十二章 不可解な被害者
「坊ちゃま。お足元に御注意下さい」
先に降りた神父さんに手を引かれ、宇宙船のステップを降りる。
「御気分は悪くありませんか?顔色が青白いですよ?」
「それっていつも通りじゃん。―――嫌なのは分かるけど、早く行こうよ。エルのお兄さん、『急いで』って言ってたじゃない。ね、兄様?」
「うん。お願いしますジュリトさん」
“燐光”の力が出ないよう気をつけながら、頭を下げて頼む。彼は優雅に一礼し、勿論ですとも我が主よ、意図した方向とは大分違うけれど承諾してくれた。調子の良い奴、燐さんならそう言いそうだ。
船着場を出、すっかり夜も更けたシャバムへと降り立つ。
「坊ちゃま?」
閉館間近の図書館から出てきた女性に声を掛けられる。シャープな顔の輪郭に、藍色の髪と切れ長の目。一族の誇る魔術機械創始者、リュネさんだ。
「あ、こんばんはお姉さん。こんな所で何してるの?」
「魔術の研究資料を借りていた所です。こう言った物を漁る能力だけは六種共の方が上ですから」
厭味の後、ふっ、と頬を綻ばせる。
「新作の魔術機械の開発は順調です。あれ以来皆がよく手伝いに来てくれるようになって。由香も時々笑顔を見せるように……全て坊ちゃま達のお陰です」
ハードカバーの本を小脇に抱え、深々と礼。
「ところでこんな時間にどうしました?オリオールはいいとしてジュリトまで」辺りを見回し、「反対にウィルベルクの姿は無いようですが」
「あなたの賛同者に名指しで呼び出されたんですよ。全く、迷惑な話です」
「エルシェンカがあなたを?何故?」
「何でも不死の高度な医術でないと治療不可能な怪我人がいるとか……それが選りにも選って坊ちゃまの知人の方でしてね、仕方なく喜んで来た訳ですよ」
「思いっ切り矛盾した発言だな」燐さんが健在なら、多分そう頭の中でぼそっと呟いただろう。また出て来られるようになるのかな……?
「ふうん。それはお気の毒に」
「あなたもどうです。どうせ暇なのでしょう?坊ちゃまのお役に立てる貴重な機会だと思いますが」
リュネさんは少し考え、頷いた。
「そうね。あなただけに任せるのも不安だわ。それに」ちょっと頬を赤らめ「あのキャストパズルが解けたかどうか訊くのも悪くない」
ロビーで来客用のスリッパに履き替え、言われた通り二階の医務室へ。エルは既に中で待っていた。
「夜分遅くよく来てくれた、二人共。それにジュリト神父。患者はそっちの手術室だ」
「あなたのために来たのではありません。私が忠誠を誓うのは主、唯お一人」
「それで構わないよ。結果的に力を貸してくれるなら、仮令悪魔信仰者だろうと大歓迎だ。―――おや、リュネ」友人の青紫の目が輝く。「君も来てくれたのかい?有り難いなあ。魔術機械の研究は進んでいる?今度持って来て見せてよ」
リュネさんは眉間を寄せ「機密なの。駄目」きっぱり言い切った。
「そうか、残念。あ、でも資金提供は何時でもするよ」
「それよりパズルは解けたの?」
「まだ。進捗度は半分ぐらいだけど、次の一手が中々閃かなくて」
「そう。聖王代理も大した事無いわね」
満足そうににっこり笑い、ヒントは必要?嘲るように提案した。
「まさか。けど、今度の定期報告には新しいのを持って来てよ。あれをきちんと分解して、楽しみに待っているからさ」
ウインクされ、何故か彼女は歯噛みした。
「くっ。だから顔を合わせるのは嫌なのよ……」
未だにどうしてリュネさんがこうも本人の前で素直になれないのか分からない。本心から研究を応援するエルへちゃんと好意を抱いているのに。
「まあその話は後だ。取り敢えず診てくれ」
ガラガラガラ……手術室へのスライドドアを開ける。
淡い水色のタイル張りの床。中央に金属製の手術台が二つ。壁にはビニール製の手術着やメス等様々な道具がずらっと並んで掛けられていた。
ヤシェさんは首の上まで青色のビニールシートを掛けられ、両目をカッ!と開いて死んでいた。
バッ!エルがシーツを取る。「「っ……!!!」」
酷い……遺体はバラバラに切断されていた。頭部、四肢と胴体は上下二つずつ。全部で十一パーツに分離された物が並べられ、辛うじて生前の姿を保っている。後ろの弟が覗いて跳び上がり、私の脚にしがみ付く。
「凶器は随分鋭利な刃物ですね。それに何処を切ればいいか、人体の構造をよく理解している。犯人はプロの殺し屋、若しくは医療関係者かと」
