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水の都で恋をして  作者: 良田めま
第六章
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助っ人あらわる

 イフリータを抱き上げて怪我がないか確認するリルレットを微笑ましくみつめていたクラエスは、ふと鈍く光るものを草むらの蔭に見つけた。

 イフリータが寝ていた場所だ。リルレットが抱き上げた際に転がり落ちたのだろう。


 手にとって見ると、真っ二つに割れた黒い石だった。よく見知ったもの……晴嵐の魔石の一部だ。すでに力を失い、ただの石ころと化している。

 魔獣使いはこれを介してイフリータを操っていたのだろう。ごく普通の人間が、上位の存在である魔人の精神を乗っ取るような真似ができるわけがないのだ。

 ひとまず安心した。だが魔石に替わるものがあれば、また操られてしまう可能性がある。王都に帰ったら詳しく調べてみるべきか。


 その時、上空から「ギャア!」と鳥の鳴き声のようなものが聞こえた気がした。リルレットやイフリータも気付いたらしく、三人揃って空を見やる。


「あれは……まずいな」

『まあ、クラエスったら。一人で何を食べてるの?』

「食べ物の話じゃないよ……」


 何をどうしたらそんな勘違いに行き着くのか。体と一緒に知能まで萎んでしまったのか。

 上空では、巨大な鳥魔獣の群れがぐるぐると獲物を探すように旋回していたのだ。意識を集中して観察すると、魔術的な呪縛から解き放たれているのが分かる。さっきまで操られたイフリータに追いかけ回されていたから、目は確かだ。


 イフリータを解き放ったから、ではないだろう。

 他に思い当たるのは、術者が倒された可能性だ。倒したのは別行動をしているナシートだろう。クラエスが何もしなくても結果は同じだったのかもしれないが、そこはそれ。契約者としての面目が保たれたということで、よしとしよう。


「術が強制解除されたってことは、今この山には、多数の魔獣が野放し状態になってるってことだ」

『ふむふむ。それで?』

「それでじゃないですよ、イフリータさん! ものすごく危険ってことじゃないですか!」


 リルレットは拳を握り、ざっくりとした懸念を力説した。しかし、返ってきたのは『ふ~ん』という気のない答え。クラエスは、目を点にして絶句するリルレットの頭をぽんぽんと叩く。


