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七章 予期せぬ邂逅




「楽しかったな」


 “碧の星”行き定期船のボックス席。沈んだ誠を前に、俺はわざと陽気に言った。

「オリオール、お前は何が一番楽しかったんだ?やっぱジェットコースターか?」

 土産のにゃーこチョコレートクッキーの箱を横に置いた少年に尋ねる。

「勿論。ねえ、今度来る時はナイトパレードまでいようね。すっごく綺麗らしいよ」

「ああ、そうだな。まーくんは何が」

「………」

「あー、えっと」額を掻く。「ほら、傷はもうまーくんが治してくれた訳だし、もう全然大丈夫だからさ」

「―――燐さんじゃないなら、一体誰にされたの?」

 俯いたまま辛そうな声を出す。

「いや、だから気にしなくていいんだって」

 鏡の世界の幼児、それも誠に姿だけは良く似た、にやられたとはとても言えない。正体不明な上、どう説明しても彼に不要な責任ばかり感じさせてしまうに違いないからだ。

「でも、独りでに絞めた痕が浮かび上がるなんて有り得ないよ」首を横にふるふる。「それに燐さん、“黒の城”でウィルを蹴飛ばして階段から落としかけたもの……」

「いや、あれは半分お巫山戯で」

 あの不気味な餓鬼の攻撃に比べれば児戯に等しい生温さだ。それに奴との訓練を思い返し、自分なりにこの一週間鍛錬を積んできた。次あれが仕掛けられても反撃出来る自信はある。

「でも兄様。あの赤いの、燐のお兄さんにしては小さかったよ?指の痕が僕と同じぐらいだったもん」

 両掌を広げ、ほら、これぐらいだったでしょ?指をバラバラ動かす。

「確かにそれは私も思ったけど……でも、子供が犯人なんて余計考えられないよ。まずウィルの首まで手が届かないし……やっぱり大人でないと……」

 拙いな、別人格犯人説にかなり傾いてやがる。あいつの名誉のためにも、それだけは否定しとかないと。

「ああ、オリオールの言う通りだ。絞めたのは燐じゃない。信じてくれ」

「なら、誰?」

 疑念と悲哀の眼差し。真実を口にしない限り許さない構えだ。

(くっ……一体どうすれば)


「ウィルネスト!!」


 困り果てた俺の耳に聞こえた救いの声は、やけに熱っぽくて敵意の棘塗れだった。




「見つけた!観念する事ね!!」


 傍から見れば、三角関係の痴話喧嘩にしか見えないだろう。強ち間違いではない。俺と奴は確かに後ろで怯える誠を巡って対立し、出会えば戦う宿命を負っている。

「おい!船内で暴れたらお前も只じゃ済まないぞ!!」


 ゲホッ……ゲホッ……。


「関係無い!あなた達を逃がす事の方が私にとっては大問題だわ!」

 “炎の魔女”の右手が空間を撫でると、燃え上がる業火と共に美麗な装飾の長斧が現れた。構えた姿は小説の中の勇ましい戦乙女さながらだ。

(やっぱり綺麗な女だな)

 これが母としての強さか。

「止めろ!船が燃えちまったら、お前も宇宙に放り出されてあっと言う間に窒息死だぞ!!」


 ゲボッ……。


「そ、そうです……とにかく落ち着いて、かあさま」

 息子からの懇願に、さしもの奴も表情を変える。

「可哀相なまーくん。あなたは騙されているだけよ、この殺人者に。さあ、お家に帰りましょう」

 相変わらず誠を殺したとの主張も、八つ裂きにして灰すら燃やし尽くそうとする程の憎悪もあるのか。勿論俺にそんな記憶は無いが、本当なのだろうか?

(でも、“黒の森”の連中が攻めて来た時、こいつは俺に誠を任せて『逃げろ』と……)

 “魔女”自身にも迷いがある、のか?

「嫌です、私は帰りません」

 背中にさっきから震えっ放しのオリオールを庇いつつ、誠は断言した。

「お願いします、今だけは戦うのを止めて下さい。定期船が壊れたら、私達どころか乗客の皆さん全員が死んでしまいます。“碧の星”の船着場の時のように……」


 ゲホ……ゴホッ……。


「ならそいつと、その裏切り者だけ燃やしてやるわ」

「そんな……」

 懇願を断られ、息子は酷い落胆の表情を浮かべた。

「―――交渉決裂だな」横から口を挟む。「なら女王様。武器魔術無し一発KO勝負でどうだ?流石に愛息子を宇宙へ放り出したくはないだろ?」

 剣を収めたまま、両の拳を構えてファイティングポーズを取る。

「殴り合いですって?野蛮なアイデアね。だけど―――」カンッ!真っ赤なハイヒールを床に叩き付ける。「悪くないわね。受けて立つわ!!」


 ゴフッ!


「ま、待って二人共!さっきから何か、聞こえない……?」


 ガッ!ゲホッゲホッ!


