4 いつも新鮮に
翌日、野菜が入ってこないなら午前中はゆっくりしてもいいかなと思ったイオリは、
意中の彼も来ないなら、午前中は先日寄らせてもらったカフェへ顔を出せたらと思い、出かけることにしました。
ブレスレットのことも聞いてみたいし、誰かに話を聞いてもらうのも心が穏やかになるものです。
「こんにちはー」
「いらっしゃい!」
リリアーナの姿はなく、ゼフィルが応対してくれました。
「あ、ひさしぶりだね! 道はわかった?」
「あ、はい。・・・ゼフィルさん、おひとりなんですか?」
「あ、僕もお客さんで来てるんだけど、店番を頼まれてね。
リリアーナかい? 奥で入荷受付の仕事してるから、もうすぐ戻ってくると思うよ」
ゼフィルはコソコソっとイオリに近づくと、聞きました。
「ところで、そのあと、どお?」
「あ、はい、特には・・・」
そこへ、リリアーナが入荷先の方と一緒に店内に戻ってきました。
「いらっしゃい、イオリさん。
その後、変化ありました? 無いですか? おっかしいなぁ」
「はい、えっと、特に普通と申しましょうか・・・ところで・・・」
「おや、イオリさんじゃないですか? 偶然ですね。うれしいなぁ。こちらよく来られるんですか?」
リリアーナが対応していた入荷先の方は、イオリさんの商店に野菜を届けている同じ農夫でした。
「あれ? イオリさんとは、お二人は知り合いなんですか?」
リリアーナが農夫に尋ねたその時に、イオリが腕にしているブレスレットが何かを告げたのがイオリ自身にもわかったし、遠目に光が見えたのはリリアーナでした。
「ええ、こちらのイオリさんのとこの商店も、うちの野菜を届けてるんですよ」
「そうでしたか。ささ、お二人、座ってくださいな、コーヒーをお淹れしましょう。ゆっくりしていってください。
ゼフィルさん、ご案内してください!」
自分も客のつもりなんだけどと思ったゼフィルさんでしたが、やるときはやる男です。やらないだけですから。
しかし、今回は農夫を見て照れているイオリさんを見て、直感が働いたようです。
全てを悟ったゼフィルさん、さっそく二人を同じ席に案内します。
初めて向かい合う席に座ったイオリさんは、恥ずかしそうで、でも嬉しそうです。
リリアーナは、コーヒーを二人のテーブルにお出しします。
「さ、どうぞ。これで、前回の作業代はいただきましたね」
「あ!、はい!」
意図せず願いが叶ったイオリは、ニコニコしていました。
「何か作業されたんですか?」
農夫は不思議そうでしたが、リリアーナとイオリは二人笑ってごまかしました。
イオリは農夫に尋ねました。
「あの、今日はお休みと聞いてたんですが」
「いやぁ、昨日の帰りに、リリアーナさんに野菜を急遽届けてほしいと言われましてね。
じゃあ、ついでにイオリさんとこも持っていくかなぁと思いまして。ここの次に向かうところでした」
農夫は、ぐいっとコーヒーを飲み干すと、席を立ちました。
「じゃあ、自分はこれから旦那のとこに野菜を卸してきますから、イオリさんはゆっくりしていってください」
その一瞬の際の、イオリの表情の影の変化に気が付いたのはリリアーナだけでした。
その時、ブレスレットがイオリにだけわかるように反応しました。
その様子は、リリアーナも気が付いたようです。
農夫はお代を払おうとしてポケットに財布を探しましたが、ありません。
突然、農夫が慌て始めます。
「あああ!作業中に引っ掛けたか、ヤバイ!どうしよ!財布が!! 最初から空いてたんなら家で落としたかな」
なんとポケットに穴が空いていたようです。
こういう時の焦りは経験者にしかわかりません。
わたしですか? わたしはお店で一人、ご飯を食べている途中で財布がないことに気が付き、どうやって会計すればいいのかと、そこからご飯の味の記憶がありません。
食い逃げで明日の朝刊に載るのかと心臓の鼓動が早くなる半面、時間が止まったようにゆっくりだったのを覚えています。
お前、誰だって? 失礼しました。
「あ、大丈夫です、わたしが!」
大慌ての農夫と、代わりに支払おうとするイオリを見て、リリアーナはアイデアを思いつきました。
「今から、野菜卸しに商店へ向かうなら、彼女が帰るときに一緒に行ってエスコートしてくれたら安心です。依頼料はコーヒー代です」
「いいんですか? 次回来た時に払いますよ?」
「きちんとした依頼です。今は物騒ですからね」
・・・カウンター奥のゼフィルが、なぜかリリアーナと目が合います。
「わかりました、でしたらお安い御用・・・」
農夫の申し出にリリアーナはすぐに訂正させます。
「いえ、決してお安い御用ではありませんよ。重責です。なので、お二人の珈琲代でお願いします」
リリアーナは、「私はお代を出します」というイオリを、農夫と一緒に追い出しました。
「ねえ?」
ゼフィルがリリアーナに尋ねます。
「売上、大丈夫なの?」
それから、しばらく何日か経ったころに、農夫とイオリ、二人が連れ立ってお店に来てくれました。
ニコニコして座っているテーブルから、琥珀色の珈琲の香りが周りに居る人たちを楽しませます。
農夫に財布は見つかったのか尋ねました。
「もっといいものが見つかったので、全然オーケーです。あの時のポケットもイオリさんが縫い合わせてくれたんですよ」
彼女のブレスレットが良い色に輝いているのがわかります。たぶん、もう必要無いかもしれませんね。
足りない売り上げは、ゼフィルさんを見てニヤリとするリリアーナさんでした。
・・・それから、何日か過ぎたある日、魔装具カフェの周囲は、朝から霧に囲まれていました。