第一章
1
穏やかな午後の日差しの中、明るい子供たちの歌声が響く。
「いちばんえらいのだぁれ?」
「「「もちろん王様さ!」」」
「にばんめえらいのだぁれ?」
「「「お妃様にきまってる!」」」
「さんばんえらいのだぁれ?」
「「「いばらのまじょさまよ」」」
弧を描く縄、規則的な足音、はしゃぐ童歌。大人たちは薔薇を摘み、牛や羊は草を食む。
ここは荊の国・ライアドル王国の西の果て。これより西に、村はない。頑強な石造りの要塞がすぐそこに迫るこの「西の果ての村」。ノルンは羊に気を配りながらも西の国境を見た。要塞の横を、国中を囲むように張り巡らされた〈荊の柵〉。白い花を咲かせる美しさとは裏腹に、何人の侵入も許さぬ難攻不落の生け垣だ。純白の薔薇が微笑むように綻ぶそれを、ノルンの深緑の瞳がじっと睨め付けていた。
(まだ、大丈夫……)
木の杖をぎゅっと握り直し、ノルンは羊の群れに目を戻した。ちらりと牧羊犬がノルンを振り返った。黒い毛の中に一層黒く光る瞳がノルンを心配そうに見つめている。
「お前は賢いね、ヴァン」
ヴァンは一声鳴くと、すぐに漆黒の体を大きく震わせ、仕事に戻った。自分には過ぎた相棒だ。ノルンは胸一杯に空気を吸い、空を見上げた。
(…………よし、ちゃんとある)
ノルンは何かを確かめるように頷き、再び羊の群れを追いかけた。空には雲一つなく、星輝く時でもなく、鳥の一羽も飛んでいなかった。
宵の明星が昇る頃、ノルンはヴァンと羊と共に家路を辿る。夕方の風は気まぐれにノルンの黒髪を波立たせては通り過ぎていく。頭に巻いたスカーフが飛ばないよう、羊をはぐれさせないよう気をつけながら、ノルンとヴァンは村で一番大きくて古い家に帰る。羊たちは全員羊小屋に戻し、最後に閂をことりと下ろした。そこまでがノルンの仕事だ。ふぅ、と溜息をつき、笑顔を作る。仕事の疲れは見せない。それがノルンの決めたルールだった。
「ただいま!」
木の扉を明るく開け放つ。
「お帰り、ノルン」
「ただいま、おばあちゃん」
一人の老婆がノルンを温かく出迎えた。白く濁った目が少女の姿を捉え、柔らかく笑う。
「ここでの生活にはもう慣れたかい?」
「うん。羊たちも可愛いし、村の人も親切だ。私、ここに拾われて本当によかったよ」
満面の笑みを浮かべてノルンは言った。そこに一切の悲壮感もなく、寂寥感すら感じさせなかった。ただヴァンがそっとノルンの手にすり寄ってくるだけで。
「ここは流れ者の村。お前さんのようなもんが集まってできた村だから、遠慮なんかいらないよ。好きなだけここにいな」
「……ありがとう、おばあちゃん」
ラーン婆さんの言葉は、ノルンの胸をじわりと温かくした。
「あなたがうちに来てから、もう三月経ったかしら」
夕食の支度をしていたフレンがしみじみと言った。
「あの時はびっくりしたわ。明け方に犬の遠吠えが聞こえるから、何かしらー?と思って表に出たら、雪の中、大きな犬が女の子を引きずってくるじゃない!」
「そうだっけ?」
「そうよ。もう私ったら取り乱しちゃって……腰抜かしちゃったもの……」
「我が娘ながら、フレンの小心っぷりには呆れかえるよ。それでも村長の娘かね?」
「あら、私を産んだのはお母さんじゃない」
「そうだったかねぇ」
村長母子の会話はいつも知らないうちに掛け合い漫才になって、喧嘩になる。だがいつもフレンが負けてしまう。年の功には敵わないようだ。ふん、と鼻息を荒くしてそっぽを向くフレンは、若い娘のように愛らしかった。フレンは末娘だそうだが、もう二十も半ばを過ぎた。「行き遅れ」の境界線を平均台のように歩き続けている、と村の人たちは噂するほどだ。
「あんな跳ねっ返りだから未だに貰い手がないんだよ。ノルン、ああいうのは反面教師にするんだよ」
「ふふ、覚えておくよ」