「この客室、僕達以外にも誰かいるの?でもこの音……吐いてる?」

「そんなの知らないわ。大方酔っ払いでしょう」

 すっかり乗り気の“魔女”は艶然と微笑み、獲物を仕舞って下段蹴りの構えを取った。


「だから、待って下さいと言っているんです!!」


 息子は決然と言い放ち、つかつかと客室の後方へ向かう。喘ぎ声を頼りに歩き、座席を見つけて飛びださんばかりに目を見開いた。


「アイザ!!?」


 呼び掛けに吃驚して俺達も慌てて通路を走る。ボックス席一組を占領し横たわっていたのは、確かに俺達白鳩調査団の一員だった。


「お嬢さん!!?」


 “魔女”が血相変えて彼女の元へ駆け寄る。何千人と殺してきた冷血女でさえ、親切な店子に対しては意外と脆いらしい。

「酷い臭さだ……こんな血、初めて見るぞ」

 嘔吐によって座席下に出来たどす黒い血溜まりは、これまでの異常な事件でさえ嗅いだ事が無い程甘ったるく、独特の異臭を放っていた。

 ガッ!目の前で起きた吐血に瞬きすらせず、“魔女”は冷静に状況を把握して指示を飛ばす。


「ウィルネスト!船員に頼んでバケツか何か、とにかく吐瀉物の受け皿を用意して!」


 うつ伏せだった彼女の身体を素早く横に向かせ、窒息しないよう気道を確保する。


「座席を後ろへ動かすわ!まーくん、ここに来て診てあげて!」

「はい!」


 座席のレバーを引き、処置用スペースを空けた。更にリクライニングを目一杯倒し、後ろに行って慣れた手付きで背中を擦り始める。

 船員に頼み込み、俺とオリオールが掃除用バケツとウエットティッシュの箱を借りて戻って来た時。膝を付いて患者の前に座った誠は、深刻な様子で氣を送っている最中だった。

「ここでいいか?」床に広がった溜まりをティッシュで急ぎ拭き取り、その上にバケツを置いた。「どうだ?」

「駄目……」今にも泣き出しそうな顔で呟く。「どうしよう……私じゃどうにも出来ないよ……こんなに苦しんでるのに治せないなんて……」

「どう言う事、兄様?」

「原因は分からないけど、身体中悪い氣に冒されてて……でも、何故か浄化出来なくて、それで」

「彼女を治すには医者がいるようね。でも、この船に都合良く乗っているかどうか」

「待て」記憶を引っ張り出す。「短縮番号の三番」

「!?そうね、ジュリトならひょっとしたら」

 ドレスのポケットから白い携帯電話を取り出し、慌ててボタンを押す。

『はい』

「ジュリト、今すぐ来て!まーくんが!」

「本当ですか!?」声は凄まじく近くでした。監視中の神父はすぐ後ろの客室から飛び出し、嘘とも知らず最敬礼した。

「王よ!坊ちゃまがどうなさったのです!?」

「こっちに来て!」

 案内された奴はまず目の前の惨状に表情を硬くし、血の臭いに唇を歪め、それから誠の深刻気な顔に条件反射で駆け寄った(何て不死族の本能に正直な奴)。

「ど、どうしました坊ちゃま!?そのようなお顔をされて」

「ジュリトさん、来てくれたんですね」血塗れの友人を指差し「助けて下さい。私ではとても手の施しようが無くて……」

「分かりました。坊ちゃまは休んでいて下さい」

 神父は真剣な表情で額や頬に手を当て、首筋から脈を取り、その後衣服の上から触診した。その度、眉間の皺が急勾配になっていく。

「どうなの?治せるんでしょうね?」

「……こんな重症の多血は初めてです。何があったらこうなるのです?」

「多血?」

 聞き慣れない病名だ。

「簡単に言うと貧血の反対です。この女性の身体は今、許容量を遥かに超えた血液に冒されている」血の臭いを掌で仰いで嗅ぐ。「吐血は通常だと消化器系疾患の兆候ですが、どうやら彼女の場合は多血への拒否反応のようですね」

「治療出来るの?」

 不死王の声は先程までと打って変わって不安気だ。本気でアイザを心配している。

「勿論。瀉血で余分な血液さえ出してしまえば症状は治まります。ただ器具はともかく、彼女を長時間寛がせられる寝床と着替えが必要ですが」

「それなら大丈夫です。次の船着場で降ろして下さい」

 言って誠が俺に向かって頭を下げた。

「ごめん、ウィル。また聖樹さんに嘘を……迷惑掛けたくないのは知ってる、でも他に方法は」

「いいんだ。爺には俺が何とか誤魔化しとく。まーくんは何も心配するな」

 それでも彼はもう一度謝った。その痛々しい姿に、悲鳴を上げそうな程胸が痛む。

(駄目だな……今はこんな事で思い煩わせてる場合じゃないってのに)

「僕も上手く言ってあげるよ、お兄さん」

「ああ、頼む」

 だから、そう横で出された助け舟が心底有り難かった。




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