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第十二章

12





「ふふ……ああははははははは!」

 議場にベルタの笑い声が反響した。呆気にとられる重臣たちを余所にベルタは笑いながら言った。

「ノルンはもう手遅れよ! あの子がいる西は一体誰の土地だと思っているのかしら! 所詮は愚かな子供の浅知恵……わざわざ一の公爵家の治める土地に行くなんて……ふふふ……はーっははは、あぁははははは――」

「誰が手遅れ?」

 凛とした声が不吉な笑い声を遮った。

 勢いよく開け放たれた扉から現れた人物に悲鳴にも似た声が上がった。

「ノルン……!? なぜ……!」

 羊飼いの姿のままで現れた少女――〈荊の魔女〉ノルンと、真雪のように白い王子、そして疲弊しながらも背筋を伸ばした一人の従者。三人は顔に煤をつけたまま、焼け焦げた衣服のまま議場に現れた。

「国中に点在する〈地点〉から〈地点〉へ移動する〈戦乙女の血路〉を使ってきたんだよ。あの塔から出た時と同じように」

 あの日はヴァンの力を借りて予期せぬ場所へ飛んでしまったが、ノルンが力に翻弄されることのない今、任意の地点に飛ぶことなど造作もなかった。

 脈打つ血潮の中に、ヴァンの力を感じる。本当に彼が、鍵になってくれたようだ。

 ノルンは階の上で青ざめるベルタを見据えた。ひぃっ、と怯えるベルタに容赦することなく距離を詰め始めた。

「お待ちなさい」

 ノルンの歩みを止めたのは宰相・グリーノだった。

「様々尋ねたいことがあるとは思いますが、すでに彼女は罪を自白したも同然。あとは正当なる裁きにかけるまでです。不用意に近づかれてお二人の身に何かあっては……」

「いい」

 グリーノの台詞を遮ったのは王だった。

「ノルンには、あれを責める権利がある。裁く資格も、問いただす義務も、ある。黙って見届けろ」

 王としての立場が、アウリール三世を支えている。苦悩と悔恨、自分自身に対する怒り、憤り、あらゆる感情が複雑に絡んだまま、王は尚も玉座に座り続ける。

「全部、視た。全部知ってる。その上で私は、ベルタと話すんだ」

 階を上り、へたり込んだベルタを見下ろす。蒼白な顔に王妃としての、賢女としての威厳は欠片もない。冷めた瞳でノルンはベルタを見た。

「貴女が、私の母を殺したんだね?」

 改めて言葉になるベルタの罪。ベルタが殺した、ロータの娘が公言した。

「だったら何……? わ、私に復讐する? 私を殺す? ロータと同じ方法で?」

 震える声で開き直るベルタを一瞥し、黙らせる。がちがちと歯を鳴らすベルタにノルンは尚も問いかける。

「ヴェストリを脅して、私とアスクも殺そうとしたね?」

 場内が騒然とした。民と臣下の信頼厚き王妃。次々と露呈する彼女のおぞましい罪に、重臣は混乱の声を上げた。

「静まれ!」

 アスクが一喝する。が、場内の重臣の不安は決して消えはしない。喉の奥で渦巻いては行き場をなくしている。

「ヴェストリの娘……貴女の侍女だね。彼女の命を盾に、脅したんだね?」

「それがなによ……! 娘一人と国の魔女と王子を天秤にかけるような男……利用されて当然よ」

「そんなことはどうだっていい!」

 不愉快な開き直りを遮った。ノルンの翠玉の瞳が金に変わる。

