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12 正義の嘘

「すみません、急にお呼び出しして」


 その日は、気分良く晴れて、影がくっきりと地面に映える天気でした。


 リリアーナは、珈琲の準備をしながら、話しかけます。

 外していた服のボタンを直しエプロンをしてから、珈琲豆を挽き始めます。



「かまわんよ、行き帰りの途中で立ち寄るには、さほど手間な距離ではないからね」


 リリアーナは、ゼフィルに聞いたことを直接訪ねたくて、幼いトレストの主治医のヴェーク先生を自分のカフェに呼びました。



「先生は、トレストに積極的治療をしていないって言う人物がいるんで、そんなことないですよねぇって聞きたくて」


 珈琲を出すリリアーナは、ゼフィルから言われたことをそのまま伝えると、ヴェーク先生はうつむいたまま黙っていました。



 ヴェーク先生は珈琲を混ぜながら、リリアーナに尋ねます。

「もちろん、根拠があってのことなんだろうね」


 それを問われると、ゼフィルからは詳細な証拠までは聞かされていないリリアーナは、返答に迷います。

「えっと、その人がいうところでは、はい。あ、お母さんのハリッチさんじゃないですよ」


「ハリッチさんじゃない、他の人というと、一人しか思い浮かばないけどね。」


「あ、いえ、その。

 先生は、この先もこの街でお医者様をされていくんですか?」


 リリアーナはゼフィルから聞いていた、ヴェーク先生は王国立の医学界へ呼ばれることを耳にしていました。

 遠回しな聞き方ですが、この街を離れるのが決まっているなら、トレストの治療をタイミングを計るのも合点がいきます。



 先生は珈琲を手に取り、口にします。


「うん、美味しいね」

「ありがとうございます」



 しばらくの間を置いて、どう話しかけようかとリリアーナが思っているところに、ヴェーク先生は語り始めました。


「医者はね・・・」


 ヴェーク先生は、突然に真相に入る。


「患者を助ける。そのために全力を尽くす。その一点に何ら曇りは無い。どの先生であれね」


 二人の間の空気は重く、かつ冷たい壁のような緊張感もある。


「はい、私もそう思います、そうあるべきだと思います」


 先生は、珈琲をゆっくりと味わいます。


「医者はね、誰しも人の死に立ち会う宿命にあるんだ。単純に確率論でね。

 100%、人を救えるなんておごるつもりはない。結局は、全員を救いたいなんて、医者のエゴかも知れない」


 珈琲を飲み干しカップをテーブルに置きます。


「なのに、医者は患者全員に必ず助けると誓う。嘘なのにね。誰しも救えるのは、神か悪魔だけだよ」


「そういう意味で、私は過去に何度も嘘を付いた。助かると言っておきながらね。辿る未来はわかっていたとしてもね」



 先生は、お代をテーブルに置いて席を立ちました。


「実に美味しい珈琲だったよ」

「ありがとうございます」


 お店を出ようとするヴェーク先生は、立ち止まり、リリアーナに振り向きます。


「仮に、君の知人の言うことが本当だとしたら、君たちはどうするかな?」


 お見送りするリリアーナは、少し考えてから答えました。


「やっぱり、他の人の審判に委ねることと思います」


「・・・そうだね、正しいよ」



 先生はその一言だけ聞くと、帽子を被り出ていきます。


「ごちそうさま」


 入口から入る外の光は、カフェの床にリリアーナの影を落とします。

 そこにはリリアーナの影と、いないはずの大型の猫型の影が床に落ちていました。



「先生は嘘を付いている」




 先生が去り、カップを片付けるリリアーナは、確信しました。

 リリアーナの胸のボタンは、魔装具に付け替えられていました。


『豹牙のファブレス』

 地獄獣将の召喚魔術を宿す、大型の豹の監視者。

 ラドライトの魔石を核に、召喚者の意に従い、あらゆる者を監視下に置くその魔装具は、リリアーナの指示に従い、ヴェーク先生を監視していたようです。


 時折のリリアーナの質疑に、否を突き付けていました。


 わからないのは、不正義を許さない豹の監視者は、決して牙を剥くことがなかったことです。

 つまりは、先生の発言は本当の正義を隠すための小さな嘘があるということになります。

 そしてその正義を、豹牙の監視者は牙を剥くこと無く静観していることを考えると、悪意あるものではないと考えられます。


 豹牙の監視者は、トレストの進む先への扉を見ていました。

 その扉の向こうは、こちらの世界ではなく、向こうの世界へ続くことを意味しています。

 その現世の終わりの扉を開けようとしているのも、紛れもなくヴェーク先生でした。



 後日、その時の状況をゼフィルに打ち明けます。


「先生の正義はあるにせよ、トレストの回復に直接関係しないなら、トレストの治療に全力を向けるべきだよ。

 それを怠る医者は、問題だと思う。仮にその希望が儚いものでも、全力を尽くすべきだ。それ以外の正義ってなんなのさ」



「ハリッチさんに相談して、あとはハリッチさんが決めることだよ。

 ハリッチさんに協力は出来る。けど、あとはハリッチさん次第になる」


 医療に精通しない二人が水面下で騒いだところで、

 もっと積極的治療をしてくれる先生へと変えてくれるよう頼んだところで、周りは動くはずがありません。


 であれば、かつてのヴェーク先生のお弟子さんのサトミ先生に協力をお願いして、正式な手順でサトミ先生へ主治医を変えて貰うことを考えなければなりません。


 二人は、次の行動はすでに決まっていました。

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