「失礼しちゃうわね。私にだっていい人くらい……」
「そうなのか。知らなかったな」
フレンの後ろから男の声がした。
「ゼン! 来ていたんだ!」
「やあ、ノルン。毎日羊の世話、大変だな」
家の奥から出てきたのは、一人の青年だった。ぱさぱさに傷んだ金髪が好き放題に跳ねている。村で一番背が高く、若い男の中で一番人気のある男。それがこのゼンである。
「ヴァン。お前も毎日ご苦労だな」
そっとヴァンの頭に手を伸ばすが、なぜかヴァンはその手をするりと躱して自分の寝床に戻ってしまった。行き場のない右手をぷらぷらさせ、残念そうにゼンは肩をすくめた。毎日のように顔を合わせているのに、ヴァンはこのゼンという青年に全く懐かないのだ。
「ゼンも大変だね。こんな時間まで調べ物?」
気まずい空気をノルンが率先して変えた。飼い犬の不始末は飼い主の責任だ。呑気なヴァンは寝床で大あくびをしている。
「ああ。村長の家には古い本がたくさんあるからつい時間を忘れちまうよ……と」
ぐぎゅろりる~、と何とも情けない音がゼンの腹から響いた。無理もない。この男のことだからきっと午後はずっとこの家の書庫に閉じこもっていたに違いない。昼ご飯もろくすっぽとらずに。
「あ、あなたの分もちゃんとあるから、早く座りなさいよ」
「え、そうなのか? 悪いね、フレン。助かるよ」
人懐っこい笑顔が太陽のように咲いた。フレンの顔がみるみるうちに赤くなるのを、ラーンとノルンだけが気づいていた。
「奥手だねぇ、フレンは」
「おくて……? よく分かんないけど、フレンに気づかないゼンもゼンだよ」
「……ノルンの方がずっと大人だよ」
ふぅ、と溜息をつく老婆の顔はよりいっそう老けたように見えた。何も知らないのはゼンただ一人のようだ。何が何だか分からないといった顔で小首を傾げている。
「さぁ、夕食よ! ノルンもゼンも、一日お疲れ様」
フレンが腕をふるった料理が食卓に所狭しと並べられた。ミルクの香りがふわりと立ち上るシチューにゆでたてのソーセージ、今日のパンはライ麦だ。
「お、うまそうだなぁ」
ずる、ずる、と重たげに左足を引きずって座った。フレンはそれを痛ましげに見ていたが、当の本人であるゼンは全く気にかけることなく目の前のご馳走に目を輝かせていた。
「ゼンの好きなものばっかだね」
ノルンが何気なく言うと、犬のヴァン専用のパン粥を用意していたフレンが口を尖らせ、
「たまたまよ、たまたま」
と言った。なぜか乱暴に置かれたパン粥は少し床にこぼれ、ヴァンが不満そうに少しだけ唸った。
四人で食卓を囲むと、誰からともなく胸に右手を当て、目を閉じた。ラーンが大仰に咳払いをし、夕食前の祈りを始めた。
「今日この日を平和に終えることができたのも、全てこの国をお護りくださる王と〈荊の魔女〉様のおかげです。日々の糧に深き感謝を」
「「「感謝を」」」
一瞬の静寂の後、ようやく食事にありつける。これがライアドルの平民の常である。大人も子供も王と〈荊の魔女〉に多大なる敬意を払う。朝には一日の平穏を、夜にはその日の感謝を、民草たちは顔も知らぬ王と魔女に祈るのだ。
「うまいな、フレンの料理は。いつ食べても最高だ」
「お世辞言ったって何にも出ないわよ」
「お世辞じゃねぇって」
「ちょっとゼン! アンタ一体いくつソーセージ食べたのよ! 数が合わないじゃない!」
「それは気のせいだ」
「フレンや、そうカリカリするでない。皺が増えるぞ?」
「お母さんがそれを言うの?」
「さすがは村長! フレン、これを機におしとやかになれよ」
「ぅ、うううるさいわね! 静かに食べなさいよ!」
他愛もない会話をしながらの食事。それは一日の中で最も愛する時間かもしれない。ノルンは木の匙でシチューを掬いながらそう思った。かつての生活では想像もできなかった時間。ノルンはひとときひとときを噛みしめるようにゆっくり食事を味わった。
