、的確に針を入れる。次の瞬間、血がチューブを勢い良く流れ出しパックの中へ見る見る流れ込んで行く。通常の物とは明らかに異なる、ぞっとする程黒い液体。

(これが、アイザの身体の中に……)

 道理でここ最近ずっと具合が悪かった訳だ。この治療で回復出来るよう、私は祈った。

「血圧が随分高いですね。正常ならもっと遅く落ちるのですが」

 よく見ると針の数センチ上に赤み、真新しい注射痕があった。宝さんが検査のために血を採ったのかもしれない。

 神父さんが左腕を軽く揉み解すと、ゆっくりになりかけていた流れが再び速くなる。

「布と湯持って来たぞ。今からエルに電話して天宝へ連絡してくる」

「なら坊ちゃま達も下に連れて行って下さい。現状出来る事はありません」

 断言した同族に、私は一つお願いを口にした。

「一度だけ氣を送ってもいいでしょうか?このまま降りて行くのはとても……怖くて」

 意識不明の友人は、今にもその鼓動を止めてしまいそうで。

「勿論構いませんよ」

「ああ、その方がアイザも早く良くなる。行くぞ、オリオール」

「うん」

 バタン。私は数度の深呼吸の後、ありったけの氣を握った手に流し込んだ。押し潰されそうな彼女の氣を守り、元気を取り戻せるよう包み込んで。

 ふと顔に触れる温かい物。母が湯で絞った布を額に当ててくれていた。

「汗が出てるわ。無理しないで」心底不安そうな赤い瞳。「友達のためだから、仕方ない事だとは思うけれど……」

「ありがとうございます」手を離してベッドに置く。「済みません、ええと」

 今更ながら、記憶が無いのに母と呼んでもいいのだろうか?迷いを読んだ彼女は口の端を上げる。

「メノウよ。メノウ・マクウェル。でも出来れば今まで通りかあさまと呼んで欲しいわ」

「はい。ではかあさま、ジュリトさん、後はお任せします。私、何か食べられる物を作ってきますね」

 遊園地を出たのが夕方四時前。もう窓の外は真っ暗だ。

「ホント?まーくんは優しい子ね。ありがとう」

「お気遣い痛み入ります」

 一階のリビングでは、家主が壁掛け電話に張り付いて話をしていた。その横ではオリオールが聖樹さんに嘘の事情を一生懸命説明中。ダイニングテーブルには既に夕食、オニオンスープとバケット、茹で野菜のサラダが並んでいる。

「でねお姉さん、いきなりウォッカ一気飲みしてグハッ!て!もう僕達吃驚しちゃって、兄様なんて気絶寸前だったんだよ!!」

 どうやら二人の相談の結果、原因はお酒と言う事になったようだ。私も質問されたら話を合わせないと。

「それは大変でしたね。お店の方は大丈夫だったのですか?」

「多分。お兄さん達がメーワクリョウ払ってたし。でも勿体無いなあ。折角飲み放題にしてたのにー」

「はは。―――おや、誠様」

 聖樹さんはいつも通り朗らかに笑っている。微塵も疑っていない……訳無いよね?まぁ気になったら自分で例の『情報源』に尋ねてくれるだろう。

「どうですか容態は?他に必要な物があれば何でも仰って下さい」

「今の所は特にありません。食事も後で私が持って行きます。聖樹さんは何も心配しないで下さい」

 白い眉毛の下の細い目が一瞬光った、ような気がした。その後ふふ、分かりました、含み笑いのままキッチンへ。盗み聞きはしませんよ、と配慮してくれたようだ。


「―――ちょっと待て、マジで言ってんのか?」


 無意識に電話のコードを指に巻いたり解いたりを繰り返すウィルの表情は険しい。「目の錯覚とかじゃないんだな?」どうしたんだろう?