「ベルタ……貴女の馬鹿な考えが、一つの村を、二人の人を殺したんだ。たくさんの人が血を流したんだ! それを分かった上でやったのか!?」

 激昂したノルンの声がびりびりと反響する。肌に、心に、痛い。魔力の高まりが威圧感となって皆を圧倒した。

「私はね……貴女たちのそういうところが嫌いよ」

 恐怖に彩られていたベルタの目が、憤怒に変わる。

「いつだって聖人面で! 汚いことなんて知りませんって顔で! 私から全部奪っていく……貴女もロータと一緒ね……!」

 生まれた時から優劣が決まっていた。ロータの母――先頃死んだ〈荊の魔女〉に弟子入りし、賢女として生きる術を学んだ。次期〈荊の魔女〉ロータと共に。

「私はあの子よりずっと魔導に長けていた! 詩の詠唱も、ずっと先までできたのよ! なのにあの子は……あの子は魔女の血筋だからって! あの子さえいなければ私は王妃であり、賢女であり、魔女にだってなれたのに! 王だってあの女を孕ませたりしなかった!」

「黙れベルタ!」

 まるで獣の咆哮。ノルンは握った拳から血を流しながらベルタに詰め寄った。

「愚かなベルタ……! 哀れなベルタ! あり得ない妄執に囚われた可哀想な人……!」

 胸ぐらを掴み、歯噛みする。

「私が母と王の子だって? 冗談じゃない! 貴女は自分の夫も信じられないのか?」

 震えるノルンに、ベルタはせせら笑った。

「何も知らないのね……王はね、貴女の母を、ロータを恋い慕っていたのよ。貴女の目の色……王にそっくり。先代と同じ目の色。私に隠れてこそこそ逢い引きしていたのね……生まれてきた子に嘘はつけないわ!」

 ノルンの瞳は、緑。王の瞳も緑。相次ぐ衝撃に重臣たちの頭は混乱しっぱなしだ。

「馬鹿を言うな、ベルタ! 我は……」

「貴方の言うことなんて信じないわ!」

 王の言葉すらもう、ベルタには届かない。

「私は女よ。自分の男によく似た子供がいれば疑うわ。貴方は男だから女を疑いはしないでしょう? 私から生まれてきたアスクは確かに自分の子だと、言えるだけの材料があるのだから! オルディン王に生き写し! 私の欠片はあの子のどこにもない! けれどノルンにはあるじゃない! 貴方の子だという材料が! あの目、あの目よ! 貴方と同じ目の色! シャルヴィがもらった貴方の目と同じ色よ!」

「違う」

 だがノルンには確信があった。

「違う。アウリール三世は私の父じゃない」

 西の果ての村。ラーンの愛と悲嘆に触れ、初めて視たあの過去の記憶。

「私の父は、青い服など着ていなかった」

 あの日の記憶に、王族の青はどこにもなかった。臥せる母の手を握った人の衣は――

「可哀想なベルタ。一国の王が、不貞を犯すはずなどないのに……」

 ノルンの金の瞳から一筋、血潮のように赤い涙が流れ落ちた。

「そんなこと、王に問いただせばすんだのに……母にぶつければよかったのに……。母がねじ曲げてしまったのは因果でも時でもない。貴女の心根だったんだね」

 憐憫の涙は静かに落ち、床にそっとしみこんだ。

「婆様は貴女の裏切りを知っていた。知っていて、ずっと黙って〈因果の奔流〉を受け続けて、亡くなった。婆様は貴女がいつか罪を償うことを期待して……黙って死んだ。けど、婆様の心を、貴女は気づかなかった」

