6 無垢な4才の値段、死罪人の値段
「ねえ、ゼフィル。今淹れてる珈琲を2、いや3つ出してほしいの」
「3つ、って僕だよね。その、いいのかい?」
「うん、今は居てほしいから」
・・・ほんとはゼフィルにとっての一番嬉しい言葉なのでしょう。
しかし、ゼフィルは、喜べません。きっとそういう空気では無いとわかってしまっているから。
珈琲は、ゼフィルに任せて、リリアーナは、先ほどのお客さんのテーブルで、改めてご挨拶します。
「改めまして。ここの店を預かっています、リリアーナと申します。今、奥にいるのは、ゼフィル。ここの店員です」
「突然お声かけして申し訳ありません。私は、ハリッチと申します。この先の村で、娘と二人で暮らしています」
店内に新しく淹れた珈琲の香りがしてきました。が、この時には珈琲の妖精は姿を現さないようです。
「お待たせしました、どうぞ」
本来はただの客のゼフィルも、店員として一芝居打つことにしました。
「こちら、よろしいですか?」
一言かけて、リリアーナとゼフィルは、テーブルを挟んで向かいの席に腰を落としました。
ゼフィルは、まだ何も話を聞いていないので、とりあえず珈琲に口を付けます。
「うん、僕もだんだんリリアーナが淹れる珈琲の味に近づいたんじゃないかな・・・とか、・・・なんて」
「お医者様の話では、娘は来年の春に咲く花は、見られないだろうって」
突然のハリッチの告白に、リリアーナとゼフィルは固まります。
特に、何も予備知識が無かったゼフィルは、リリアーナとハリッチを目だけ動かして、交互に見ています。
「その娘さんを助けられる手段が、何かあるんじゃないか、ということですね」
リリアーナは、珈琲に目を落とし、時折ハリッチの表情に目を配る。
ハリッチは、堰を切ったように早口で言葉を繋げます。
「あの子は、まだ4才です。何も悪いことはしていません。私は、悪いことをたくさんしました。その罪は、わ、私が一人で被ります。あの子は、ほんとに・・・」
「落ち着きましょう。お話は分かりました」
リリアーナは、固まっています。聞かされた事実に動けなくなってしまったリリアーナに代わり、ゼフィルが場を宥めます。
こういうときは、頼りになるようですね。
どれほどの沈黙でしょう。たった数秒です。たった数秒が、何分にも感じられます。
「つまり、リリアーナの魔装具に、お子さんを助けられる手段はあるんじゃないか、ということですね?」
涙目のハリッチに、身動き出来なくなっているリリアーナ。
とりあえず、詳細を聞かなければ、事を進められません。
「リリアーナ、人の病気を治せるような魔装具はあるのかい?」
「えっと、元気を出すような魔装具は一般的だから、そういうのはある。でも、少し疲れたなとか、明日に疲れを残したくないなとか、そのレベルでしか・・・御守りレベル」
「そっか・・・」
リリアーナは、下を見たまま、ゼフィルに問います。
「ゼフィルは?」
ゼフィルは、一流と言っても差し支えない錬金術師です。戦時には、戦闘もこなせます。
「失ったもの、失うかもしれないものを取り返せるわけじゃない。
例えば、僕らが手伝った負傷兵の義手や義足は、どこまで行っても、義手でしかないし、義足でしかないよ? その、無理な時は・・・神様の御下へ導かれるしか」
ゼフィルは、四肢欠損した負傷兵の手足を、その錬金術で、寄生植物を加工して欠損部位に同化させることが出来ます。
元々その木は、他の木に巻き付いて自身の根を他の木に突き刺して寄生して生きるのだそうです。
それを応用して、四肢欠損部位にあえて寄生させて身体と一体化。錬金術で、手足の形状に固定させるとのこと。
その手足は、植物としては生きているので、例えばキズ付いても自己修復します。
それを見たリリアーナは、その義手義足に、意思で変形を促す魔石を組み込むことを思いつきました。
魔石の力で手足のフォルムはそのままで、当人の意思を汲み取って自由に意のままに関節を動かすことが出来るようになりました。
動かすよりも、関節部位が思いの角度に変形するというほうが、ニュアンスは近いでしょうか。
ただ、それを見て錬金術師は万能だと思われるのは違います。
聖女も魔女も錬金術師も、生命に干渉することは禁忌とされています。
ゼフィルは、膠着状態の空気に耐えられなかったのでしょう。元気を出してもらいたい一心です。
「すぐにどうこうでは、ないのでしょ? 今日は一旦帰って休まれては? 我々も何か考えてみますから」
「あの、今度お見舞いに行っても大丈夫ですか?」
リリアーナは、最後に力を振り絞って、お見舞いの約束をしましたが、ハリッチが店を後にしてからは重い空気です。
「変に期待を持たせるべきじゃない。医者が治せないなら、それまでだよ。
残酷だけど、事実を告げることが一番優しいと思う。・・・何かあるのかい?」
聖女が扱う、聖力や法術。
魔女が扱う、魔法や魔術。
人間が扱う、錬金術や魔装具。
霊力や魔力、あるいは現物対価。いづれにせよ何かと交換を原則とし、そして未だに生命に等しい価値が発見されていません。
魔装具について、リリアーナはゼフィルに話しました。
一つには、時間を組み替える能力を持つ装具。
二つには、運命を他人とすり替えられる装具。
どれも、普段は奥に仕舞ったまま眠っている魔装具です。
「でも、ここでも等価値は生きているんだ。誰かの時間か犠牲を入れ替えるんだろ?
・・・おい、リリアーナ、変なこと考えてないだろうな? やめろよ?」
「・・・ねえ、罪人と入れ替え出来ないかな?」
リリアーナの突発的なアイデアに、ゼフィルは口を挟みます。
「死を入れ替えるなら、最低限、死罪の罪人でなければならない。
では、リリアーナは、死罪で償うしかない罪人と、輝かしい未来しかない無垢な4才が、等価値だと思うかい?」
リリアーナは、何も言えませんでした。