「ノルン、ちゃんと食べてる? ゼンの馬鹿にとられてない?」
「馬鹿とは何だ、馬鹿とは」
「馬鹿に馬鹿と言って何が悪いの?」
「馬鹿に学校の先生は務まらないねぇ」
馬鹿馬鹿と馬と鹿が飛び交う会話の中、ノルンは小さく吹き出した。
笑い声の絶えない家だ。本当にいいところに拾われた。ノルンはしみじみ思う。退屈そうな目でヴァンが食卓を一瞥することすら楽しい。胸が締め付けられるほどの幸せをノルンは感じていた。
「ゼンはさ、何でいつも調べ物しているの? 授業で必要なの?」
ゼンはこの村で唯一の学校の先生だ。……と言っても、ゼンの自宅で総勢十人程度の子供の読み書きを教える程度だが。
「ああ……そういう訳でもないんだがな……」
生徒全員がノルンよりも幼い、十に満たない子供ばかりだ。この家にある本では難しすぎて知恵熱を出しかねない。
「この人の趣味なのよ、ノルン。ゼンは黴が生えそうなくらい古~い歴史とか文字とか文学とかが大好きなの。だから毎日入り浸ってはご飯をせびっているの」
「言い方が悪いぞ、フレン」
「だってそうじゃない」
また喧嘩が始まりそうだったが、じろりとラーンの白い目が二人を睨めばそこでお仕舞い。二人はふん、とそっぽを向き、再び食事に戻った。
「古いものはいいぞ。今の俺たちが当たり前に使っている言葉も、毎日の食事も、すべてにはじまりがある。それがなんなのかを教えてくれる。ことの始まりを知る! 知的好奇心をくすぐられるじゃないか!」
興奮気味に語るゼンを、呆れた顔でフレンが見ている。冷めた視線をものともせず、ゼンはぺらぺら喋り続けた。
「中でも俺は詩史が好きだな。ほら、子供が縄跳びとかお手玉する時に歌ってる歌があるだろう? いちばんえらいのだぁれ? ってヤツ。あれだって詩史だ。『ライアドル詩史集』童歌の章にあるんだ」
口に油でも塗ったかのようにするする喋っているが、誰も真面目に聞いていなかった。フレンは食器を片付け始めているし、ラーンなど首が落ちそうなくらい船を漕いでいた。ヴァンなどとうの昔に夢の中だ。ただノルンだけが苦笑いを浮かべながら頷くだけだった。
「スノール・エーダは詩人としても歴史家としても優秀だったんだよ。下級騎士の三男坊だったんだがとにかく頭の切れる男でな、上の兄たちが騎士となり国に尽くす中、スノールは一人学問の道に進んだ。彼の功績は詩史だけじゃない。他にも『詩歌の友』や『月下の乙女』などの小説も書いたし、ああ、あと東にある晶帝国の遺跡発掘団員にも選ばれたり、幅広く活躍した御仁なんだよ」
「…………そう、なんだー」
少年のように目を輝かせながら語るゼンを、ノルンは生温かい目で見た。正直、ついて行けない。
「いい加減にしなさいよ、ゼン。ノルンが困ってるじゃない」
(フレン、もっと早く助けてほしかったよ……)
完全に手遅れの助け船だが、ないよりマシだ。ノルンは口を尖らせて不平を言っているゼンを横目に、自分の食器を片付けにかかった。食器洗いはノルンの仕事だ。ここに置いてもらった最初の日に、自分でそう決めた。
「ごめんね、ノルン。あいつ、なまじ勉強できるばかりにあんなオタクになっちゃって……。あれでも一応中央の大学で学士の称号もらってるのよ」
「え!? そうなの!?」
危うく皿を落とすところだった。
「フレン、聞こえてるぞ。一応とは何だ、一応とは」
「人は見かけによらないんだね……」
「ノルンも大概失礼なヤツだな! 俺だって怒るぞ!」
「短気は損気じゃよ、ゼン」
「くそっ! 何だってんだよ、ったく……」
ノルンはまじまじとゼンを見た。どこをどう見ても田舎の人のいい兄ちゃんのゼンが。子供たちにすら呼び捨てにされているゼンが。あの中央の学士だと?
