間食 ごはん休憩
あまり感情を表に出さず何を考えているのか分かりにくいレヴィアだが、今だけははっきりと苦虫を噛み潰したようなしかめ面が見て取れた。困っている人間を見捨てられない性格であるがためにイリーナを招き入れたものの、やはりかなり苦渋の決断だったらしい。
別にそこまで嫌そうにすることはないじゃないですか、とイリーナは思ったのだが、
「俺は個人と一定以上の付き合いをする気はない。人と関わることがあってもすぐに縁を切ることにしている。それは俺が俺自身に定めた掟だ」
と、いうのがレヴィアの言い分だった。つまりイリーナのことが特別嫌いなわけではなく、相手が誰であっても関わり合いになりたくないということか。掟、という言葉を使うあたりかなり厳しい戒めであるようだ。グストという知り合いや彼の本来の性格を知っていれば妙な戒めのようにも思えるが、さすがにそれ以上のことを訊きだすことはイリーナにはできない。
「一晩だけだ。明日の朝には出ていけ」
念を押すように強い口調で言うレヴィア。はい、と素直に答えるイリーナだが、実は言われた通りにする気はない。彼女はレヴィアと友達になりたいと思っているわけだし、どうせならこの一晩で一気に彼の心を開いてしまおうという算段だ。
というわけで、イリーナは早速行動を開始する。
「レヴィアさん、明日一緒にお出かけしませんか?」
「明日の朝には出ていけと言ったのが聞こえなかったのか?」
行動開始から失敗までは一瞬だった。
「そう言えば貴様は俺と友達になりたいなどと意味の分からないことを言っていたが、俺にその意思はない。諦めろ」
どうやらイリーナの訪問は夕食の途中だったらしく、食事が並べられた食卓に戻るレヴィア。それをきっかけに朝から今の今まで何も食べていないことを思い出したのか、くぅ、とイリーナのお腹から可愛らしい音が鳴る。
「……俺は食事の量が多いから分けてやる。座れ」
思わずお腹を押さえて顔を赤くするイリーナの方を呆れた顔で振り返り、レヴィアはもう一人分の食器を用意し始めた。招き入れること自体嫌で仕方なさそうだったのに、こういうことを進んでするあたりやはりお人好しだ。
レヴィアからのありがたい申し出を断る理由もなく、イリーナは彼の対面の位置になる椅子に行儀よく座って待つことにする。と、恐らくレヴィアの食べかけなのだろう食事を見て彼女は目を丸くした。
「レヴィアさん、これって……」
「俺は食事の量が多いと言っただろう」
当たり前のことのように言うレヴィアだが、イリーナはしばらく驚きが消えなかった。対面に用意されている食事は多いとかいう程度の量ではなかったのだ。料理自体は至ってシンプルで皿の上に焼いた肉が乗せられているだけなのだが、問題はその肉だった。イリーナの顔よりも大きくてしかも見たことのないような分厚さの肉が、なんと六枚も乗っていたのだ。食事中にイリーナが訪れたことを考えると、既に何枚か食べて残りがこれだけなのだろうか。
レヴィアはそんなイリーナの驚きも意に介さない様子で持ってきた食器に六枚のうち一枚を移動させた。
「……見たところあまり大食いではなさそうだが、まだ必要か?」
「いえ、結構です」
ぶんぶんと首を振るイリーナ。足りないどころか、彼女にはこの一枚を食べきることすらできないだろう。
そうか、と一言だけ呟いてレヴィアはパンとスープを食卓に並べる。これで夕食の出来上がりらしい。彼はイリーナの対面に座って食事を再開した。世の大半の女性が羨望の眼差しを向けるような理想の体型を維持している彼の体のどこに入っていくのだろうと不思議になるような量の肉が、瞬く間に皿の上から消えていった。
それを呆然と眺めているイリーナの視線に気がついたのか、
「俺は今日の昼間、わけあって他の街にいた。そこで業を使ってな。俺の業は他と比べるといくらか強力らしく、使用後は異常なくらいに腹が減る」
そう説明した。
そう言えばグストさんも強力な業の副作用で体がどうとか言っていなかったっけ? とふと思い出してイリーナは首を傾げる。過去に、処刑されたクライアス・ラーネルの友達としてトランプにいた(と思われる)レヴィアが業を使えるのは予想できていたことだが、意外と強力な能力を持つ人間は多いものなのだろうか。
そんなことを考えながらの夕食だったが、結局イリーナは一枚の肉の半分も食べきることができなかった。