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騎士たちの攻勢

 目を覚ましたリュカが真っ先に認識したのは、頬に当たるひんやりとした感触だった。

 とても寒い。部屋の中とは思えないほどだ。いつもはベッドを暖めてからシーツに包まるのに、昨夜は忘れてしまったのだろうか。

 いや、なんだか変だ。ベッドが固い。いくら安物の支給品といっても、こんな固さではなかったはず。

 そこまで考えたところで、リュカは一気に覚醒した。


「そうだ。ボク、捕まっちゃったんだっけ」


 ロルフたちが怪しい人たちを引っ捕らえたと思ったら、自分が敵の手に落ちていた。頭上からいきなり魔術の火が降ってきて、不意を打たれた隙に背後から羽交い締めにされた。

 一言二言で説明できるくらい簡単だ。それだけに、何もできなかった自分が不甲斐ない。

 そしてユリアンも。曲がりなりにも騎士なのだから、見事な体術で敵を吹き飛ばすとか、朗々と警告するとか、何かしら行動してほしかった。


「くそう、新人くんめ! 朗々とどころか堂々と逃げやがってー!」


 帰ったら絶対復讐してやる。

 拳を握ろうとして、リュカははたと自分の体を見下ろした。

 石畳の上に転がされている。頬が冷たかったのはそのせいだ。手と足はそれぞれ麻紐できつく縛られている。一応足掻いてみたが、身動きがほとんど取れない。

 紐は首にも巻かれていた。気付いた瞬間はぎょっとしたが、すぐに危険となる代物ではなさそうだと分かって安堵する。

 紐には魔石が通されている。見た目だけなら子供が初めて工作したペンダントだ。いや、子供が作った方が上手いかもしれない。これは拙い上にセンスがない。尤も、製作者もセンスなど求めていないのだろう。


「なんでしょう、これ? ……ま、いっか」


 とりあえず分からないものは後回しにして、周囲を観察する。

 監禁された部屋は、寮の自室より広い。しかし何もない。絨毯くらい敷けばいいのにと、建物の持ち主のためというよりは転がされた自分のために思う。

 部屋に窓はなく、明かりは一本の蝋燭のみ。先程灯されたばかりのようだ。暖を取るには小さすぎる炎。全身の冷えを思い出して身震いする。


「ここ、どこですかねぇ」


 誰もいないから答えなどあるはずもないのだが、声に出さずにはいられなかった。

 心細さを感じる程度には、弱っているのだ。逆に言えば、日頃が平穏だということだ。ブラント隊の人たちと過ごした日々が懐かしく感じられる。


「って、いかんいかん。こんなことで気弱になってちゃ。天国のお母さんに合わせる顔がありません」


 ――とはいえ、心細さに変わりはない。

 何もない部屋を不安げに見回す。

 しばし、音もなく時間は流れた。

 静寂が破られたのは、それから十分程経った頃だろうか。

 カツ、カツと不気味な足音がして、扉が開いた。

 暗闇に差し込んだ光りも蝋燭の炎だ。どうやら今は夜らしい。

 入ってきたのは、暗い表情をした痩身の男。彼女から見ると背後にいたため見覚えはないが、ロルフたちの優勢を逆転させた魔術師に違いなかった。


「やはり起きていたな」


 リュカは露骨に顔をしかめた。まるで何でもお見通しだというような物言いが不快だ。

 魔術師はふんと鼻を鳴らしただけで、リュカの態度については何も言わない。それもまた気に食わないが、今のところ反撃する手立てはない。

 せめてもの反抗として、無視を決め込むことにした。会話を放棄されたくらいでは、魔術師は痛くも痒くもないのだが。

 実際、彼は特に気にした様子を見せなかった。


「さて。自分の立場が分かっているのなら、こちらの期待に応えてもらおうか。それとも、現状を思い知らせるところから始めなければならないかね?」


 心底楽しんでいるような声音に肌が泡立つ。

 リュカはごくりと唾を飲み込んで、魔術師を凝視した。


 ***


 夜半過ぎ。

 ブラント隊は、夜闇に紛れてドローゼン砦が見える場所までやってきた。砦まではまだ距離があるが、かつて見張り台があった場所なので、明るい昼間なら大凡の全貌が見渡せる。今は真夜中なので、黒い輪郭をぼんやりと掴める程度だ。