 剥き出しのベルタの額にそっと人差し指を当てた。

「過去に踊らされ、今を顧みず、愛さえ疑う哀れな罪人。奪った未来に思いを馳せろ。悔い改めるその日まで」

 しりん、

 硬質な鈴の音が響いた。

「――禁呪〈三乙女の万華鏡〉」

 時が止まったかのような静けさが広がった。ベルタの髪が一瞬で白髪に変わり、まるで人形のように目を見開いたままことりと倒れた。

「ごめんね……アスク、シャルヴィ、アウリール三世……。貴方たちの大切な人に……」

「それはこっちの台詞だ……!」

 アスクは頽れるノルンを後ろから抱きしめた。いつも安らぎをくれるその声は、今や涙声となり、ノルンの鼓膜を揺さぶる。

「我々の母が、取り返しのつかないことをした……悔いても悔やみきれない……」

 ノルンの肩に、じわりと温かいものが広がった。アスクの涙だ。ノルンの前でアスクが泣くのは、初めてだった。

「ごめん……アスク、ごめん……」

「謝るのは止めてください」

 黙ってことの成り行きを見ていたシャルヴィが初めて腰を上げた。

「貴女は優しい人ですね。母が本心から悔い改めれば解ける呪いをかけたんですから」

 魔導は詩。その術の正体は全て詩に含まれている。シャルヴィはノルンが唱えた詩を、理解していた。

「謝る道理はありません。貴女が禁呪をかけなければ、母は反逆罪で磔刑に処せられていましたよ」

 瞬きもせず、ぶつぶつと何かを言っているベルタを睥睨したシャルヴィがかすかに舌打ちをした。

「ノルン」

 玉座から穏やかな声が聞こえた。

「そなたを守る〈久遠の誓い〉を我が妻が破ったこと、深くお詫び申し上げる」

 膝をつき、ノルンの手を取り頭を垂れる。一国の王が、魔女とは言え、たった一人の少女に最高の謝罪をした。

「誓いの縛りなき今、そなたは思うように生きるがよい。それが、そなたの母の望みでもあろう」

「母様の……」

 初夏の光が差し込んだ。まるで初めて陽の光を浴びたかのような心地がする。

「アウリール三世」

 流れる涙は、温かな雫。真珠のように玉結び、静かに床にこぼれ落ちる。

「私の願いを、聞いてくれ」

 その日、ノルンは初めて自分の道を決めた。








「父上、よく承諾されたよね」

 数刻前の騒ぎなど忘れ去ったかのような穏やかな夕べ。まだ薄明るい外を眺めながら、シャルヴィはアスクに言った。

「〈久遠の誓い〉を再度結び直すけど、〈因果の塔〉には縛られないなんて、あいつもよく言えたよ」

「もうノルンを縛る必要などないからな」

 因果を狂わす〈荊の魔女〉の力を、抑えるための魔導装置。それこそが〈因果の塔〉。しかしヴァンがノルンの鍵となり、アスクという力の鞘を手に入れた今、それは無用の長物と成り果てたのだ。

「それに、僕たちのこともね」

「ああ……言ってみるものだな」

 ふ、と一息つき、改めて口にする。

「俺が臣籍降下をし」

「僕が第一王子になる」

 シャルヴィが優雅に笑んだ。

「これで僕らの計画通りだ」

 天使のような笑顔はなぜかどす黒い迫力を備えていた。

 アスクとシャルヴィはかねてから計画を練っていた。いずれ実行するはずだった、壮大な我が儘を。

 アスクが王子の位を捨て、シャルヴィを次期国王にするという計画を。

 元よりアスクに政治は向かず、シャルヴィは今の政に憤りすら抱いていた。利害の一致。互いに欲しいものを互いが持っている。二人は寸暇を惜しみ、計画を練りに練り上げ、あとは実行に移すのみだった。そこに降ってわいたのが、今回の一連の事件。これに乗じないわけはない。

「……だが大きくずれてしまった」

 ふて腐れたようにアスクが吐き捨てた。

「俺は母上がノルンの母を殺したなど、夢にも思っていなかった。ましてノルンと……俺まで殺そうとするなんてな」

 自嘲気味な溜息をつき、アスクは机に突っ伏した。その拍子に盛大に紅茶をこぼした。

「僕と兄上の生みの母だよ? 性格最悪に決まってるじゃないか」

 こぼれた紅茶の後始末をしつつシャルヴィが嘆息した。

「僕だって驚いたよ。〈荊の魔女〉の追跡をする儀式をしたら魔法陣が重なってるじゃないか。兄上なら僕が調べなくても分かったでしょう?」

「……そりゃあ」

 宿で受け取った白い小鳥の手紙。そこには〈戦乙女の血路〉と〈墨の一滴〉の魔法陣が書かれていた。ざらついた予感を隠したまま、アスクはリトと共に西へと向かっていたのだ。

