9 頭をなでるのは、誰?
ゼフィルはある日の午後、とある医術者を訪ねるために、街を歩いていました。
すると、路地の角を曲がった先に、怪しい男が立っています。
上から黒っぽいマントを纏い、帽子を深々と被り、その表情が見えることはありません。
嫌な雰囲気を感じながら警戒しつつ、その男の横を通り過ぎようとしたところで
「ゼフィルさん。先生にあまり深く関わらないでいただきたい」
その男の横で、ゼフィルは立ち止まり、目線だけ男の向けます。
「なぜ?」
「一応、お伝えはしましたので」
その男は、それだけ告げてゼフィルが来た方向へ歩いて去っていきました。
一方そのころ、リリアーナのカフェは午後ということもあり、そこそこのお客さんがいらしていました。
トレストのことは気になりますが、それを気にしたところで治りが早くなるわけでもなく、気持ちを入れ替えて接客に勤しんでいました。
新しいお客さんのテーブルに珈琲を出している際に、
「ごちそうさま。お代ここに置いておくよ」
そういって、一人のお客さんが席を立ち、店を後にしました。
「ありがとうございました!」
リリアーナはお客さんがいなくなったテーブルから、カップを片付けてお代を回収しようとしたところに、一枚のメモ用紙が挟んでありました。
『ハリッチ親子の医者には、深くかかわらないように』
リリアーナがそのメモを見た後、すぐにお店の外を見まわしましたが、すでにその客の姿は見えませんでした。
その日のカフェの営業を終えて、リリアーナはポケットにしまっておいたメモ用紙を取り出しました。
リリアーナは、普段よく使っている魔装具に、このメモ用紙を鑑定に掛けようとしていたところです。
奥から取り出してきたのは、感情を読み取る魔装具です。
その名を『ロードナイト』という、手のひらに収まりが良い、ひび割れた六角の赤いチャームです。
そこに秘される力は、『もう一つの顔』。
元はこの魔装具の核の石の名前がロードナイトと呼ばれるものですが、いつしか、この魔装具をそう呼ぶことが多くなっていました。
この魔装具最大効力は『成し遂げる力』
リリアーナの手によって効力を弱めてある魔装具です。
魔装具の力を弱めているうちは、目立って代償を求めてきません。
言い換えれば、代償を求めるに値しない低レベルでの使用で使っています。
代わりに最大に調整した場合、チャンスを暴力的に引き寄せ、主の願いを叶えると引き換えに、それ以上の代償を要求される魔装具です。
過去の歴史で誰かの手によって、魔力をかなりの低レベルで封印され、そのまま『ちょっとした魔装具』として安価に流通していたものを、リリアーナが見つけました。
リリアーナの能力が本当の価値を見出したために、最大化へ繋がる回路を遮断してさらに能力を弱めて、占いやおまじないレベルにしてあります。
リリアーナは、メモ用紙の上に魔装具のチャームを置いて、魔力を込めます。
やがて、魔装具が光りだし、リリアーナは光の中を覗き込みます。
そこに見えるのは、このメモ用紙からは負の感情は読み取れないこと。どちらかというと、親切心で書かれているということ。
心配の色も少し見えます。
いまいちはっきりしないのは、ハリッチやトレストが将来に不安に感じるのは当然として、違うところの感情も見えてきます。
リリアーナはドライバーとピンセット持ち出して、もう一度光の中を覗き込みます。
そのドライバーやピンセットは、直接魔装具に触れてはいません。
チャームより少し上、光に包まれている空中のある一点を、リリアーナには見えているのでしょう、その部分を執拗に触っています。
試しに、指向性をかなり狭い範囲で絞ったまま、出力をプラス調整して、ゼフィルをイメージしてみます。
そこに見えるのは、ゼフィルが抱くリリアーナ自身へ向ける好意の色です。
リリアーナは、光の中でうんうんとうなずいて、調整を元に戻します。
これで、この魔装具が正しく動作している、動作確認が完了です(?)
リリアーナは、この瞬間だけは機嫌が良いようですね。
リリアーナは引き続き、別の調整に入ります。
時折、光の色が変わったり、光量が増大したりしますが、徐々に光は落ち着いていき、やがて消えていきました。
この魔装具の調整を施しましたが、そこからリリアーナが見たのは、お医者様やこのメモを書いた当人の感情から違う心配を感じます。その心配はトレストの病気のことではないようです。
このまま調整を最大化すれば、何かと引き換えにトレストは助かるかなと、少し迷いを覚えましたが、気持ちが固まってしまう前に、思い切って魔装具の調整を閉じました。
今日来た紳士とお医者様は、どんな関係なのか。
心配したところで、何か進展するわけでもありません。
その日は、何事もなく就寝に着くのでした。
ゼフィルは、直前に頭を誰かに撫でられる感覚を覚えて、振り返りましたが、とくに誰もいません。
気のせいかなと、とくに気にせずに、ゼフィルは夜遅くまでお医者さんの経歴を調べていました。