 高台は足場の悪い岩場のため、せいぜい大人二人くらいしか乗れない。そこにいるのはロルフとユリアンだけだった。

 ブラント隊の新米騎士は彼一人だ。他の若い隊員は大体ロルフの顔見知りで、彼のやり方を知っている者が多い。

 隊には隊長よりも年嵩のメンバーが半数以上いて、ヴァルターのように隊長に反感を抱く者が何名かいる。そういった者たちは、高台のロルフたちをきつい視線で見据えていた。


 ロルフは下からの視線を気にする様子もなく、砦の周りをじっくりと観察する。その隣で、ユリアンも同じように暗闇に目を凝らしていた。


「見えるか? 門の上に見張りが一人立ってるだろ」

「うーん。見えません」

「諦めるな、もっとよく見ろ」

「無理ですよ。だって暗いですもん」

「あのなぁ、ユリアン。隊長が俺だからいいようなものの、他の奴の前でそんな生意気な口叩いたら大変だぞ。こういうときは、嘘でもいいから『はい』と答えるんだ」

「分かりました、隊長」


 ヴァルター辺りが聞いたら米神に青筋を立てそうな会話を交わしている。その様子を想像するとロルフは苦笑を禁じ得なかったが、さすがに今はそういう場合ではないと口元を引き締める。


「あっ。見えました、隊長。あの動いてる奴ですね」

「そうそう。何持ってるか分かるか?」

「槍ですね。あの長さと穂先の形はショートスピアでしょうか」

「ちゃんと見えてるじゃないか。さっきのはジョークか?」

「いやあ。僕も早く一人前になりたいですから」


 冗談交じりに言うと、ユリアンは照れたように笑った。


「そのお調子者がなくなれば正騎士昇格も早いだろうよ。ま、オレが言えたことじゃないか」

「あはは」


 調子に乗って笑うユリアンをこのやろと小突く。完全にいつものペースだ。これまたヴァルターが聞いたら、怒りのあまり卒倒しそうだ。乱暴な言動に似合わず真面目な男なのだ。


「隊長」

「ん?」

「ありがとうございます」


 暗闇の向こうをじっと捉えたまま、ユリアンは言った。ロルフは口の端をあげただけで、無言で彼の謝辞を受け取った。

 従騎士になると同時にブラント隊に配属されたユリアンにとって、これが初めての実戦だ。相手は死ぬ気で歯向かってくるかもしれない。自分だって無事ではいられないかもしれない。毎日行っている戦闘訓練とは違う。しかも、ユリアンの得意な弓は暗闇の中では真価を発揮できない。いくら平静を装っても、緊張を抑えることは不可能だった。

 軽口がユリアンの緊張を解すためだったことは、しっかり看破されていた。嬉しいやら照れるやら。もっとも、これくらい見抜いてくれないと先が思いやられる。


「隊長。エトガーたちがが戻ってきました」


 丁度よい頃合いになって、味方が下から声を張り上げた。偵察に遣ったヴァルターとエトガーが戻ってきたようだ。


「お。帰ったか。いよいよ行動開始だ、ユリアン。しっかりオレに付いて来いよ」

「はい!」


 顔を引き締めて頷くユリアン。

 戦いが始まる。


 ***


 ドローゼン砦、旧執務室。


「だからぁっ。ボクは魔術師じゃないです。あなたの先生になんかなれませんってば。何回言ったら分かるんですか」


 大人のくせに――とでも言いたそうな詰りにも、顔色の悪い魔術師は引き下がらない。


「いいや、お前は魔術師だろう。私には分かっているんだ。大人しく私の師となれ」

「百歩譲ってあなたの言うとおりだったとしても、絶対やーですぅ!」


 リュカはぷいっとそっぽを向いた。

 さっきからずっとこの調子だ。

 この魔術師――セザールという名前らしい――は、リュカを魔術師と見込んで押しかけ弟子になろうとしているらしい。そのために彼女を攫ったというのだ。

 分からないでもない。魔術師は決して一人では一人前になれない。

 素質があれば、ある程度は独学と感覚でも何とかなる。しかし、そこには非常に危険が付き纏う。というのも魔術は感覚によるところが大きく、それは高位の魔術になるほど繊細なコントロールが必要になってくるのだ。全てを個人の力のみで習得しようとするのは無理がある。どんなに強い素質を持っていても、だ。

 セザールが今まで無事だったのは単なる運だろう。


(例の魔石はこいつが作ったんですね、きっと。絶対に許せない)