「仕方ない。イフリータにとって、大抵の魔獣は蚊みたいなものだから」

「でも……でもぉ!」

『分かってるわよ、二人とも。心配しないで。要は全部燃やしちゃえばいいんでしょ』


 ばちんとウィンクするイフリータに、クラエスは顔を強張らせた。


「待てイフリータ。その全部というのは何だ? 木とか森とか山とかは入ってないよな?」

『全部は全部よ。心配しないでったら。わたしに任せて!』

「だから待てって言ってるだろ!」

『そぉれ!』


 イフリータは人差し指で大きく弧を描いた。その軌跡が炎の輪となり、宙へ広がる。

 地上の明かりに気付いた鳥魔獣が、一際甲高い声で鳴いた。それが号令だったのか、他の鳥魔獣も一斉に動きを変える。

 ――クラエスたち三人を捉えたのがハッキリと分かった。


「あのなぁ……」


 手で頭痛のする額を押さえるクラエス。契約の書き換えが必要かもと本気で考えるのだが、イフリータは意気揚々と敵を迎え撃とうとしている。

 たぶん、クラエスたちの役に立とうと張り切っているのだ。その気持ちは嬉しいのだが……。


「クラエス様。見えてはいけないものが見えます……」

「どうしたリル!? 魂の抜けたような顔をしているけど!?」

「はい……。もうすぐそうなるかもしれません……」


 青白い指先を向けた先を振り返って、クラエスはぎょっとした。もはや今日だけで何度「ぎょっ」としているか分からない。

 木々の合間から、獲物を見つけた猟犬のように突撃してくる狼魔獣の群れを目にしたからだった。

 あっちも首輪が外れていたか。


「リル、下がって」


 無理やり背後へ押しのける。

 上と下。イフリータが上を受け持つなら、自分が下を掃除するしかない。


 怪鳥がけたたましく喚き、三人に向かって急降下をはじめる。

 待ち受けるのは、自信たっぷりに空中で仁王立ちする炎の化身。


 しかし――彼女の魔法圏内に入る直前、別の方角から飛んできた光の球が怪鳥の眉間に直撃した。

 瞬く間にババババンと光が炸裂し、空に無数の花火が咲く。

 ごうっと激しい炎に灼かれた魔獣たちが、赤黒い軌跡を描きながらボトボトと森の中へ落ちていった。

 突然のことに驚くリルレットたちの背後で、聞いたことのある声が号令をかける。


「よし、全弾命中。リュカは引き続き空の魔獣を狩れ。エトガーとヴァルターは地上を掃除! かかれ!」

「了解」

「あいよ」


 若い声による命令に、いくつかの応答があった。かと思うと、リルレットの両脇を二つの影が駆け抜けていく。一つはのっぽで、もう一つは大柄な男だった。

 その甲冑に見覚えのあったリルレットは、動揺を隠せずにうろたえる。


「お、王都の騎士様……?」


 二人の騎士は魔獣の群れ目掛け、颯爽と斜面を下っていく。背の高い方が何かを取り出し、群れの目の前へ投げつける。直後、鋭い閃光が視界を覆い尽くし、魔獣たちの憐れな悲鳴があがった。騎士たちは容赦なく、動きを止めた魔獣たちを仕留めていく。


 一方空では、先ほどと同じ魔術が鈴なりに爆炎をあげた。その攻撃で、空を舞う怪鳥の群れはほとんど全滅する。残った数羽も、怯えるように慌てて飛び去っていった。

 唖然とするリルレットの背中に、温かい手が添えられる。クラエスの視線に促されて背後を振り返ると、そこにいるはずのない人物――ロルフ・ブラントがにやにや笑いで立っていた。


「ロルフさん!?」

「よっ。久しぶり」

「な、なんでここにいるんですか?」


 王都からここまで、かなり距離がある。クラエスが魔術で伝書を飛ばしたのは昨夜のことだ。どんなに急いだとしても半日、いやそれ以下で到着するはずがない。


「それがな、実はお前らが発った翌々日くらいに、俺らも後を追って王都を出たんだよ。ユイさんの命令で」

「命令って。お前の上司じゃないだろう……」

「いやー、あの人に強い口調で頼まれると体が勝手に動くんだよ。なんでかね?」

「寝てる間に人体改造されてるんじゃないか?」

「怖いことを言うなよ」


 ロルフは真顔で返した。洒落にならないと感じたのか、一度大きく背筋を震わせ、気を取り直すように続ける。


「伝書はちゃんと受け取ったよ。オレがどこにいても届くの、すげぇのな。ウェスター卿にも連絡してあるから、じきに伯爵の私兵も駆けつけるはずだ。俺たちは少数だから先に来た」

「さっきの彼らは大丈夫なのか? 二人だけで」

「あー、エトガーとヴァルター? 大丈夫大丈夫。手練だから」


 そしてロルフは、「リュカ、ユリアン」と残る二人に声を掛けた。

 一人は少年騎士で、もう一人は明らかに騎士ではないローブ姿。リルレットよりも年下の女の子だ。彼女は見るからに緊張した様子で、まっすぐクラエスを見上げていた。


「はは、はじめまして! リュカ・レと言います。おおお、お会いできて光栄であります!」

「はじめまして。クラエス・ハンメルトだ。さっきの魔術は君の? タイミングの微妙なズレまで完璧だった。良い腕だ」

「本当ですか!? あありがとうございますっ」


 盛大にうろたえるリュカに少年騎士ユリアンが「どもってますよ」とツッコミを入れるが、脇腹を指で刺され悶絶した。

 苦笑したロルフがリュカの頭にぽんと手を置き、フォローを入れる。


「クラエスは国有数の魔術師だからな。特にリュカくらい若い魔術師は、憧れてる奴も多いんだよ」

「そうなんですよ! なのに年始めの挨拶でしか登城されませんから、ボクたち平魔術師がお会いできる機会はほぼ皆無! 過去に開発された素晴らしい魔術や魔道具の数々、そして近年の著作の中でのみ、その輝かんばかりの才能に触れることが許されているのです! 激レア!」

「なぜか褒められてる気が全然しない」

「まあ褒めてないよな。勝手に舞い上がってるだけだ」

「褒めるだなんて! そこまで思い上がっちゃいませんよ、ボクは」


 あわあわと焦る少女、困った感じに微笑むクラエス、とぼけた顔で茶々を入れるロルフの三人を回し見ながら、リルレットはなんとはなしに話を聞いていた。

 人によっては疎外感を感じる場面だが、自分が門外漢なのは今更認めるまでもないことなので、気にならない。それよりも、地面にうずくまって救いを求める手を伸ばしている少年騎士の方が心配になる。仲間であるはずのロルフとリュカがスルーしているので、とても気まずいというか戸惑うというか。声をかけてもいいんだろうかと、ためらってしまうのだった。


