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水の都で恋をして  作者: 良田めま
第六章
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クラエスの決意

 リルレットの両親からは、やっぱり怒られた。先にブラント隊の誰かが連絡しておいたらしく、顔を合わせるなり雷が落ちた。クラエスとリルレット、両方にだ。その際イフリータはちゃっかりと姿を消しており、後でたっぷり文句を言おうと心に決めた二人だった。

 幸い、お叱りの時間はそれほど長く続かなかった。二人の酷い有様のおかげである。早く着替えさせねばという気遣いの心理が働いたようだ。

 普段弟が使っている荷馬車の御者台に乗り込みながら、リルレットはクラエスに尋ねた。


「着替え、よかったんですか? サイズが合うのないから仕方ないですけど……」

「大丈夫。乾いた泥は払い落とせばなんとかなるし」


 黒に近いコートを着ているので、リルレットに比べれば目立たないのだ。

 遅めの朝食に誘われたけれども、汚れていることを理由に辞退した。リルレットだけでも食べてくれば良かったのにと言ったら、そんなことはできないと、物凄い勢いで遠慮された。

 その代わりにとリルレットが持ってきたものを見て、クラエスは目を細める。


「美味しそうなリンゴだね」

「ナイフがないので、丸噛りですけど」

「問題ない」


 リルレットはにっこり笑うと、スカートを押さえながらクラエスの隣に座った。


 村を出てすぐ、青い光がふわふわと漂いながら飛んできた。

 まさか、真昼に火の玉? と青褪めるリルレットとは対照的に、クラエスは面白そうな顔をする。


「へぇ、リュカと言ったっけ。俺が構成した魔術をもう解析して使ってる。未完成だけど。有望だな。なんで騎士団にいるんだろう」

「あれ、魔術なんですか?」

「そうだよ。昨夜飛ばしたの、見ただろう?」

「あー、あれですかぁ」


 心霊現象でないと分かったリルレットは、緊張を解いて魔術の光をまじまじと見つめた。

 光は心許ない飛行でしばし馬車と並走すると、クラエスの目の前に進み出た。リルレットには、その様が「君に決めた!」と言っているように見えた。

 光が弾け、宙に青い文字が並ぶ。暗号化はされていないため、リルレットでも読むことができた。

 そこには、主犯および、ナシートが倒した魔獣使いを含む三名の協力者を逮捕したこと、これからコールスに護送することが簡潔に書かれていた。



 +++



「リル、眠くないかい? 宿に戻って寝たら?」

「だいじょーぶです……」

「舟に片足突っ込んでるみたいだけど」

「だいじょうぶ、だいじょおぶです」

「……そこまで言うならいいけど」


 本当に大丈夫なのかなと心配になりながら、クラエスはうつらうつらと舟を漕ぐリルレットに肩を貸した。

 柔らかい髪が首や頬をくすぐる。いつの間にか、無意識に髪を指に絡めて遊んでいた。リルレットはそれには気付かず、眠らないと言いながら目を瞑ってかすかな寝息を立てている。

 クラエスは音を立てずに笑った。


 コールスに着くまでの短時間、馬車の上にもかかわらず転寝をしていたリルレットだが、やはりそれだけでは足りなかったようだ。昨日の朝からほとんど丸一日体力を削りっぱなしだったわけだし、疲労が限界を超えていたとしてもおかしくない。

 かく言うクラエスも、そろそろベッドかソファに飛び込んで、泥のように眠りたい気分だった。着替えのため一旦コールスの宿に戻った時、誘惑を振り切るのが難しかったほどだ。


 しかし、眠気を孕んだ穏やかな時間も、犯人たちを乗せた馬車がコールスに辿り着いたと聞くまでだった。

 彼らがいるのは、町にある私設騎士団の駐屯所である。領主館からやや離れた場所にあり、周囲を高い塀で囲まれている。裁きを受ける前の容疑者を一時的に留置する場所でもあるのだ。