「ああ、だがこっちもしゃけ、いや急性アル中の治療が済むまで、とてもじゃないが無理だ。―――まーくんか?いるぞ」受話器を私に差し出す。「電話だ。エルから」

「あ、うん。―――もしもし」

『誠、ジュリト神父を説得して、今すぐシャバムまで来てくれ。君の頼みなら彼も聞かざるを得ない。今日はあのヘッドフォンを着けてないよね?』

「うん。で、でもまだアイザが目を覚ましてないのに……」

 処置したとは言え、傍目からも容態は予断を許さない。そんな状況で治療出来る私達が離れ、もしもの事があったら……。

『ああ、分かった上で頼んでいるんだ。彼にはそっちに残った兄上と逐一連絡させる、それならどうだい?』

「無茶言うなエル!俺も“魔女”も素人だぞ。具合が急に悪化したらどうするつもりだ!?」受話器の横からウィルが怒鳴る。

『ならアイザを担いで一緒に来い。こっちには時間が無いんだ』

「どう言う事……誰か、死にかけているの?」

 ヤシェだよ、新聞記者の。友人は切羽詰った声で言った。

「え?」

 ヤシェさんが?数日前に喫茶店で会った時は、あんなに元気だったのに……。

『しかも性質の悪い事に、「この状態で」まだ生きている。だが、このまま何の手も講じなければ確実に死ぬ。僕は政府として何としても猟奇的殺人犯に関する証言を得たい。僅かに死期を遅くするだけだとしても、ね』

「ヤシェさんはエルの友達じゃないの?」

 冷静過ぎる、と困惑したのは本当に一瞬だった。

『おいおい誠。彼女とはビジネスで偶々知り合っただけだよ。そんな感傷的な感情は無い、と言えば嘘になるけど、彼女もジャーナリストだ。伝えたい事があるなら何とか聞いてやろうってだけの話さ』

 言葉とは裏腹に、友人の声は悲しげな色を帯びる。

(どうしよう……力になりたい、でも)あの状態のアイザを置いて行くなんて……。

「どうしてもジュリトさんでないと駄目?私じゃ」

『無理だ。少なくとも彼女を喋らせるには高度な医術のスキルが要る。かと言って普通の医者にも治療は無理だ』

「だろうな」団長はどうやらヤシェさんがどんな状態か聞かされているようだ。「確実に卒倒物だ」

『頼む!こうしている間にも衰弱が進んでいる!今喋らせないと永遠に証言は闇の中だ!!』

 相当焦った声に、私は覚悟を決めた。


「ウィル。行っても……いい?」


 ヤシェさんには今まで何度もお世話になった。仮令助けられなくても、出来る事があるなら。

 ウィルは拳を強く握り、唇を噛んだ。

「ごめんなさい、勝手に決めて。でも、私……」

「いや。まーくんならそう言うだろうと分かっていたんだ。俺こそグズグズ言って悪かった。―――エル、今から超特急で行かせる。それまで絶対保たせろ」

『分かった、ありがとう誠。政府館の医務室で待ってるよ』

 時間が無い。彼が受話器を置くのを横目に見ながら、私は階段を駆け上がった。音に驚いた母が中からドアを開けてくれた。急ぎ部屋に入り、二人に事情を説明する。

「いいわ、行ってあげなさい」

「しかし王」

 不死王は反対する神父さんを睨み付け、マニキュアを塗った人差し指を突き付ける。

「否は許さないわ!まーくんがその人を助けたいと言ってるの!黙って力を貸してあげなさい!!」

 言うなり床に置いてあった鞄を拾い上げ、彼に押し付けて強制的に椅子から立たせた。

「この子は私が看ているわ。針は何時抜けばいいの?」

「そうですね……取り敢えず血液がこの線まで溜まったら外して下さい」パックの半分の所に書かれた赤い線を示す。「抜いた後、この注射器に採血を。それと、これで血圧を測ってメモしておいて下さい」

 鞄を一度開け、長方形の薄いモニターと腕に巻き付ける器具が一体になった物を手渡した。病院で使われている血圧計をもっとコンパクトにした物のようだ。これも魔術機械なのかな?

「目を覚ましたら眩暈や吐き気の有無、その他不快症状を尋ねて下さい。恐らく咽喉が渇いている筈なので常温の湯冷ましを充分与えるように。とにかく、どんな些細な異変でも即電話を頼みます」

「分かったわ―――まーくん」

 ポン。私の頭に手を置き、髪を軽く梳いた。


「行ってらっしゃい」





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