三章 発見
キィ。「失礼します」
シャバム新聞社の玄関から入ってきたのは、政府員の制服を着用した黒髪ショート女性。予約時間通りの来訪を受け、受付で書類を整理していた中年の女編集者は腕時計を見る。
「流石噂の美人敏腕秘書。五時丁度ね」
詩野 美希は恥ずかしそうに照れつつ、受付リストに名前と現在時刻、訪問理由を流暢な字で記帳した。
「ねえ詩野さん。式は何月?独占取材は無理としても、エルシェンカ様にうちに良いポジション頼んでおいてくれない、ね?」
右手を口紅で真っ赤な唇の前に立てる元同僚に対し、秘書は朗らかに微笑む。
「まだ日取りも、お呼びする方も検討中ですので何とも。確かにシャバム新聞社さんとは懇意にさせて頂いていますけど、エル様が取材許可を出されるかどうかは……」にっこり。「もし歴史ある御社をお呼びできなかったら、少しの間とは言えここで働いていた私も残念です」
「ちょっと会わない間に随分強かな子になったわね。エルシェンカ様の傍にいると、誰でもそうなってくるの?」
「何の事です?」
編集者は政府筋担当者の横に立ち、記事内容を穏便にするよう命じる自分を思い描いた。
「今日の目的は資料閲覧ね」
「はい。図書館よりもこちらの方が落ち着いて調べられますから」
「分かった。今は誰もいないから御自由にどうぞ。後でコーヒーを差し入れするわ」
「ありがとうございます」
秘書は頭を下げた後、書類の入ったショルダーバッグを持って二階へ。迷う事無く数年分の新聞が収められた資料室のドアを開ける。
「失礼します―――っ!!!?」
部屋の奥棚には、一ヶ月単位で横向きに収納された新聞。新しい物は奥右側のバインダーに挟まれて掛けられている。手前右には作業用のテーブルと数脚の椅子。つまり手前左側は空間的に空っぽだ。勿論それは別な資料を持ち込んだり、月に一度溜まった物を整理するための作業スペースなのだが、この時はどちらでもなかった。
「あ、ぁ……!!」
床一面に赤い液体が飛び散り、乾いた溜まりを形成している。その中央に死体。噎せ返る臭いは間違い無く本物で、リアルだ。
状況的に死んでいるのは明らかなので、詩野 美希は身元を確認しようと恐る恐る近付いた。ポケットからビニール手袋を出し、血の池に左半分を沈ませた頭部を仰向けにさせる。
「…………ヤシェさん?まさか……」
声に応じて一瞬見開かれた瞼が瞬いた、そんな錯覚が起こる。
「詩野さん、入ります―――!!?」
ガチャンッ!トレーと共に落ちたカップとソーサーが割れ、黒い液体が破片と共に飛び散る。
「ヤシェ……?あ、ああ……!」
同僚の惨状に崩れ落ちた編集者を片腕で支え、秘書は鞄の中から携帯を取り出して短縮番号を押した。一コールも鳴らさない内に相手が出る。
『やぁ美希、どうしたんだい?』
愛おしい人の優しい声に、一瞬現実を見失いかけた。が、嗅覚がこれは夢ではないと厳しく諭す。
「エル様。新聞社の資料室で、記者のヤシェ・トルクさんが殺されています。至急捜査員を派遣して下さい」