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序章

手探り模索期の作品です。

とにかく魔法と恋が書きたかった!

 嗚呼、〈(いばら)の魔女〉を塔から出してはならない。ライアドルの平和を望むのならば。

 汝、〈荊の魔女〉を侮ってはならない。己の国を失いたくなければ。

 畏怖を忘れるな。

 薔薇を絶やすな。

 さすれば魔女は、我らを護ろう。

 久遠(くおん)の誓いと永遠(とわ)の祈りをもってして。



スノール・エーダ著

『ライアドル史詩集』荊の魔女の章より






序章


 宵闇を落雷が裂く。

 耳を劈く雷鳴が響く。

 紫電の刃が国中に落ちる。

「ああ……未熟なお前を残して逝くのが口惜しい……」

 嗄れた老婆の声がかすかに届く。

 荊の城の〈因果の塔〉の中、老婆は最期の言葉を口にする。

「愛しい子……約束を忘れてはいけないよ」

 絶え絶えに、しかし強い声。それを聞くのは一人の少女と王妃の二人。骨と皮だけになった老婆の手を、少女は祈るように握った。

「どんな未来が……見えたとしてもお前は……この塔から出てはいけない……いいね……?」

「はい……はい……!」

 稲光が少女の瞳を突き刺す。すでに光を失いかけた老婆の目に、少女の瞳が映る。懐かしい色を湛える瞳に、わずかな安堵を覚え、老婆は言った。

「母代わりになれなんだ……婆を……ゆるし…………」

「…………婆様? 婆様? 婆様!?」

 老婆の口はそれ以上動かなくなった。

 刹那、少女が雷鳴と同時に泣き叫んだ。

 雷霆と共に地を穿つ程の雨が降り注いだ。

「婆様ぁぁぁぁあああああぁぁあぁぁあああ! あぁあああああぁ、ああああああぁぁぁぁぁあぁぁぁああぁぁっぁぁぁああ!」

 悲痛な叫びが雨と雷にかき消される。この世の終わりが来たかのような嵐に、国中が震え上がった。

「しっかりなさい!」

 静かに臨終を見守っていた王妃が少女の頬を張った。

「次の〈荊の魔女〉になる貴女がそんなことでどうするの! 貴女の嘆きで世界を終わらせる気ですか!」

 涙に濡れた頬が熱を持つ。それが痛みだと気づくのに、然程時間はかからなかった。

 少女は袖で乱暴に顔を拭い、まっすぐ王妃を見た。拭いきれない悲嘆の色を湛えながら。王妃は白い手袋を外した手で、少女の顔を包んだ。

「お師様……いえ、〈荊の魔女〉様亡き今、青の玉座におられる王を、この国を護るのが貴女の使命です」

「でもベルタ……私……まだ〈スクルドの目〉が開いてないんだ」

「大丈夫です。その扉は貴女が十五になった時、きっと開くでしょう。貴女が心身共に大人となったその時に……」

 少女は不安げに俯いた。握りしめた両手が震える。王妃の言葉も、亡き祖母の言葉も、今はむなしく通り過ぎるだけだった。

「婆様……」

 少女は物言わぬ死体となった老婆の頬を撫でた。

「私……頑張るよ……」

 向き直り、王妃の前に跪く。

「ライアドル王妃にして賢女・ベルタ。我は〈久遠の誓い〉のもと、〈永遠の祈り〉にこの身を捧ぐことを約束しよう」

 瞳が金が輝く。その瞳にもはや悲しみは微塵もない。

「次代の〈荊の魔女〉として」

 王妃はたじろいだ。少女の瞳は、亡き先代と同じ威圧感を持ってベルタを見据えているのだから。

(これが血のなせる技か……)

 背筋を冷たい汗が一筋、流れ落ちた。

「……では、戴冠を」

 老婆の枕元に置かれた宝冠を、王妃は恭しく手に取った。白金と紅玉で作られた、荊の宝冠。少女は黒髪の上に宝冠を戴き、王妃を見た。

「この国は、私が護ろう。ベルタはどうか、国民を護ってくれ」

「……ええ。それが賢女としての私の役目」

「これでもう……私は〈因果の塔〉から出られなくなったな……」

 少女は寂しげに笑った。

 通り過ぎる過去。幼い日々との決別の時。

「アスクにも会えない……」

 一筋、温かな涙が流星のように流れた。まだ幼さの残る華奢な体に、重い宿命が荊のように纏わり付く。

「…………」

 王妃は少女にかける言葉を持ち合わせていない。ただ黙って、少女の悲哀を聞くばかりだった。

「国のためとはいえ、貴女には辛い思いをさせます」

 月並みの慰めに、少女は笑った。胸が締め付けられるほどに明るく。

「私がやらねばならぬことだ。アスクも頑張っている。私も頑張る……ぅ……ぁあ?!」

 突如、少女の顔が苦悶に変わった。

「なに……!? あ、あかい……」

「どうしたのです!?」

「あ、あたまが……い……痛……あ、ああ……ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」

 痛みの中で少女が垣間見たのは、〈扉〉の奥の、最悪だった。



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