神父さんは首を横に振り、それだけの分析をさせるためだけにわざわざ呼んだのですか?、冷淡に尋ねる。
「まさか。言っただろう、『瀕死』の彼女から証言を引き出したいと」
「ひっ!」土気色の死に顔を眺めていたリュネさんが、突然息を詰める。「い、今この死体、瞬きしたわ!!」
「え?」
「何ですって?」
私達が観察を始めて数秒後。ぱち。瞼が動き、蒼紫の唇も同時に動く。
「不思議だろ?血液や酸素を送り込まれていないのに、死後数時間経っても機能しているんだ。こっちも」
右腕の切断面に触れると、中指が意志を持ったようにピクピク。
「どうして……?」
ヤシェさんは普通の人間の筈。
「“死肉喰らい”でしょう大方。さっさとあなた方の常套手段で始末してしまえばいい」
嘲笑するジュリトさんに、エルは黙って首を横にする。
「殺人犯はまだ見つかっていない。彼女がこうなっている理由も不明のまま。処罰はそれらの証言が揃ってから出す」
「それは素晴らしい心掛けです、エルシェンカ聖王代理」全然感心していない様子で彼は応えた。「我々一族を巻き込む意図が全く理解出来ませんね」
友人は肩を竦め、私を呼ぶ。
「ヤシェは政府の大事な情報源だ。彼女が死ねば迂遠的に業務へ支障が出る。君は助けてくれるよね、誠?」
「うん、勿論。でも傷、少しも治っていないよ?ヤシェさんは本当に“死肉喰らい”なの?」
「それも含め治療して明らかにしたいんだ。だけど……可能性は低いと思う」青紫色の耳に触れる。「音はするんだが、君等や“銀鈴”の時と違って随分小さい。害があるとは思えないね」
友人が聞いているのは一体どんな音なんだろう?“泥崩”はピアノやオルゴールの音色を奏でていたけれど。
私が手術台の隣に立つと、ヤシェさんの眼球が明らかにこちらを向いた。ぱくぱく……何かを伝えたそうに唇が動く。
「え、何?」
虚ろだった表情は豹変し、必死に意思疎通を図る。氣が痛い程伝わってくる。これは―――焦燥、だ。
「兄様。記者のお姉さん、何を言っているの?」
「そこまでは分からないけど……凄く大事な事みたい」
「チナヲサガシテ―――この人間もどきはそうずっと繰り返していますよ」
見兼ねた神父さんが読唇術を使って教えてくれた。
「チナって、あの首狩り犯の知奈かい?まさか、どうしてヤシェがあの子と知り合いなんだ?」
「そんな事は知りません。私はただ読み取ったままを伝えただけです」
!?もしかして、以前喫茶店で言っていた妹って……だとすると。
「エル。ヤシェさん、買ったばかりの簪を持ってなかった?」
「簪だって?いや、現場にあった彼女の鞄の中に入っていたかもしれないが―――何だって?二人が行き別れた姉妹?確かに、ヤシェの家は母子家庭だったと聞いた事はあるが……分かった。今日はもう遅いから、明日の朝一で捜索させる。もし何処からも発見されなかったら、彼女が犯人の確率はグンと上がるな」
「お願い」
振り返り、今度は同族の二人に頭を下げる。
「ジュリトさん、リュネさん。出来る限りの治療をお願いします」
「坊ちゃまがそう仰られるなら」
「ええ。ここは私達に任せ、下がっていて下さい」
神父さんが手早く掛けてあったビニール製の服を纏い、洗面台で手を殺菌した。それが終わると自分の黒い鞄を開き、予めある手術道具の横へ何本もの注射器と薬瓶を取り出す。それらを纏めてバッドに移し、手術台の横のキャスターへ。
「輸血パックは?」
「そっちの冷蔵庫の中に沢山用意してある」手にしたファイルを開き「今年の健康診断の結果だ。治療の参考にしてくれ」
「了解。坊ちゃまの御手を煩わせるまでもありません。リュネ、あれを」
「どうする気?」
「見た所傷口の壊死は始まっていません。主要な血管と神経、皮膚を縫合で繋ぎ合わせます。運が良ければ塞がって再生するでしょう。―――ただどうやら事は急を要すようです。取り敢えず喋らせる事を優先しましょう」
「まさかあの装置を使う気?一応船に積んではあるけれど、まだ試作機なのよ」
「動物実験は成功したでしょう?あなたの腕は信頼していますよ」
「どうも」
それから微笑んでこちらを向く。
「坊ちゃま、私共に一晩お時間を頂きたい。明日の朝には、必ずこのバラバラ死体を御前にて謳わせて御覧に入れます」