 アスクは北に聳え立つ塔を横目で睨んだ。

 あの塔にノルンはいない。代わりに住まうは、二人の母。塔の最下層。地下深くの牢にベルタは収容された。ノルンの禁呪〈三乙女の万華鏡〉により狂った母。人を妬んだ過去を見、摘み取った命のあるべき未来を見せられ、一向に今へとつながらぬ日々を生きることとなった哀れな女。一瞬でも悔恨の情を抱けば解ける呪いは、緩む気配すらしなかった。

「半信半疑だったのに……」

 俯くアスクの肩にしなだれかかり、子供にするかのように頭を撫でた。

「兄上は母上に愛されたかったんだよね」

 自分と違って母の愛を知らない兄。溺愛の苦しみすら味わえなかった兄。その兄を、慰める言葉などシャルヴィに言えるはずがなかった。ただ黙って体温を分かち合う。それしか思いつけなかった。

「……でもあの人はすごいな」

 ぽそりとアスクは呟き、窓の外を見た。夕闇に染まる庭園。涼しげな風が駆け抜ける。

「ずっと調べていたんだな」

 アスクとシャルヴィに知恵を与えた人。二人の計画に手を貸した人物を思う。

「ノルンが出奔するという想定外の事件を、利用するくらいの執念があったとは……思いもしなかった」

「ずっとその機会を窺っていたんだろうね……とんでもない狐野郎だよ」

「俺たちなんて、まだまだあの人の足下にも及ばないな」

 何十年経っても色褪せない彼の人の愛。ベルタの妄執より激しく、苛烈な情念を抱いた人。愛に生き、それでも政をおろそかになどしなかった。アスクが旅の最中に見た国の歪みを、一人で正そうとしていた。二人は黙ってその人を想った。

「そういえば、あの人どこ行ったの?」

「……探してやるな」

 カーテンが風で膨らむ。夕風に仄かに薔薇の香りが乗った。








 深紅のドレスは正装。黒のリボンとレースがあしらわれたその服を着るのは何年ぶりだろうか。ノルンは薔薇園の中央、〈紅薔薇の廟〉を訪れた。そこには歴代〈荊の魔女〉が眠る。祖母も、母も、そこの地下深くにいる。廟の上にははじまりの魔女と呼ばれる乙女の彫像。彼女の胸に抱かれて魔女たちは眠る。

