プロローグ2-1 時間は遡り、緊急事態発生
その知らせは、何気ない午後の空気を切り裂くようにやってきた。
社内チャットに、たった一行の速報が走った。
【至急】○○学参パンフ撮影モデル変更対応の件(※機密事項扱い)
ざわめきは、すぐに静かな動揺へと変わった。
中堅広告代理店・グリーム・コミュニケーションの制作部が受け持つ教育関連パンフレット。そのメインモデルを務める予定だった高校生インフルエンサーが、突然の降板となったのだ。
「他部署だけど、モデルに欠員が出たらしいよ」
三好がタブレットを見せながら、小春に囁いた。
チャットには、案件概要も簡潔に書かれていた。
「うちの課が直接担当してる案件じゃないけど、社内で応援を出せないか探してるってことらしいよ」と三好は続けた。
降板の詳細は一切伏せられていた。ただ、「社外には絶対に情報を漏らさないこと」「口外厳禁」という強い注意喚起が添えられている。
「......やらかしたってことね、たぶん」
三好がスマホ越しに呟く声は、低く抑えられていた。
SNSが絡んでいるという噂だけが、ほんのりと漂っていた。しかし、問題の中身に誰も言及しようとはしない。内容が伏せられている以上、推測もまた禁物。何より、パンフレットの制作自体は止められない。
撮影の設定としては、中学生を演じるらしい。元々のモデルも高校生にしては幼い外見の少女だった。
代役となるモデルは、明日中に決めなければならなかった。拘束期間もそれなりにある。元々のモデルですら、学生の身分に配慮して1日の作業時間は短く設定されていた。
「でも......そんな短期間で信頼できる中学生モデルなんて、どこから」
誰かが漏らした言葉に、別部署の社員が目を伏せる。
「信頼できる、っていうか、“外部に漏れない人選”が最優先なんだ。事務所所属の子を使うと、どこかから情報が漏れるリスクがある」
つまり、素性が社内で管理できて、信用保証もある......そんな人物でなければならない。候補は極端に限られる。
そのとき、誰かがぽつりとつぶやいた。
「......佐倉課長の甥っ子って、去年の懇親会に来てたよね?」
まるで合図のように、周囲の視線が静かに動いた。
......あの子、確か小学校高学年だったけど、見た目はもう中学生みたいだった。
......課長が“甥っ子です”って紹介してたけど、ほんとに芸能人かと思った。
......撮影慣れしてなくても、あの顔立ちと雰囲気なら。
自然と、一つの名前が社内の“沈黙”の中で浮かび上がっていく。小春も思い出していた。課長のスマホ画面で一瞬だけ見た、整った顔立ちの少年の姿を。
「佐倉課長......大変そうですね」
小春の言葉に、三好が小さく頷いた。
「さっき、顔を出した社員は、鈴木くんって言うけど、営業二課の課長に頼まれて、佐倉課長に探りを入れに来たわね。どんな事情があるにせよ、自分の家族が社内の“代役”として見られるのって、普通はきついよ。でも......こういうとき、頼れるのも事実なのよ」
モデル不在、撮影迫る、そして守秘義務......
様々な条件が絡み合い、誰かの“顔”が一つの解決策として持ち上がる。優しさと現実の板挟みの中で、佐倉課長が何を選ぶのか、小春にはわからなかった。
だがただ一つ、このざわついた午後が、今後の何かを大きく動かす前触れであることだけは、はっきりと感じられた。