 犯人が到着したからと言って、すぐに面会できるわけではない。クラエスは、ロルフが行う事情聴取に立ち会う形で、犯人の顔を見ることになっている。直接話ができるかどうかはその時の状態によるだろう。

 リルレットは付いてこなくてもよかったのだが、どうしてもと言い張ったのだった。


 呼び出されるまでの間、クラエスはリルレットに今まで話さなかった全ての事情を明かした。

 晴嵐の魔石を作った経緯――養父に対する承認欲求。その結果、多くの命を奪うことになり、魔石は破損した。破損した魔石は、王城の保管庫で厳重に封印された。そしてヴィンスのこと。友人と呼ぶほどでもなく、知り合いの域を出ない関係だったが、晴嵐の魔石による事故で彼が亡くなったことで、深い後悔をクラエスにもたらした。


「……ただただ不運だったんだと思います。事故だって、クラエス様の作った物がというより、それを運用する人間が間違ったせいって言うか、そんな気がします……。あの、ヴィンスさんを責めるわけではないんですけど」

「分かってる。あの事故に関しては、ヴィンスは本当に被害者だ。彼は命じられたことをやっただけ。大体、何の実験なら壊れた魔道具――それも、わざわざ封印されたものが必要になるのか分からない。明らかに不自然だ」


 長い説明を聞き終えた後、リルレットはクラエスの心にある罪悪感を感じ取りながら、自身の考えを述べた。

 クラエスにはまだ言いたいことがあるらしく、不満そうに顔をしかめている。


「その上、調査がバッサリと打ち切られたのも怪しいと言う他ない。後から知ったんだけど、実験の担当教官だった男はどこかの大貴族の身内だったらしい。事故後は領地に引っ込み、今は何をしているのか分からない」

「怪しさ爆発じゃないですか」


 権力を握る者が、自分に都合のいい話に塗り替える。よくある話だ。以前誘拐されかけた時だって、一歩間違えばそうなっていたかもしれない。決着のついたことなので今更不服も何もないが、そう考えると、有耶無耶の内に終わってしまったヴィンスの家族や元婚約者のコーデリアなどは無念で仕方がないだろうな、と、一抹の同情を覚えるのだった。

 そんな中、不意に隣が静かになったことに不思議に思って、リルレットは彼を見上げた。彼女の視線に気付いたクラエスは、決意を込めた顔つきで言う。


「王都に帰ったら、俺はあの事故の再調査を陛下に訴えてみようと思う。下級貴族の訴えを聞いてくれるか分からないけど」


 リルレットはぱっと目を閃かせる。


「だったら、ロルフさんやレイカさんにも協力を仰いでみてはどうでしょうか。絶対手伝ってくれると思います!」

「借りを作るのは癪だけど、仕方ないか」

「またまた、そんなこと言って! なんだかんだで信頼しているんでしょう? 二人のこと」

「あのね、俺は――」

「とにかく! 私も、できることがあれば何でもお手伝いしますから」


 どんっと胸を叩くと、クラエスは一瞬不意を突かれた顔をした後、春の梢のように柔らかく微笑んだ。


「ありがとう」


 リルレットは頬を赤く染めた。クラエスの笑顔に照れたのと、大きなことを言って恥ずかしくなったのと、両方だった。

 彼の顔が近づいてくる。静かに目を閉じて口づけに応えると、終わる頃には耳の先まで真っ赤になっていた。その赤くなったところを指先でなぞりながら、クラエスはすっかりくつろいだ風に言う。


「……なんだか、ようやく人心地ついた気がする」

「ふああ! ちょっ、耳はだめです!」

「へぇ? そうなんだ?」

「だーかーらぁ!」


 こんな時にからかうのはやめてほしい。

 茹でダコみたいになって抵抗していると、衝立の向こうのドアが開き、若い男の声がした。

 取り調べの準備が整ったことを知らせる声だった。

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