10 結婚式はいつにしましょう
「ハリッチさん、こんにちは」
お店の定休日を利用してお見舞いにやってきたリリアーナ。
街からほんの少し離れた村の、木造の可愛いハリッチのお家です。
今日は、お土産があります。
先日作った、魔装具の布を作ったチャームです。中に、珈琲豆を入れて、鼻をくすぐる香ばしい匂いがします。
「いらっしゃい。今、ちょうどお医者様がいらして診察中なの。さ、中へどうぞ」
ハリッチに案内され部屋の中へ入ります。
部屋には可愛い調度品がいくつか置いてあります。トレストのチョイスだそうですよ。
「トレスト、リリアーナさんがいらっしゃいましたよ」
「トレスト、こんにちは。あ、先生もこんにちは。診察中にすみません」
「かまいませんよ、そ
『リリアーナさん、こんにちは!』
・・・そんなに時間は掛かりません(汗)」
先生の挨拶の途中で、思い切りトレストが割り込んで挨拶をします。
ここだけを見れば元気なんですけどね。
聴診器を当て終わり、トレストの服を直します。やはり、胸のアザが痛々しいものがあります。
「これで、終わりですよ。お薬を出しますから、ちゃんと飲んで下さい」
「もお、苦いから、イヤ!」
困り顔の先生と、フンスッと鼻息の荒いトレスト。
「お外で遊びたいなら、お薬飲まないと元気になれませんよ」
トレストは、ベェーっと舌を出します。
お医者様の先生は、ずいぶん嫌われたようですね。
先生が帰宅したあと、リリアーナはお土産を渡しました。
「リリアーナお姉さん、ゼフィルお兄さんは来てないの?」
「うん、今日はね。用事があって、来てないよ」
「ふぅ~ん、つまんない」
「どうして? ゼフィルがいてもつまんないでしょ?」
「ゼフィルお兄さんと、結婚式の日を決めるの」
『>ガシャン!』
部屋の外から、お皿を落として割れる音がしました。
「お姉さん?」
リリアーナの目が焦点を失っています。
「ゥ゙ウェックション! ズズ……」
ゼフィルは、誰かに噂をされているようです。
トレストの病は、重病になれば致死率は相当なものです。一方で、軽症に留まれば完治の可能性もあります。
ですが、見聞きする範囲では、治療法は思わしくなく、多くの人が家族の手の届かない場所へ旅立つことがほとんどでした。
その中でも幸運に生還を果たした患者様や担当したお医者様を尋ねて情報を集めていました。
処方される薬や、その量、完治までの期間など、多くの情報にアクセスしていました。
治療を担当したお医者様には、トレストの主治医のお弟子さんもいらっしゃいます。
そんな日を何日か過ごしたとある日、ゼフィルはリリアーナのお店を尋ねました。
「リリアーナ、こんにちは!」
「あ! いやら・・いらっしゃい」
ゼフィルも多感な年頃です。空気や漂う雰囲気は、ゼフィルにもわかります。
そして、この空気はゼフィルが来てから、こうなっていることも。
しかし、どうしてこんな空気なのかはわかりません。
父親から、教わりました。女性の機嫌が悪くて原因がわからないときは、とりあえず頭を下げろと。
下げながら、断片的な情報を集めて精査しろと。
「ゴメンなさい! とりあえず」
「……何が?」
「えっと、何でしょ?」
「……まさかロリ婚に走るとは思いませんでした」
・・・?
「つまりは、トレストがお嫁さんになると言ったんだね」
「お嫁さんとは言っていない! トレストは4才なのよ! 結婚式の日取りを考えるって言うから、もう私たちびっくりしたんだから」
「そうか、そうだね、いつにしようかな
「 ・・・・」
「……落ち着きましょう」
「はい」
「つまりは、ライバル登場で、リリアーナはどうしたらいいのかわからなくなったんだね?」
リリアーナは、スンと落ち着いた表情で淡々と話を続けます。
「もう、大丈夫だから。冗談がゼフィルの顔だけって、ちゃんと把握したから……」
ゼフィルは我に帰り、今日来た本題に戻ります。
「リリアーナは、先生がトレストに処方していた薬を見たんだろ?」
リリアーナは、嫌がるトレストの横で薬を手配するお医者様の取り扱う薬を眺めていたので、だいたいの光景は覚えています。
その薬は、ゼフィルが調べた処方薬リストにありませんでした。
もっと言えば、推測の範囲だが、トレストが処方されているのは、新薬か、ただの痛み止めのどちらかでしょう。
アザが広がっていたという証言からいけば、後者の可能性が高いとゼフィルは考えました。
ゼフィルは、あのトレストの医者はトレストに対して積極的治療を施していないように思っていました。
だとしたら、どうして?という疑問が湧いてくるのですが、あの先生に会って直接聞いたほうが良いかもしれません。
その頃、そのお医者様は、自身の診療所で薬の調合に取り掛かっていました。
「カラン」
お医者様は、あまりよく見えていないのか、床に落とした薬を探しています。
お医者様は、何かに追われるかのように、必死で仕事に当たっていました。