七年間の
「それで? 貴様はなぜここにいる」
「グストさんの話では余計にレヴィアさんが分からなくなりましたから。直接どういう人なのか見てみようと思いまして」
場所はレヴィアの自宅。そこにいるのはレヴィアとイリーナ。もちろん、少年が少女を自宅に招いた、などという事実は存在しない。
レヴィアは隠すこともなく盛大なため息をついた。基本的に感情が表情に出ることのない彼だが、今は疲れているのがはっきりと見て取れる。その目の前ではイリーナが不思議そうに首を傾げていた。中性的な外見とはいえ、こういう動作をするとその少女らしい可愛らしさが際立つものだ。
もっとも、そんな可愛らしさだって今のレヴィアにとっては疲れを増幅させるものでしかないのだが。
「貴様が俺の人格を知る必要はない。帰れ」
「女の子に貴様、とか言わない方がいいですよ?」
「貴様黙れ」
優しく子供を諭すような態度で言ったイリーナに即答するレヴィア。しかもわざとらしく無理矢理に貴様、という単語を使っていた。グストの言う「レヴィアは子供っぽい」の意味が分かるような気がする光景である。
「そもそもどこの出身だ。俺の知る限りこの村の住人ではないだろう」
とにかく適当ないちゃもんをつけてイリーナを追い返そうとするレヴィアだが、
「気にしないでください」
ひまわりのような明るい笑顔で爽やかにごまかされた。
「そういうわけにはいかん。どこの出身で、どういう目的があってミルトを訪れた?」
「いいじゃないですか、そんなこと。……しつこいっていうのも性格ですかね?」
さらに問い詰めてみても、別のことを言ってごまかされるだけだった。どうやら本気で話すつもりはないらしい。それだけの事情でもあるのだろうか。
レヴィアは再度ため息をつく。
「素性を隠して俺の人格を調査、か。まるでスパイのようだな」
その言葉にイリーナの肩がびくっ、と跳ね上がった。どうやら驚いたらしい。さすがにスパイと言われるといい気分ではなかったようで、
「そ、そうですか? はは……」
声も若干上ずっていた。
「……まあ、いい。せめて騒がしくはするな」
そんなイリーナの様子を見かねたのか、レヴィアは三度ため息をつくのだった。
それからのイリーナは何を思ったのか異常な質問攻めを行ってレヴィアを困らせた。
「歳は?」「出身は?」「趣味は?」「特技は?」「腰の刀はなんですか?」「なんで髪伸ばしてるんですか?」「好きなものは?」「業が使えるって本当ですか?」「好きなタイプは?」「剣術はどこで学んだんですか?」「本当に男性ですよね?」……などなど。
これでもイリーナからの質問のほんの一部でしかなく、騒がしくするなという注意なんか全く効力を持っていなかった。しかも所々でおかしな質問が混ざるからレヴィアの気疲れも半端ではない。
「そう言えば、グストさんは七年前にレヴィアさんがここに来たって言ってました」
「そうか……」
もはやまともに返事をする気にもなれず、ほとんどイリーナの言っていることも聞かずにただ頷いているレヴィア。
「七年前って言ったら、ちょうどあの人の死亡ニュースがあった年じゃありませんか?」
「そうだな……」
「よく考えると、あの人とレヴィアさんって似てませんか? 顔とか、性格とか。歳も、あの人が生きてたら今はレヴィアさんと同じくらいですよね?」
すらすらと語るイリーナはやけにレヴィアのことを探るようにしている。さすがにこれだけ喋っていて相手にされないと寂しいのだろうか。そのことに気付いて、レヴィアはしばらくぶりに真面目に会話をすることにした。
「あの人? 誰のことだ? そんなに俺に似ている奴がいたか……?」
「はい、いましたよ」
レヴィアから返事があったことが嬉しいのか、両手を合わせてほんわりと微笑むイリーナ。こんな無愛想な男と話していて楽しいのだろうか、と思ったもののレヴィアは口に出さなかった。
というより、出せなかった。
続くイリーナの言葉が、レヴィアから言葉を奪っていった。
「トランプが行っている業の人為的発現実験……とかいうのを世界で初めて成功させた被験者さんですよ。七年前に事故で亡くなってしまったらしいですけど……。その人以来、成功者はいないらしいですね。名前は確か……」
あごに指を当ててちょっと考えるしぐさを見せ、イリーナは続けた。