「とにかく、ここからが頑張りどころですっ。奥方様ともども、ぜったいに傷一つ負わせませんともっ!」

「おくが……!?」


 瞬時に首から上を熱くさせ、ロルフを見上げる。自分のことをそんな風に伝える人間は、彼くらいしか思いつかなかったからだ。案の定そうだったらしく、ロルフは得意気にウィンクして親指を立てる。


「ははは、リュカ先輩ってば、張り切っちゃって。馬上じゃ死にそうな顔してたくせに……ごふっ」


 ようやく脇腹の悶絶から復帰したユリアンの後頭部に、リュカが笑顔で肘鉄を落とした。こういう待遇の少年のようだと、クラエスもリルレットも気にしないことにした。


「ところでロルフ、どうしてここが分かった?」

「あんだけ派手にどかんどかんやってたら何かあるって分かるさ。よく無事だったな、お前たち」

「あー……。うん、なかなか手強かったけど、なんとか」


 大体イフリータのせいだ。

 だが、そのことには触れない方針らしい。とりあえず今は。目を見られたら知らんふりを貫き通す自信がないので、リルレットは必死で顔をそらした。彼女の腕の中で、イフリータも明後日の方向を向く。

 そんな彼らの様子にロルフは一瞬訝しんだが、そんなことよりも優先させなければならないことがあると判断したようだ。軽薄な調子を一転させて、切れのある表情を作る。


「とにかく無事で良かった。詳しい話は町に戻ってから聞く」

「ロルフたちは?」

「俺たちはこのまま魔獣の討伐と捜索を続ける。お前たちを狙っている主犯が近くにいるはずだからな。さくっとひっ捕らえてくるよ」


 頼もしい返事を聞き、リルレットはほっと息をついた。

 が、不意にあることを思い出す。主犯の女は、確か多数の魔獣を侍らせていたはずだ。同じ魔獣使いに操られていたなら、空の魔獣と同じように首輪から解き放たれた状態なのではないか。

 慌ててそのことをロルフに伝えると、彼もさすがに顔を引き攣らせて部下に先に行くよう指示を飛ばした。


「クラエス、リルレットちゃん。二人はコールスに戻っていてくれ。捕物は俺たちの仕事だ」

「何を言う。君たちは少人数だろ。俺も手伝う」

「馬鹿言え。大事なリルレットちゃんを一人で帰らせるつもりかよ。こっちだってプロなんだからな。お前がいなくても何とかなるっつーの」


 そう言われると、クラエスには返す言葉がない。神妙な面持ちで頷くのを確認すると、ロルフは身を翻して木々の奥へと駆けていった。


 主人の背中を見つめるリルレットの耳に、小さな溜め息が聞こえてくる。

 ついていきたかったのだろうか。

 リルレットは戸惑う指をさまよわせた。


「あの、クラエス様。私は一人で――」

「あいつに指摘されて気付くとか、最悪だな……。すまなかった、リルレット。ご両親にもきちんと謝罪しなければ」

「え? あっ、い、いいですよそんなの! だって、私が外出なんかしなければよかっただけの話で……」

「イフリータに誘われたから、だろう? イフリータの飼い――契約者は俺だし、危険に巻き込んだ原因も俺だ。それに、ご両親はきっと君が帰ってこないのを心配しているだろう。コールスに帰る前に、君の村に寄っていこう」


 リルレットはおずおずと頷いた。

 家族を不安がらせている自覚は彼女にもあった。早く顔を見せて、安心させてあげたいと思っていた。だからクラエスの申し出はありがたい。だけど、もしかしたらクラエスが責められるのではないかと、少々心配したのだ。

 そんな彼女の内心を察したのか、クラエスはにこりと微笑みかけた。


「承知の上だよ。怒るのは当然だ。大事な娘を傷つけられたらね」

「私、怪我なんかしてませんよ。擦り傷はたくさんあるけど、こんなので騒いでたら呆れられちゃいます」

「擦り傷なら魔術ですぐ治せるけど……」


 なぜかクラエスは言い淀んだ。その視線を辿って、リルレットは「あ」と声を上げる。

 服も手足も、泥土で真っ黒だった。元が白かっただけに悲惨さは顕著だ。

 これで山を下りるのかーと、やや苦笑いでクラエスを見ると、彼も似たような状況だった。


「ぷはっ」

「……笑うなよ」


 つい息を噴いたリルレットに、クラエスは苦々しい顔をする。それがまた可笑しくて、とうとう本格的に笑い出した。


「あははっ、だって、色々台無し……あははは!」

『あははは!』

「イフリータ、君には笑う資格ないからな!」


 改めて互いの有様を見比べると、せめて手と顔くらいは途中の川で洗っていこうと二人で結論づけたのだった。

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