 供える花は紅い薔薇。手ずから摘んだ花束を抱え、彫像の元へと足を運ぶ。

 白い石畳を歩いて行くと、彫像の足下に人影を見つけた。

「…………貴方だったんだね」

 黄昏の薔薇園。影の顔は見えない。

「実は私も、ベルタと同じで……王が私の父だと思っていた頃があったよ」

 影は動かない。ノルンは静かに歩み寄る。

「アウリール三世と会う時は、なぜだかいつも温かいものを感じていたから。もしかしたら……って、ずっと思ってた」

 自分とよく似た瞳をした人だと、思っていた。その瞳が親を亡くした少女を思う目とは違う、温かなものを孕んでいる気がした。

「でも違った。いつも感じていた、真綿にくるまれたような安心感……あれはいつも王の側にいた、貴方のだったんだね」

 吹き抜ける風を受け、影が立ち上がった。

「……宰相……グリーノ」

 振り向いた影は鳶色の髪をなびかせ、ノルンを見た。

「王と目が似ていて当然だよね。だって貴方は、王の従弟なんだから」

 翡翠色の目。ノルンと同じ、透き通った緑色をしていた。

「……人違いですよ」

 グリーノは目を合わせることなくそう言った。ノルンは静かに首を振った。

「過去を視たよ。母は病床で、誰かの手を握っていた。そのとき見えたんだ。貴方の……緑色の衣の袖が……」

 翡翠の宰相と呼ばれる所以。誇り高き色。王族の流れを汲む貴族としての、青と黄の中間色。翡翠色が全てをつなげた。

「来てはいけません!」

 歩み寄るノルンをグリーノが制止した。

 常に静かで、穏やかなグリーノしか知らないノルンはびくりと肩を震わせ、止まった。

「貴女の父親が、私のような不甲斐ない男の訳がないでしょう……!」

 長い袖で顔を隠し、グリーノは血を吐くような声を出した。

「生涯ただ一人愛した人を……殺した人間の尻尾を掴むのに十数年も費やすような愚かな男が……、人の親の訳がない……!」

 手で覆った顔が、歪む。痛いほどに噛みしめられた唇が、ノルンを拒絶する言葉を吐き続ける。

「それどころか仇をこの手にかけることも叶わず……、貴女に……貴女に重荷を背負わせてしまった……! ただ一つの約束も守れずに……!?」

 不意に足がよろけた。

 腹を軽い衝撃が襲ったのだ。下を見てみると、形の良い小さな頭が、翡翠の官服に埋もれていた。

「そんな風に言わないで……!」

 グリーノの懐に飛び込んだノルンが涙声で訴えた。紅薔薇の花束は地に落ち、せっかく清めた顔は涙でもうぐしゃぐしゃだ。

 ノルンは嗚咽で何も言えなくなった。

 言いたいことは山のようにあるのに。

 自分を責め続ける翡翠の人を、慰めたいのに。私は大丈夫だと、言いたいのに。

 涙と共にこみ上げる感情の名前すら分からない。ただただ幼子のようにしゃくり上げ、咳き込み、苦しく喘ぎながらたった一言――

「……とうさま」

 たった一言。

 ようやく絞り出せた言葉は、風に消えそうなほど小さかった。

 幼い頃、シャルヴィが甘ったれた声で父と母を呼んでいるのをいつも聞いていた。どちらもノルンにはないものだと、思っていた。諦めていた。諦めるしかなかった。それが今、目の前にいる。私の父。血のつながった、確かな身の証。ノルンは力の限りグリーノにしがみついた。もう放さない。どこにも行かせない。古い紙と、石鹸と、薔薇の香りのする人。これが私の父だ。

「……こんな私を……赦してくれるのですか?」

 グリーノの手は、未だ虚空を彷徨っていた。震える声で尋ねれば、胸に顔を埋めた少女はこくりと頷いた。

 全身に初めて血が通った気がした。

「親らしいことなど何一つしてあげられなかったのに……、私を……父と、呼んでくれるのですか?」

「これからしてよ……今までの分も! 何度だって私は呼ぶよ! 父様……父様、父様父様父様! 十四年分……ううん、十五年分しっかり呼んでやるんだから!」

 行き場をなくしていた手が、腕が、ノルンの細い体を抱きしめた。アスクとも、ヴァンとも違う抱擁に、ノルンの足は浮いた。優しく髪を梳く指、全ての害悪から身を守る腕。ノルンが味わったことのないぬくもりを、今、ようやくこの身で味わえた。

「これからは一緒に食事もします」

「……うん」

「貴女に似合う服も、髪飾りも、靴も買いに行きます」

「……一緒に選ぶよ」

「貴女の好きな詩も物語も、毎晩眠るまで読みます」

「そんなに小さい子じゃないよ」

「他にももっと……今までできなかったことを、全部します。……生涯ただ一人、私が愛した貴女の母の話も、たくさんします」

 父親だと名乗るつもりなどなかった。王に付き従い、その傍らで成長を見守るだけで良かった。そう、それで良かったのに。

 ノルンの口から父様と、たった一言呼ばれただけで、彼の中に十五年間堰き止められていた娘への愛が、溢れ出た。誰に注がれることもなく彼の中で停滞していたそれは、熱い湯のようにノルンに注がれ始めた。

「ノルン……私とロータの、愛しい娘……」

 頬を伝う、熱い涙。ノルンの涙はグリーノの官服に、グリーノの涙はノルンの肩に落ちた。

 黄昏色の空はすでに瑠璃色の天幕に覆われ、刷毛で掃いたような星の河が流れた。


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