「――クライアス・ラーネル……でしたっけ?」
✚✚✚
クライアス・ラーネル。
トランプが専門的に行っている業の人為的発現実験の被験者にして唯一の生存者。
この実験は業を使用した際に使用者にかかる負荷を人工的に再現し被験者に負わせるもので、その特性上、実験後の被験者は死に至るのが常識であった。しかし改良の果ての実験でクライアス・ラーネルは業を獲得、生き残った。なお、彼以降の被験者では成功者はおろか生存者も確認されていない。
その後、彼は世界でただ一人業を人為的に発現させた特例としてトランプで経過を観察。実験から半年を経て隊員としての活動を開始した。活動は良好。実験によって得た業は一般のそれと比べると比較的強力なようだが、取り立てて問題はない。
それから三年の間、非常に優秀なトランプの隊員として活動を続けたクライアス・ラーネルだが、しかし突然の死亡報告が全世界を駆け巡る。原因は活動中の事故。実験の成功者として研究対象でもあった彼は、わずか十年の生涯に幕を下ろした。
報告書のように簡潔に、素っ気なく文章を並べただけの新聞を投げ捨て、グストは苛立たしげに頭を掻きむしった。外見はたかが十歳かそこらの子供でしかないのに、その顔には年齢に不相応の焦りの色が見える。
「なぜじゃ……なぜ七年も経った今になって……」
部屋の中をうろうろと意味もなく歩き回り、投げ捨てた新聞を拾って再び投げ捨てる。箇条書きのような文章の横に載っているのは一枚の写真。
まだあどけなさが残る幼い少年の写真。肩の辺りまで伸ばした髪も相まってか少女のようにも見える。写真には肩から上しか映っていないが、少しだけ見える部分から察すると黒いコートのようなものを着ているようだ。
クライアス・ラーネル――それは七年も前に死んだ少年の写真だった。
グストはさらに数分、部屋の中をうろうろと歩き回り――ふと何かに気付いたかのように隅の方に置いてある通信機に近寄った。乱暴に受話器を取り、手早くダイヤルを回す。
ほどなくして、相手の声が聞こえてきた。
『どしたの? 通信なんて久しぶりじゃん』
能天気で、どこか気怠そうな相手の声。それすらも今のグストにとっては鬱陶しいものだった。
「どういうつもりじゃ! 七年も経った今、何を始めようとしておる!」
だから、相手のことなど気にしないで最初から怒鳴りつけた。通信相手はグストの知る限りどこまでも能天気だったはずだが、さすがにこれには驚いたようだ。
『急に怒鳴らないでよ、びっくりするじゃん。なに? 怒ってるの?』
「どういうつもりじゃと聞いておる! クライアスの件に関してはワシがここにいるということで七年間、ずっと平穏に済ませてきたはずじゃろう!」
相手の言葉など聞かずに、グストは受話器に向かって怒鳴り散らした。
「そもそもワシとお前が同じ目的を持っておったから、この七年間があったはずじゃ! お前は今更心変わりでもしたと言うか!」
『ああ、そのことね。別に、僕には僕の目的があるんだよ。それを心変わりって言うならそれでもいいさ』
「そうやって戯言を並べてごまかす気か!」
『戯言っていうのは酷くない?』
「黙れ! ワシはお前が何を企んでおるのか尋ねておるのじゃ!」
通信相手のはぐらかすような態度に、グストはますます語気を荒げる。これにはさすがに相手も辟易したのか、ただでさえ気怠そうだった声に疲れたような面倒になったような響きが混ざり始めた。
『あー、じゃあさ、今夜にでもこっちに来なよ。通信じゃ埒あかないみたいだし』
いかにも適当な調子でそう提案する。しかしこの提案はグストにとっては願ってもいないことだった。
「よかろう。ならば七年ぶりに戻ろう。……東トランプ支部に」
『一応、僕の方からも出向くから近くで会おうか。直接話せば納得できることもあると思うよ』
「そうでなければ困る」
低い声で言って、グストは受話器を戻した。
『あ、でも僕って夜起きてるの苦手だから長話は嫌だよ?』
受話器を置く直前で、思い出したような言葉が付け足される。
「せめて逃げるなよ。――ロクローン」
それだけ言って、グストは雑な手つきで受話器を置いた。
どうも、ラギです!
なんか更新が遅くて申し訳ないですね、ハイ。
読んでくれている方がいるのかも分かりませんが……(汗
せめて精一杯頑張るので、よろしくお願いします!