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タカヤナギズ  作者: SO
タカヤナギズ
3/10

タカヤナギズー3

 帰りの東武伊勢崎線内は空いていた。将司たちは優先席の隅に座り、揺られていた。

「結構、長話だったな」誠二が低い声を出した。

「そうだったか。悪いことしたな」

「いや、気にしないでいいさ。仲良しだったもんな、兄貴と武藤景子……付き合うのか?」

 鋭く首を振って誠二を見た。

「なんだ、そりゃ」

「だって、連絡先を交換してたろ」

 目ざとい奴め、見ていたのか……。

「しかし、本気で思ってる感情を言うときには、人は良い声が出るんだなあ。今のは良い声だった」

 将司はそっぽを向いて

「なんだ。また、俺の声の話かよ……そういやあ、さっき。景子の友人って奴の感想文にも、俺の声に対する指摘が出ていたなあ」

「まあなあー、ごめんね、俺の声が良過ぎて」

「自分で言うなよ」

「ほら」

 誠二が将司の顔面間近に顔を寄せて見詰めてきた。

「なんだよ」

「心から言うと、良い声だよ、兄貴。その辺りに、声を改善するヒントが隠されているんじゃないだろうかね」

「んなこと言っても、ネタは創作なんだから、すべて心から思ってご発声できるはずないでしょうよ」

 誠二は眠そうにあくびをして

「できない、と言ったら、それまでだけどなあ」

 将司は窓に顔を向けた。光の加減で映って見える自分の顔は、暗く沈んでいた。

 物音がして起きた。いつの間にか眠っていた。隣の誠二はまだ眠っている。車内の電光パネルで現在地を確認し、辺りを見渡し、物音の発信源を探した。

 同車両内の奥、中年男に絡まれる女の姿に目が止まった。

 座席に座る女は、金髪で手足が長く、外国人に見えた。不格好な中年男は、女に体を密着させ、周囲に人が居ない状況を良いことに、とうとう女を抱き寄せようとし始めた。

 女は中年男の手を乱暴に振り払い、立ち上がった。将司たちの方向へ歩き出す女に、

「ちょっと待て」

 中年男のガラついた大声が女に浴びせられた。女は素直に従った。立ち止まり、後方へ振り向く。将司は、女の立ち姿に、見覚えを感じた。

「ブライトンの女だ……おい、起きろ、誠二」

 むにゃむにゃ言うばかりの誠二の頬を抓る。

 誠二が起きるより先に、中年男が女の真正面に立った。向き合う中年男と女は、何事か言い合っているようだ。だが距離的に聞き取れない。

 突然「舐めんな」と男が叫んだ。男は蹴りを繰り出した。機敏な反応で、何事もなく女は蹴りを捌く。

 どうやったのか……あんな細い腕で完全に蹴りの勢いを殺し、同時に男の体勢を不利なものにした。

 呆気に取られる男に向かって、ほんの微か、女が踏み込んだように見えた。ないに等しい予備動作のあと、舞台上で見た蹴りとはまるで別次元の蹴りが、男の顔面に入った。

 蹴り足は、ほとんど見えなかった。それほど速く鋭い蹴りだった。蹴りから蹴り終わりまで、一連の動作が滑らかで美しく、それでいて腰は、ダイナミックに動いていた。将司は一瞬の間、女の動きに圧倒され、意識を失っていた。

 起きた誠二が呼びかける。

「おい、どうしたんだ、あいつら。なんで倒れてる。喧嘩か」

「事情は知らん。仕掛けたのは、男だけど……」

 女は反転し、将司たちの方向に向いた。倒れた中年男など、端から存在しないかのように無表情で悠々と歩いて……将司たちに割と近い座席にスッと腰を下ろした。

 誠二が将司の肩をパタパタ触り

「おい、あいつ、ブライトンのやつじゃねえか」

「知ってる」

「そうだよな。しかし、目の前で見ると、凄い迫力だな」

「蹴りは、もっと凄かった」

「なんだ。蹴ったのか」

「ああ、だから倒れてんだ、あのおっさん。あ、立った」

 よろよろ揺らめき立ち上がった中年男の顔を見た。鼻が歪に曲がり、鼻穴から大量の血が床に垂れ落ちている。意識朦朧としているのか、ゾンビのように引き摺る音を立てて女に向かっていく。

「もう……許さねえ、許さねえ……許さねえ……」

 滑舌が元より悪いのか、口内か舌を切った影響か、聞き取り辛い声で、念仏のように男は唱え続けた。

 男は革靴を脱いで片方の靴を手に取った。床に何度か叩き付けたあと、靴底が開き――金属音を伴って、何かが床に転がり落ちた。

 男が手にした物が小型のナイフと気づいて、将司は体を強張らせた。咄嗟に視線を女に向けた。

 腕を組んで、足も組んで、眠っているかどうか判然としないが、目はビタッと閉じていた。

「お、おい、お前、おい!」

 慌てる将司とは対照的に、女はゆったり立ち上がり、男に体を向けた。将司の声は届いていたはずだが、見もしない。言われなくとも分かっている、そう実際に言われたかのような気がした。

「や、やばいよ、兄貴。どうする、これ……」

 おろおろする誠二を見て、なんとか平静を保とうとするが、息苦しくなる一方だった。

「殺す……殺す」

 くぐもった声を出して、中年男は女に向かい始めた。受けた傷の影響か、動きは遅いが右手にはナイフがある。

 女も歩き始めた。歩みに一切の迷いがない……ナイフが怖くないのか? 凛とした歩き姿は、モデルのウォーキングのように見えた。

 見るみる中年男との距離が詰まっていく。速過ぎる女の歩きに、中年男は慌てて足を止めた。

「殺すぞ」と虚勢を張るが、女は止まらない。中年男が次の虚勢を張るより先、女の蹴りが男のナイフを吹っ飛ばした。

 武器を失った中年男は、大声を上げて床に頭をつけた。

「勘弁してくれー!」

 中年男の横腹を何度か蹴ったあと、女は席に戻り、次の停車駅で降りて行った。


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