(に、似合わない……!)
中央の大学と言えばただ一つ、王立大学のみ。そこは選ばれしものの学舎、城下に住む貴族や市民は勿論、城下より下の階層に住まう商人や農民にまで広く門戸を開いているものの、難関の入学試験を突破せぬものは何人たりとも入ることができないという鉄の学問所。それをこの西の果ての村に住むゼンが在籍していたとは。
「ね? 驚きでしょ? 学士なんてこの辺じゃ後にも先にもゼンだけよ」
ライアドル王国での居住地域はそのまま身分、貧富・知識量の差に反映されることがほとんどだ。王の住まう青き孤城・青薔薇城を中心に国土は同心円状に広がっている。中心地には貴族を始め、城に勤めるもの、富豪に豪商などが居を構え、国境に近づくにつれて人々の身分は低くなっていく。この西の果ての村は「果て」とつくだけあり、村人たちの身分はほとんどが貧しい農民か商人だ。貧しいといえども、それは戦乱に明け暮れた先王までの話。現在は名君・アウリール三世の治世の下で食うに困るような生活はしていない。
それでも教育機関などの整備は未だ行き届いておらず、ゼンのように果ての村から王立大学に入るなど、夢のまた夢どころか不可能に近い。
「本当はあのまま中央で勤めたかったんだけどな……この足じゃあな……」
たん、
軽く叩いたゼンの膝は、固く乾いた音を響かせた。
ゼンの左足の膝から下に、血は通っていない。そこにあるはずの足はなく、硬質な木で作られた義足があるだけ。どうしてゼンの左足がないのか、ノルンは聞けずにいた。きっとゼンのことだ。嫌な顔一つせず笑いながら教えてくれるだろうが、なぜだろう。聞いてはいけない、そんな気がするのだ。
「かといって野良仕事ができるわけでもないからな。村で子供に読み書き教えるのも俺の役目かと思って、帰ってきたんだよ」
「……ゼンは偉いね」
「偉くなんざねぇよ。せっかく身につけた学問だ。無駄にはしたくないだけだよ」
ゼンは屈託なく笑った。その笑顔の明るさに反して、ノルンの胸はなぜかひどく締め付けられた。
「さて、と。そろそろお暇するぜ。フレン、ごっそさん」
「はいはい。気をつけてね」
おう、と返事をしてゼンはぐっと立ち上がった。曲がらぬ義足を器用に使いながらゼンはゆっくり帰り支度を整えた。
「村長、また明日来るよ」
「好きにせぇよ」
すっかり寝入っていたかと思ったラーンがはっきりした声で返事をした。ひらひらと手を振り、ゼンは外に出た。
「あ、待って!」
はっと気づき、ノルンは戸口近くにかかっているランプを手に取り、追いかけた。
「ゼン! これ持って行きなよ。月明かりだけじゃ頼りないよ」
家から数歩先を歩いていたゼンに駆け寄り、ランプを渡した。仄明るい光がぼんやりとゼンを照らす。背筋がぞくりとするほど暗い影がゼンの顔に刻まれていた。それが破顔だと思えぬほどに。
「お、ノルンは気が利くな。……ヴァンも見送りに来てくれたのか?」
「え?」
いつの間にかノルンの後ろに闇色の犬が立っていた。夜空のようなヴァンの目がじっとゼンを見つめるが、尻尾を振ることも吠えることもなかった。