 心の中で男を睨み付ける。

 師を求めるということは、学ばない魔術の危険性を理解しているということ。リュカが思うに、彼はスラムの人たちを実験に利用したのだ。上手く作用するようなら、他の場所でも売るつもりだったのだろう。

 それに何より、危険な魔術を用いること自体リュカにとっては許し難い。現在に至る全ての魔術師を侮辱する行為だ。


(隊長さんたち、何やってるんでしょう!? さっさとぶちのめしてやりたいのにっ)


 リュカは為す術もなく地べたに転がっているだけではなかった。機を見て反撃するつもりだ。ただ今は敵の数も不明だし、自分がどこにいるのかも分からない。たとえ敵を殲滅できたとしても、真っ暗闇の中で迷子になって凍え死ぬのは勘弁願いたい。

 ――だから早く来い、騎士団!


「セザールさんっ」


 扉を外しそうな勢いで飛び込んできたのは、スラムで一度ヴァルターにやり込められた若者だった。余程慌てているのか、腰の鞘にあるべき剣が収まっていない。


「大変ですっ。この場所が気付かれちまいました!」

「なに? どうやって?」

「知りませんよ、そんなこと!」


 リュカが残した手掛かりを調べたのだ。賊たちに気付かれないようにほくそ笑む。

 それにしても、こんなに早く突き止めてくれるとは思わなかった。おかげで敵は混乱しているようだ。開け放たれたままの扉の外から、怒号や悲鳴が聞こえてくる。


「セザールさんだけが頼りなんですよっ。そんな女騎士相手にしてないで戦ってください!」

「ボクは騎士じゃありませんっ」

「そうだ。こいつは魔術師だ」

「ま、魔術師でもありませんっ」


 セザールは苛立った目でリュカを見下ろした。初めて見せる男の感情だが、当然嬉しいはずもない。彼の苛立ちは思いのほか深いようで、リュカを僅かに怯ませる程の力があった。


「……仕方ない。この子供が逃げぬよう、見張っておけ」

「わ、分かりました」


 戦わなくて済んだからか、幾分ほっとした調子で若者は答えた。

 それからセザールはリュカを振り返ると、


「小僧」

「女です!」

「どっちでもいい。ここから逃げようなどと思うなよ。血肉をまき散らして死にたくないだろう。俺はいつでもお前を消すことができる。その玩具でな」


 骨と皮だけのような指で彼女の首を指さし、にやりと笑った。あまりの薄気味悪さにぞっとする。言葉を返せない内に、男は扉から出ていった。

 セザールもその仲間たちも、命懸けで戦うだろう。騎士たちを殺すつもりで掛かるつもりだ。

 ロルフたちは無事だろうかと、少しだけ心配になる。助けに来たのがブラント隊だとは限らない。けれど、きっと彼らだという予感がリュカにはあった。


(今がチャンスだ。内側から突けば、敵はもっと混乱するはず)


 視線を下に動かして、首に巻かれた魔石を見下ろす。これは恐らく爆弾代わりだ。セザールが命じるか、こちらの魔力に反応して起爆するのだろう。

 普通なら怖くて動けない。――普通なら。


「へへっ。セザールさんがいれば怖いものなしだぜ。なんたって魔術師だからな。見てろよ女騎士、お前の仲間なんか全員ぶっ殺してやるぜ」


 急に気が大きくなった若者は、リュカの傍に胡坐を掻いて無防備な背中をこちらに晒した。その背を醒めた目で見やりながら、リュカは呼吸に意識を集中する。


「……何度言ったら分かるんでしょうね、ここの人たちは」

「あん? 何か言ったか、女騎士」

「だからぁ――」


 突然、振り返った男の前に人の頭ほどもある火球が出現した。火球は男の腹に直撃し、霧散する。


「ぎゃあああ!?」


 床をのたうち回る男を尻目に、リュカはすっくと立ち上がる。手足を縛っていた縄がはらりと解け、石床の上にとぐろを巻く。


「ボクは騎士じゃないですってば」


 自信たっぷりにふんぞり返るリュカの胸元で、力を失った魔石が暗い色をして揺れている。床にはぷすぷすと音を立てて焦げた若者。見た目は酷いが、手加減をしたので実際は大したことないはずだ――たぶん。


「さて、と」


 パンパンと服の埃を手で払い、天井を見上げた。

 この上は二階だろうか。砦だけあり頑丈そうだ。天井を二、三枚ぶち抜くにはどれくらいの力を使えばいいだろうか。

 賑やかな想像を膨らませると、リュカはにやりと悪魔的な笑みを浮かべた。

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