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五章 自由の甘い味



 白衣でない、色も形も様々な服を着た数え切れない人達。砂で埃っぽい黄土の地面。複数の呼び込みの声。TVや雑誌でしか知らない、物を売るお店。箱の隙間から垣間見えたのはそうした活気ある街、夜那珂の光景だった。


「ここならいいだろう。出るんだ」


 声に一拍遅れて箱の右側面が開き、私は屈んだままの身体を伸ばして脱出した。隣には見慣れた白衣ではなく、帰り際に良く着ているシャツとジーンズ姿の飛 フェイ・クー。こうして見ると周りと違和感無い格好だ。

「こっちだ」

 私は頭に巻いたショールを整え、周りに倣って口元を隠す。

「これで大丈夫?」

「ああ、多分な」

 TVで見たアイスクリーム屋さんは歩いてすぐそこだった。飛がバニラのソフトクリームを二つ注文し、受け取ってお金を払う。私は買い物が珍しくてついまじまじと観察する。

「ほら」

「ありがとう」

「すぐそこに静かな公園がある。行こう」

 連れて行かれた先は、研究所の中庭みたいな樹や花の沢山ある開けた場所。実物の犬や猫が僅かな芝生の上で日向ぼっこしている。


「いただきまーす!」


 樹の下のベンチに並んで座り、ガブッ!白いクリームに齧り付く。


「美味しーい!こんな甘い物、生まれて初めて!!」


 もう二度と食べられないかもしれないので、惜しみながら少しずつ味わう。飛は私と違い、あっと言う間に食べ終わって手をパンパン振るった。

「アイシャ。反対側」

「きゃ!」

 食べるのに夢中で、人差し指の上へ垂れるクリームに全然気付かなかった。慌てて舐め取る。

「ソフトクリームはただでさえ溶けやすい上に、この陽気だからな」

「先に言ってよ!飛の意地悪!!」

 訴えつつコーンの最後の一欠片を放り込む。彼はさして気にした風でなく、ハンカチで口元を拭ってくれた。

「満足か?」いつものようにボソボソ話す。「もう一つ食べたいなら買って来るが」

 素直に頷くと、三分後。今度はチョコレートのソフトクリームをくれた。今度は気持ち早目に食べ終える。

「意外とお腹一杯になるのね、アイスって」

「砂糖と生クリームが沢山入っているせいだろう」

 飛の返答はいつも通り何処かトンチンカンで、思わずクスッとしてしまう。


「ねえ、飛」

「何だ?」


 赤ちゃんの頃から育ててくれた、親代わりの研究者。そして初恋の人に質問をぶつける。

「どうして連れて来てくれたの?実験体を研究所の外へ出すのは規則違反なんでしょ?」

「あれだけ毎日アイスアイス言っておいて……まぁ、気紛れ、だ」

 そう言って恥ずかしそうに頭をぽりぽり。

 二十代に見える飛は今年で四十歳。既に私の倍以上の年齢だ。抗老化研究の実験で、数種類の薬と金属製の人工部品をあちこち、特に腕は殆ど、埋め込まれているお陰らしい。

「済まなく思っているなら、検査への文句を少し抑えてくれ。毎回別部署の連中から虐待だのDVだのと言われている」

「だってあの注射、本当に痛いもの。しばらく胸が苦しいし……」

「分かっている。あれには肺を縮小させる服作用があるからな。今、隠者ハーミットが対処薬を開発中だ。完成すればかなり軽減される筈」

「本当?」

 飛の上司、彼と同い年のハーミットおじさん。彼とは違い既に初老で、薬学専門の科学者だ。ハーミットとは暁十字研究所内で使われている通称で、タロットカードのアルカナから取っているらしい。因みに所長さんは皇帝エンペラー

 二人は“アルカツォネ ナンバーXII”、つまり私を研究している。名前通り私には上にクローンの姉が十一人もいたらしいが、様々な理由で既に皆死んでしまったそうだ。飛達も詳しい事は知らないと言っていた。

「ああ、多分な」

 名前とは裏腹に時折寒いギャグを飛ばしたりするハーミットとは違い、飛はとても慎重な性格だ。他チームの科学者達と比べても口数は大分少ない。―――そこも好きな理由の一つ。

「ねえ、また外に連れて来てね。今度は私、環紗って街の善哉が食べたいなあ」

 甘え声で囁くと、次の検査が終わったらな、育ての親は困り顔で呟いた。

「やった!」

「やれやれ……往復半日以上か。ハーミットが巧く誤魔化してくれるといいが……」

 溜息を吐く彼とは正反対に、私は来月の検査が早くも待ち遠しくなってしまった。




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