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六章 病床の蝶




 酷く厭な夢を見た。


「……っ……ぁ」


 まただ。口を開けるとムワッ!錆みたいな臭いと断続的な吐き気。重い頭は鈍痛を訴え、身体は眠る前より一層熱っぽい。

(夢は夢……性質の悪い風邪引いたせいだ……)

 悪夢の中、アタシは囚われの蝶だった。巨大蜘蛛の巣に四肢を磔にされて、餌になる寸前でいつも目が覚める。

 寝込んで何日になるだろう。下から従業員達のお喋りと食器の上げ下げの音がする。いつもなら今頃アタシが皆の昼ご飯を用意するのに……。


 キィ……。


「アイザ、起きたのね。大丈夫?何か飲み物を持って来ましょうか?」

 母が着る新品の白いエプロンから、味噌汁と焼き魚の美味しそうな匂いが漂ってくる。けれど気分が悪過ぎて全く食欲が湧いて来ない。

「ごめんなさいお母さん。また食事の支度させちゃって……」

 長い間監禁され、まだ外での生活にも慣れていないのに。

「いいのよ。アイザが小さい頃は毎日作っていたもの。やっと勘が戻って来たわ。それより具合はどう?」水仕事をしたばかりの冷たい手が額に当たって気持ち良い。「まだ熱い……氷枕を替えましょうね。食べ物は、お粥よりジュースの方がいい?」

「うん……水と、オレンジジュース、まだある?」一刻も早く酸味で口の中をサッパリさせたい。

「ええ。ちょっと待ってて」


 キィ、バタン。


(本当アタシ、どうしちゃったんだろ……?)

 母が生活に慣れるのと反対に、自分の体調は段々悪化して遂に寝込む有様。店の仕事はおろか日常の家事さえ出来ないなんて。このまま衰弱したら本気で―――死ぬ、かも。

(ううん、大丈夫。昨日宝爺が採血してくれたじゃない……きっとすぐに原因を突き止めて、いつもみたいに一発で元気になれる薬を出してくれる)


 キィ……。


「四……?ありがとう、心配して見に来てくれたんだね……」

 見慣れた無精髭さえ、目にできただけ涙が出る程嬉しかった。彼と会うのは何日振り?

 大きな手が労わるように頭を撫でてくれる。その温かさが、どんな妙薬より病を治してくれる気がした。

「ごめんね、家事も仕事も押し付けちゃって……」

 忙しくてろくに食事をしていないのか、横に振られた頬骨の辺りの肉が少し落ちていた。彼に負担を強いた事が病苦より余程辛く、悔しい。

 恋人のようにキスして熱く抱き締めて欲しい、なんて言わない。ただ一秒でも長く傍にいてくれさえすれば、もう充分幸せだった。

(好きだよ四……世界で、一番)

「お昼はもう食べたの?―――なら早く降りて摂って来てよ。折角お母さんが用意してくれたんだし」

 弱っている所を見られたくないばかりに、アタシはわざと明るく言った。

「アイザ、持って来たわよ」

「アタシもご飯にするから、ね?」

 ああ、名残惜しそうな目をしてくれている……それだけで胸が熱くて、愛おしさが身体中を焼く。

 二つのコップをお盆に乗せた母が入って来る。入れ違いに部屋を出て行こうとした彼は、一瞬だけ彼女の方を向く。伸びた前髪に隠れ、どんな目をしているかは見えなかった。




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