3 ゆっくり温めましょう
「よし、こんなもんかな♪」
リリアーナは黙々と作業を進めていましたが、時折激しく揺れ動く光もやがて消えていきました。
調整を施したブレスレットを試しにリリアーナがはめても、前ほどの圧は感じません。
「お待たせしました。嫉妬を取り去り、誘愛も弱めに調整してありますが、指向性は強めにこちらへ向くように調整しました。
少し時間はかかるかもしれませんが、急激に熱くしたものは脆く壊れやすいものです。ゆっくりと親交を温められることをお勧めします」
そういうと、カウンター奥へ呼びかけます。
「ゼフィルさん、終わりましたよ!」
リリアーナの呼びかけに、うれしそうに尻尾を振りながらやってくるゼフィルさん。
あ、一応、ゼフィルさんの見た目は、普通の人間ですよ。しゃべらなければ、イケメンです。
「終わりました、ゼフィルさん。一緒にイオリさんを街まで送ってあげてください」
「聞こえはいいんだけど、つまり一緒に帰れって言ってない? まだ昼間だから大丈夫でしょ?」
「昼間だけど、ゼフィルさんは来ちゃいましたよ」
「・・・?」
イオリは、ブレスレットを受け取り、ポケットにしまう代わりに、お財布を取り出しました。
「あの、お代は?」
少しリリアーナは考えましたが、
「作業代は、そんなに大変な調整でも無かったし、修理したわけでもないので。
そうだ、次はお二人でコーヒーを飲みに来るってことで。今日のコーヒーは、ゼフィルさんのおごりということにしましょう」
財布役のゼフィルさんも驚きました。
「僕!? ・・・ん~、まぁいいけど」
そう言うと、ゼフィルはテーブルの上の、水の入ったコップを両手で挟むように持ちます。
「ちょっとこのお水、借りますよ」
ゼフィルがコップにニッコリほほ笑むと、急に両手が光りだして、コップが消えてしまいました。
両手を開くと、なんと数枚のコインが出てきます。コップのお水を等価交換してコインを出したようです。
「遠慮しなくてもいいよ、ふふ。今回のコーヒーはこれくらいの価値がきっとあったと思うんだ」
かっこいいですね。さすが腕利きの錬金術師です。
おや、リリアーナさんは困り顔のようです。
「ゼフィルさん、言いにくいんですが足りないです。あと、コップも消えちゃって。あのコップも高いんですが・・・」
ゼフィルと別れて街へ戻ったイオリは、さっそくリリアーナに直してもらったブレスレットを身に付けました。
イオリは商店で野菜の仕入れ販売を担当しています。野菜の品質が落ちて行ってます。
例年、水不足に悩まされているそうです。ですが、今年は全体的に水不足も解消されつつあり、野菜の出来も徐々に良くなってきました。
主に仕入れなので、とくに店番を言われない限りは、毎回店頭に顔を出すというわけではありません。
「今戻りました!」
「お帰り。裏に、野菜を運んで来てるみたいだから、対応してやってくれ」
イオリはエプロンをして、裏口に回りました。
「お待たせしました!」
待っている農夫に声を掛け野菜を見ると、今回はとても良い品のようです。
今日運んで来てくれた分は、今店頭に並んでいるのが終わったら、ここの野菜を並べようかなとイオリは考えました。
荷車で運んできた農夫も嬉しそうです。
「今日の野菜は、なかなかだと思いますよ♪ 水もようやく回ってきましたからね」
なんとその農夫は、イオリさんの意中の人です。さっそくリリアーナさんの魔装具なんでしょうか?
「これなんか、出来いいでしょ? 新鮮でずっしり重たいですよ♪」
農作業で鍛えられた身体と、さわやかスマイルで、イオリさんはノックアウトです。
と、ふと気づきました。
「もしかして待ってました?」
「少しね。やっぱり自慢の野菜はおかみさんに見てもらいたいでしょ?
やせ細った野菜は、プロに見てもらうのは恥ずかしいしね。
出来の悪いときは、おかみさんに見つからないように、旦那に卸してたんですよ。ま、旦那もプロだけど」
「おかみさんって・・・私、結婚してませんよ」
「そうなんですか!? もっぱら噂ですよ。あそこの旦那、美人の若い嫁もらいやがったって。
知らないとこで、あの旦那、相当恨み買ってますよ(笑)」
それが原因なんでしょうか? 男性客が減ったように思います。
「めったに表に出ないですが、奥様は旦那様と仲いいんですよ」
「へぇ、あ、さっきまでカフェにいたでしょ? お嬢さんから珈琲の良い香りがします。珈琲はゆっくり出来ていいですよね」
「お嬢さん・・・というほど若くは。イオリと言います」
「イオリさん、良いお名前じゃないですか! 珈琲の似合う素敵な方ですね。正直、タイプです(笑)」
さっそくリリアーナさんの調整が入った魔装具は、伊達じゃありません。さっそく効果が現れたようです。
「あの、」
「じゃあ、これで失礼します。この先数日ほどは、別の人間が持ってきます。よろしくお願いします」
・・・あれ?
「数日というと、どこかお出かけですか?」
「ん~、特に理由もなくて、たまたま交代するだけです。
どこに行くってこともないので、友人の山羊と遊ぼうかな。
それじゃ、また御贔屓に!」
農夫の彼は、荷車を引いて帰って行っちゃいました。
さっそく魔装具すごい!と思ったんですが、空振りに終わりました。残念です。
調整の失敗のようです。