曇り空の
ほんの数分前に振り始めたばかりの雨は途端に激しさを増し、雲の下にいる人間たちの体を容赦なく打ちつけていた。
その雨の下、舗装された地面の上で二人の少年が睨み合っている。
「さっさと終わらせよう、ロクローン」
二人の内片方が口を開く。
長く伸びた黒髪や細い体、さらにわずかに高い声。
全体的には男性らしくもどこか女性的な雰囲気を感じさせるその少年は顔立ちも中性的であるものの、鋭さを感じさせる両目だけはまるで野生の獣のようだ。全体的に黒い衣服を身に纏っているのもそう感じる要因だろう。
「そうだね。僕らには時間がないことだけが共通してる」
相対する少年――ロクローンは年相応の少年らしい人物だった。黒髪の少年とは対照的に、色素が薄い灰色の髪とどこか気怠そうな瞳でその存在感が希薄になっている。
「死なないでくれよ……クライアス」
ロクローンが呟き、両手に持ったものを構える。クライアスと呼ばれた黒髪の少年もまた、それを受けて両手を構えた。
外見を見ただけでも対照的な二人の少年のたった一つの共通点――それは、両手に持った武器だった。
クライアスは二本の黒刀を逆手で持ち、ロクローンは同じく二本の細身の剣を体の前で交差させている。
たった一つ、ただそれだけの共通点はこの二人の関係を示すには十分だろう。互いが互いにとって、ただの敵でしかないのだ。
お互いに構え、その場から動かない。辺りには雨音だけが静かに響く。瞬きすら忘れて視線で相手を牽制し合う二人の間には、まるで巨大な肉食獣が互いを喰い合っているような空気が流れていた。今この両者の間に第三者が割って入ろうものなら一瞬でその生命は失われるだろうとすら思えるほどだ。
じりじりと、空気だけが刃物のような鋭さを帯びていき――
――二人が動いた。
先に動いたのはクライアスだ。逆手に持った刀を地面と水平に構え、迷わず敵の首を狙う。対するロクローンは左の剣でそれを受け止め、右の剣をクライアスに向かって突き立てた。それを避けようと大きく後ろに跳ぶが、一瞬遅い。
「そんな動きじゃ僕には勝てないよ!」
軽い衝撃と同時にクライアスの左肩に鋭い痛みが走り、鮮血が飛び散った。剣の突き立てられた場所から衣服が真っ赤に染まっていき、それも雨で流れていく。さらに剣は流れる血に逆らうように深く肉体に埋まっていった。
「ぐぁ……っ!」
その痛みに呻き、クライアスは咄嗟にロクローンの腹を蹴った。蹴られたロクローンの体が吹き飛び、クライアスはその間に肩の剣を抜いた。さらに宙を舞う敵の体を追わせるかのように剣を蹴り飛ばし、再び刀を構える。
肩の傷は貫通こそしていないものの浅くはない。本当ならすぐにでも手当をしたいところだが、相手もそんな暇はくれないだろう。多少不利だがここから先はまともに左腕が使えない状態で戦うしかなさそうだった。
「調子に乗るなよ……。この程度で俺は負けん」
低く唸るように言い、クライアスは駆け出した。ロクローンが起き上がる前に一気に決着をつけるためだ。
しかし相手もいつまでも倒れてはいない。一息で立ち上がると、向かってくるクライアスに向けて剣を振るった。全力で駆けていたクライアスはそれを避けることができず、今度は腹部に熱い痛みが広がる。
すれ違いざまに攻撃されたクライアスはそのまま倒れて地面の上を転がり、数メートルほど離れた場所でようやく立ち上がった。
ロクローンは、拾った剣をとっくに構え直してクライアスを見下している。
「剣蹴るとかありえなくない? 腕ざっくり斬れたんだけど」
一見傷を負ったように見えない彼だがそういうわけではないらしく、確かに右腕から激しく血が流れ出ている。それでよく咄嗟に剣を触れたものだと、思わず感心してしまうような出血量だ。
「これは戦いだ。無傷で済むわけがないだろう」
「そりゃそうだけどさ」
溢れる敵意はそのままに、至って軽い調子でロクローンは答える。
「この調子でやってたら終わりそうにないじゃん」
ひゅん、と風を斬り、拗ねたような口調で言う。
「もっと本気出せよ」
「それには及ばん」
しかし、クライアスはそれを一蹴した。
「次で確実に噛み砕く」
逆手の刀を構え、高らかに宣言する。噛み砕く、の宣言通り逆手で握られた二本の刀はまるで巨大な牙のようだった。
「へえ……面白いじゃん。やってみなよ」
相対するロクローンはそんな敵の様子に不敵な笑みを浮かべ、両手の剣を交差させた。
直後、二人が同時に駆け出す。
互いの武器を相手に向け、敵を完全に仕留めるために全力で振るう。
次の瞬間、二人の影が交差した。