「……何で俺、ヴァンに嫌われてるのかねぇ?」
「嫌ってるわけじゃないよ。……たぶん」
最後の一言が何とも頼りない。がっくり肩を落とすゼンを横目に、ヴァンがふん、と鼻を鳴らした。
「じゃ、これ、借りてくよ」
手を振り、足を引きずりながら歩いて行くゼンを見送る。ゆっくり遠ざかるランプの灯が見えなくなるまで、ノルンはじっと見守っていた。
「…………」
星の瞬きさえも聞こえそうな夜。ノルンの目は幾万の星々を捉えていた。――否、星よりも低いもの、ノルンの見るものを、他の誰も見ることはできない。ただじっと、まばたきすら忘れ、食い入るように夜空を凝視する。
「戻らなくていいのか?」
低い声。横隔膜に響くような声が、どこからともなく聞こえた。
「…………どこに?」
ノルンはそれがさも当たり前というように、低い声に質問返しをする。
「私は私のやるべきことを、やるよ」
深い緑色の目が闇色の犬を見た。強い目だ。月光に照らされたノルンの目がわずかに光った。
濡れた犬の目が鋭くノルンの目を射貫いた。
「忘れるな」
はっきりと。
犬の口が開き、這うように低い声が響いた。
「裏切り者には罰だ」
「犬は犬らしくしてなよ」
「ちっ」
舌打ちをするヴァンを無視し、ノルンは夜道を戻り始めた。夜空を星が流れる。夜風に髪を棚引かせながら、少女と犬は明るい家へと戻った。
城内は騒然としていた。
侍女たちが走り回り、従僕たちは困り果てていた。文官、武官、高官から下働きに至るまで、全てのものが駆けずり回っていた。
「一体何をやっていたんです!?」
甲高い怒声が響いた。
「申し訳ございません、王妃様!」
数名の侍女の前で王妃・ベルタが崩れるようにへたり込んだ。
ここが自室でよかった。みっともない姿を王に見せることなどできない。しかしそんな些細な救いなど無に等しく、ベルタの混乱は最高潮に達した。まさか、自分の代でこのような大事が起こるとは、想像すらしていなかった。
「いつからなの?」
抑えた声で侍女たちに尋ねた。
「…………分かりません」
その後も侍女数人に尋ねたものの、誰一人ベルタの望む答えをくれるものはいない。
ふぅ、
重い溜息が沈黙の中に落ちる。
「まだ代替わりのふれも出していないのに……」
豪奢な調度品も、滑らかな絹の手袋も、瀟洒なドレスも、今は何もかもが疎ましい。この国で地位ある家に生まれ、尚且つ二番目に強い魔力を持ってしまったがために強いられた王妃という枷。こんなにも忌まわしいと思ったことなど、今日までなかった。
「…………すぐに王に知らせに行きます」
王妃の業を背負って二十数年。こんなことで私が折れるわけにはいかない。
「ですが、王妃様……」
「黙りなさい!」
ベルタが持てる全ての矜恃と気力で、侍女たちに檄を飛ばした。
「事態は一刻を争うのです! 早いに越したことはありません」
最低限の優雅さを残し、ベルタは政務室へと急ぎ走った。
「なぜ……」
ベルタの頭は疑問符で満たされていた。
「荊の魔女が、脱走だなんて……!」
王妃の焦燥を嘲笑うかのように時間だけが星のように流れていく。