「は、はぁ……あの、手伝いが必要なら何時でも呼んで下さいね?」
一体どうやって治すつもりだろう?少し不安だ。
「御心配には及びません。ごゆっくりお休み下さい」
「お休みなさい、坊ちゃま」
二人に手を振って見送られ、私達三人は手術室を後にした。
医務室に戻って更に廊下へ出、一階上のエルの執務室へ。
―――♪♫、♬♩、♪♫♩、♬♩♪、♫――
「来てたのかい、美希」
疲れた顔でピアノを奏でる婚約者の肩に手を落とし、心配そうに声を掛ける。
「もう今日は家で休んでいて良かったんだよ。元同僚のあんな光景を間近で目撃したんだ……また倒れたらどうするつもりだい?」
「いえ、精神安定剤もきちんと飲みましたし、もう平気です。とは言っても書類仕事を少し片付けただけで、後はここに座って鍵盤を……っ!」頭を押さえようとして、先に両腕で抱かれる。
「無理しないでくれ。あれから何か食べたのかい?」
「い、いえ……」赤い頬で俯く。「食欲が起きなかったので、コーヒーを一杯だけ」
「そうか。ところで二人は?」
ピョコン!弟が跳び上がる。
「あ!そう言えば聖樹さんの晩御飯、食べ損なっちゃった!あーあ、勿体無い事しちゃったね兄様?」
そうだ。色々あり過ぎてすっかり忘れていた。思い出した途端、オリオールのお腹がぐぅ。
「折角用意して貰ったのに……ウィルとメノウさんが食べてくれているといいけど……」
アイザ、もう目が覚めたかな?両手を組み、彼女の容態が急変していない事を祈る。
「なら家に来なよ。呼び出したお詫びに夕食を御馳走しよう。少しスプリングは硬いがベッドもね」
「今朝の残り物ばかりですけど、誠さん達のお口に合えばとても嬉しいです」美希さんが控え目に説明する。
「いいの?」
「勿論。美味しい料理を腐らせるのは惜しいからね」
執務室を出て一度手術室に戻る。丁度二人はヤシェさんを魔術機械船へ運び出そうとしていた。エルの家で泊まる旨、そして一度ウィルへ電話して貰う旨を伝え、改めて四人で政府館を出た。
兄弟で交互にアイザの様子を伝え、天宝の方はどうだったかを訊いた。突然の行方不明、きっと今頃大騒ぎしている筈だ。
ところがエルは頭を振り、四にメールしたけど返事はまだだ、と答えた。
「店の電話は例の母親が出たよ。店主と四は既に就寝中で出られないってさ」
「え、寝てる?でもまだ九時半だよ?」
「僕も妙だと思った。爺さんはともかく四は宵っ張りで、しかもかなり短眠の筈だ。こんな早い時間に寝ているなんて考えにくい」
「風邪引いてるとか?」弟が首を捻る。「頑丈そうだけどなぁ、あのおじさん」
「ああ、彼女も体調不良だと言ってた。けど……何か引っ掛かるんだよ。アイザのその、多血症だっけ?原因はまだ不明なんだろう?」
「うん。私達が出た時にはまだ意識が無かったから」
「余り聞かない病名ですね。逆の貧血でしたらありふれていますが……そもそも女性で毎月生理が起こるのに血が余る、と言うのは不自然過ぎます。それも急になんて」
もしかしてオルテカでだるそうにしていたのは前兆だったのかな?あの時は氣がすんなり入ったから気付かなかったけれど……。そう話すと、友人は一層険しい顔になった。
「それにあの真っ黒い血、凄く変な臭いしてたよ?何て言うか、美味しくなさそうな、ね?」
同意を求められても。私は苦笑するしかなかった。
エルは自宅の鍵を開けるまでずっと無言だった。ダイニングに私達を座らせ、ようやく口を開く。
「一度店に行った方がいいかもしれない」
「うん」
「病状が落ち着くまで、アイザにはしばらく別の場所にいてもらおう。後で四にもう一度僕からメールしてみるよ」
パン!手を叩く。
「さ、少し遅いが夕食にしよう。美希」
「はい」
婚約者が冷蔵庫のドアを開ける。取り出した白身魚と野菜のサンドイッチを、フライパンで軽く焼き目を付けながら温め始めた。合間にもう一つのコンロに掛かった鍋をお玉で混ぜ、スープ皿に盛り付ける。トマトベースのスープに茄子やズッキーニ、パプリカ等を入れたさっぱり系の一品。ラタトゥイユ、だったかな?聖樹さんが以前一度作ってくれて、結構美味しかったのを覚えている。
私達も食器を出したり、お茶を淹れて手伝い数分後。遅い夕餉の支度が整った。
「沢山おかわりして下さいね、では」
「「「「頂きまーす!」」」」




